- ナノ -

結婚しようか

<手嶋純太/ 短編>
5万打企画アンケート作品(リクで頂いたお題を1つの作品に全て盛り込む!という企画でした)
ご参加ありがとうございました*
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「−−−えっ。お前ら、まだ付き合ってたの?」


大みそかも近く年末の居酒屋に響いたのは、古賀くんの素っ頓狂な声だった。


「なんだよキミタカ、『まだ』だなんて・・・オレらに失礼だっての。なぁ、名前?」


口ではそう言いながらも、手嶋くんは嬉しそうに笑いながら、お酒の入ったグラスを揺らした。
きっと、久しぶりの再会が嬉しいんだろうな。


手嶋くんと出会った総北高校を卒業してから、もう何年も経つ。
自転車部の同期メンバー達も、高校時代のように毎日は会えなくなってしまったけど、年末だけはこうして"忘年会"をするのが恒例になっているらしい。(私は自転車部じゃないんだけど、手嶋くんのお誘いで今年は参加させてもらったのだ)
チームメイトとの再会に手嶋くんが内心はしゃいでいるのが、私は長い付き合いから手に取るようにわかった。



「あはは。でも私たち、『まだ付き合ってる』なんて言われても仕方ないのかも・・・だって高校2年生から付き合ってるから、もう9年だよ?いつも周りにビックリされるよ」

「うわ、お前らすげーなぁ・・・・・・そろそろ結婚とか、しないのか?」

「うーん、結婚なあ」



古賀くんの質問に手嶋くんが答えない事が、私には分かった。

手嶋くんとはもう、長い付き合いになる。
だから彼の思考は、手に取るようにわかる。



「9年かー、オレらもう26歳だもんなぁ。こうやってしゃべってると、キミタカもハジメも変わらねぇよな。なあ、覚えてるか?高校ん時オレら、部活帰りにピザ食うかカレー食うかでモメてさ、」

「ああ、そんな事もあったな。結局、ハジメの提案でカレーピザ食いに行ったっけ」



私の予想通り。

手嶋くんは結婚の話題をうまくかわした。
オレも覚えてる、と、青八木くんも懐かしそうに呟いて、そのまま話題は高校時代の思い出話へと流れていった。
・・・手嶋くん、うまいなぁ。





"9年"。

文字にすると、響きに重みがある。
だけれど私達のお付き合いには、大きな事件もアクシデントもなくここまで来た。
だからあまり、実感が湧かないな・・・。
良く言えば順調、悪く言えば平凡・・・なんて、手嶋くんには言えないな。


手嶋くんが上手にかわした"結婚"についての質問の答えを、私だって彼から聞いてみたくて仕方なかった時期もある。

だけど聞く勇気は無くて、手嶋くんから言ってくれるのを待っていた。
・・・そうして気付けば、こんなに時間が経ってしまっていた。

頭の良い手嶋くんの事だから、将来計画がゼロな訳は無いと思う。
それなのに未だ何も言ってくれないのは、やっぱり私との結婚は考えていないからなのかな。
だけど、ほんとは彼を下の名前で呼んでみたかったのに、それさえ聞けずに9年も経ってしまった私だ。
結婚なんて大それた事、こちらからは聞けるわけが無かった。

一歩踏み込んで質問すれば、イエスかノーかの答えくらいはきっと、すぐに出る。
それがもし、"ノー"だったらどうする?
今さら手嶋くんのいない毎日なんて、私には考えられない・・・。

だから、怖くて、聞けなかった。



周りの友人や家族からは、
まだ付き合ってるの?とか。
結婚しないの、そんなに長く付き合ってるのに?とか、
ずっと一緒なんて飽きないの?
他の人とも付き合ってみなくて良いの?
手嶋君って、結婚願望とか無いの?

−−−なんて散々、言われてきた。

さっきの古賀くんからの質問のかわし方を見れば、きっと手嶋くんも同じなのだろうと思った。












「じゃあな、また集まろう」

「ああ。おやすみ」

「キミタカ、仕事頑張れよ!ハジメ、またメールするな。んじゃ、オレは名前のこと、送っていくから」



居酒屋の店先で二人と別れてから、手嶋くんは当たり前のように私の手を取って歩き出した。





「次に名前に会うのは、年が明けてからになるかなあ」
「そうだね〜。来年の初詣も、いつもの神社でいいよね?」


当たり前のように、次に会う約束をして、


「だなー。・・・飲み会、疲れなかった?」
「うん、楽しかったよ。青八木くんも古賀くんも、大人っぽくなってたね」
「ハハッ、中身はあんま変わんないけどなー。名前が嫌じゃなかったら、来年の忘年会も来いよ」
「えっ...そんなの、お邪魔じゃないかな」
「ないない。男だらけで毎年、代わり映えしねぇんだからむしろ有難いって」


当たり前のように、来年の大みそかも一緒に過ごす事を言葉にしてくれる。


−−−その時も、私はあなたの『彼女』ですか。
まだ『奥さん』じゃ、ありませんか?


・・・そんな事、もちろん聞けっこない。


だけどこんなに幸せだと、このままでも良いかなって思ったりもする。







私が笑うと、手嶋君も笑った。

付き合った頃からこの笑顔が、すきですきで仕方なかった。
優しく笑う顔が好きで、見るたびに胸がいっぱいになった。

そしてそれは今だって変わらない。
むしろ前よりも、彼の事を深く好きでいる。


長く一緒に居るせいか、"変わる"事を恐れてる自分がいる。
もしも手嶋くんと結婚できたとしても、その先に待ち受ける新たな日々を思うと・・・今はワクワク感よりも、不安や怖れの方が大きくて。

それならいっそ、このままでも良いかな。

自分の心にそんな言い訳をして、私は触れ慣れた手嶋くんの手のひらを、ギュッと握り直した。







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