「キミの事好きになったのは、一緒に山に登って、笑った顔を初めて見たあの時かと思ってけど・・・もしかしたら、もっと前からだったのかもね」
安心しきった無防備な寝顔にむかって、山岳は瞳を優しく細めながら、ひとりごとのように呟いた。
返事の代わりに聴こえてきたのは、スゥスゥという小さな寝息で。
自分には弱い所なんて少しも見せてくれなかった名前のそんな姿に、山岳の心にあたたかな灯がともる。
心配させて貰う事も、優しくする事も、出会ったあの頃は許されていなかった。
なのに今、『安心するから一緒にいてほしい』だなんて彼氏冥利につきる事まで言ってもらえてる。
嬉しいよなぁ。
改めてそんなふうに、じんわりと思った。
「ん・・・私、結構寝ちゃった?山岳、まだ、ここに居てくれたんだね」
小さく身じろぎして、名前がゆっくりと瞼をあけた。
「・・・ごめんね、山岳。ずっとこんなトコに居させちゃって・・・退屈だったでしょ」
「ううん。なんかさー、嬉しいなって考えてたんだ」
「はぁ・・・何が?わけわかんないね、アンタは今日も。・・・けど、一緒にいてくれて嬉しかった・・・ありがとう。ごめんね、私、迷惑かけて」
「そんな事ないよ。・・・ねぇ、甘えていいんですよ。もっと頼ってください。・・・オレ、彼氏なんだから」
山岳がそう言えば、熱が引きかけていた名前の頬が再びふわりと紅く染まった。
...まったくもう。
オレがキミの"彼氏"になってから、もうどれだけ経つと思ってる?
いつまで経っても、可愛い反応してくれるんだ。
山岳が名前の頬に手を伸ばす。
すると、名前の手もまた、山岳の指先へと近付いていって−−−山岳はふと、さきほど思い返していた、出会った頃の出来事がよぎった。
触らないで、真波には関係無いでしょ、と。
すこし躊躇した彼の手を、名前は、そっと握って自身の頬へ寄せた。
「...身体、弱ってるせいかな...私いまね、すごく甘えたい。...けどそんな事したら、風邪うつしちゃうから...元気になったらいっぱい、したい。...いい?」
熱を帯びた彼女の頬は熱いはずなのに、それを感じないくらい、山岳の手もまた舞い上がっていた。
その問いかけに答える代わりに唇をそっと彼女の顔に近付けると、「治ってからだってば」と顔を逸らされてしまった。...やれやれ、堅いところは変わらないんだから。
変わらない君も。
変わっていく君も。
これからもずっと隣で、見ていられるのだろうか。
熱を測るふりをして、彼女の額を優しく撫でる。
...オレも、変わった。
自転車と山にしか興味のなかった自分が、たった一人の女の子をこんなに大切に想う日が来るなんて−−−出会ったあの頃は、思いもしなかったな。
「....じゃあ名前さんの風邪が治ったら、いっぱいいちゃいちゃしよっか」
「え?!.......う、うん........」
「ふふ、なに赤くなってるの?自分で言ったんじゃない。オレに甘えたいんでしょ?」
「こ、これはその.......熱のせいで.......」
「そっかぁ。じゃあいちゃいちゃするのは、まだ当分先ですねぇ」
「...............ばか。いじわる」