- ナノ -

こもれび坂

<真波山岳/ 読み切り>
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−−−その日はすごく良い天気だっていうのに、休養日だとかで放課後の部活は休みだった。ちぇー。絶好のロード日和なのになぁ。

仕方なく帰ろうかとオレは校舎を背にし、ルックに跨る。自宅のある小田原までの道のりは、この箱根路をひたすらに下って、温泉街も抜けて・・・とどのつまり、ただの下り坂だ。"登り"を愛してやまないオレからしたら、そこには快感も興奮も無い。


まぁ、仕方ないか。
諦めて出発しようとした、その時。

サァァ、と、木々の葉が風に揺れた。見上げれば、まるでオレに囁きかけるように優しい風音が降り注いで来た。
そしてその度、ハンドルを握った手に茂った木の葉の間を漏れてさす日の光の粒が、まるで宝石みたいに踊っている・・・
木漏れ日。
ああ、きれいだなぁ。

この全てが箱根の自然の恵みだ。
いつもそばにあっても、いつだってオレを嬉しくさせる。
それに、今日はとびきり自然が輝いてる。


・・・こんな日に山道を走らないなんて・・・ありえないでしょ、やっぱり!

オレは無意識に口元を緩ませながら、坂を下ろうとしていたルックを回れ右させて山を見据える。




「・・・あれ。山岳・・・どこ行くの?」



−−−ぎくり。
背後から聞こえたその声の主は、振り返らなくてもわかる。だって、オレの大好きな女の子の声だから。
そしておまけに、オレはこの後の展開まで手に取るようにわかってしまう。


名前さんが自転車部のマネージャーになってくれた事・・・オレはホントに嬉しい。その方がずっと側にいられるし。オレはひとつ年下だから、学校ではただでさえ一緒に居られる時間が少なかったから。

だけどこういう時だけは、ちょっと困ってしまう。仕事熱心な名前さんにバレたら、休養日にロードで山を登る事なんかゼッタイ許してくれないだろう。



「あ、あははー・・・名前さん、おつかれさまでーす。・・・じゃあオレ、これで失礼しまーす」
「・・・待って。キミが行こうとしてる方向は、家とは逆じゃないのかな?」
「ええーと・・・ちょっと、呼ばれちゃって。寄り道してから帰ろうかなぁって」
「・・・。へぇ、誰に?」
「森の葉っぱが、さっきからサァァーって。あと、木漏れ日が・・・オレの手でさぁ、こう、きらきらーって」

ホラ、見てよって、ロードを塀に立て掛けて両手の平を開いて見せてみたけど、名前さんは眉をしかめただけだった。

「また、わけわかんない事言って・・・。駄目だよ、今日は休養日なんだから休まないと。休むのも練習の内なんだから」

ずい、と一歩オレに近づいて、上目遣いでそうお説教をする名前さんは・・・おっかないっていうより、随分と可愛い。
こんなふうに、いつどんな瞬間もカワイイって思っちゃうオレって、変だろうか。
思わずキスがしたくなって、少し屈んで口付けると名前さんは真っ赤になって飛び退いた。


「な、なっ・・・?!何、急にっ」
「あはは。怒ってるのが、あんまり可愛くってさ」
「ば、ばかにして・・・!それに、そんなんじゃ誤魔化されないんだからね。大体なにが木漏れ日よ、そんなの珍しくも何とも無いじゃん・・・こんな、山の中の学校なんだから」
「そうかなぁ。オレはずっとこの辺に住んでるけど、いつ見ても綺麗だなっーて、嬉しくなるけどな。・・・あ、ホラ・・・名前さんの髪にも木漏れ日、いっぱい降ってきてるよ」

木々から溢れた光に照らされたキミの美しい髪に、優しく触れる。

「名前さんの髪、きれいだよね。オレ、好きだなぁ。・・・木漏れ日に照らされて、ますます綺麗だ」

ちゅ・・・と、今度はその髪にキスを落とす。


「・・・っ・・・!?そういうこと、よ、よく平気な顔してできるよね・・・!これだから天然はっ」
「・・・あ、今度は鼻にも降ってきたよ、木漏れ日」
「ひゃっ?!ちょ、ちょっと、わかったから・・・いちいちキスするのヤメて、」
「ふふっ。抵抗して動いたら、また木漏れ日の位置が変わっちゃいましたよ。今度は、ほっぺただ。・・・それっ」

頬に、まぶたに、おでこに・・・
オレは木漏れ日を理由にして、ちゅ、ちゅ、とついばむようなキスを降らす。名前さんがその度に可愛く抵抗するものだから、オレは益々やめたくなくなってしまう。

キミの、ぜんぶが好きだ。
絹みたいに華奢な髪も、真っ白で柔らかな頬も。オレの心を捕らえて離さない、その瞳も。
こんなに好きな事をたぶん、キミは知らないんだろう。どんなキスでだって、どんな言葉でだって伝え切れないくらいに、好きで好きで仕方ないから。

最後にはとうとう名前さんの唇にキスを落とすと、マシュマロみたいにふんわりとした弾力がオレの唇を受け止めてくれる。
...そこには木漏れ日なんて無かったんだけど、もう、止められなくなってた。柔らかな感触に、夢中で吸い付いた。



「・・・んっ・・・ちょっ、さんがく・・・っ」


名前さんが、なにか言いたげに唇の隙間から甘い声でオレの名前を呼んだ。
瞳をうすく開けて彼女を見下ろせば、真っ赤な顔した名前さんが、恥ずかしそうに瞳に涙を溜めている。
...やばい。ソレ、かわいすぎ。

オレは益々イジワルしたくなっちゃって、やめる所か舌まで使って彼女の口内を犯し始める。

「っ?!・・・ふぁっ・・・ちょ、っさんがく・・・んうっ」
「・・・かわいいです、名前さん」
「ちょ・・・ば、ばか、ここ外っ・・・んっ」
「名前。すき。だいすき」



胸に刻むようにそう囁くと、ぱちりと開かれた名前さんの瞳と目が合った。

大きな瞳が涙で揺れて、すっごく綺麗でかわいくて、目が離せなくなる。いつもなら目を閉じてするのに、彼女を見つめながら深く唇を重ねた。すると、名前さんも少し恥ずかしそうな素ぶりはしながらも、じっとこちらを見つめ返してくれる。
...うわ、かわいいー...。
てゆうか、珍しいな。いつもならスグ、目線逸らしたり抵抗したりしそうなのに。
彼女の様子が気になって、すこし名残惜しく思いながらも唇を離す。

「名前さん・・・どうかした?」
「・・・なんか、綺麗」

名前さんは、ふわふわとオレの髪を撫でた。

「山岳の髪って・・・木漏れ日に照らされたら、こんな色になるんだね」
「ええ、どんな色ですか」
「んっと・・・薄くて軽い、ガラスみたいな・・・万華鏡の中の、かけらみたいな」
熱を帯びた彼女の手がくすぐったくて、思わず目を細める。
「宝石みたい。綺麗・・・すごく。・・・だからもう、やめてね・・・その、こういうの」
「え。こういうの、って?」
「外でキスなんて、これからはもうヤメて。人に見られたら恥ずかしいし・・・それに。山岳がかっこ良くて、ドキドキするのよ」

そう言うと、真っ赤になって顔を逸らした。うつむいた長い睫毛に光の粒が、はじけたシャボン玉のように転がる。
...宝石みたいなのは、キミの方じゃないか。


「・・・ドキドキするなら。また、やりましょうか」

イタズラっぽく笑って言うと、ばか、ってキミは眉をしかめた。ふふ、怒ったカオも、かわいくて大好きだよ。

「だってオレ、名前さんにドキドキしてほしいんですもん」
片手でロードを押して、もう片方で彼女の手を握って歩き出す。
「ば、ばかっ・・・これ以上させてどーすんのよ・・・」
「あはは。まだまだ、もっともっとさせてあげますよー」
「も〜〜っ?!いいってば、カンベンして」





サァァ、−−−木々の葉が風に揺れる音がまた、オレたちに降り注いだ。森を抜けて来た風が、はしゃぐ子どもように踊ってる。
二人で歩く斜度のキツい箱根の下り坂には、こもれ日がどこまでもどこまでも広がっていく。


今日は、すごく良い天気で。
こんな日は、山へ出掛けないなんて、ありえない事で。この坂を登る事はあってもまさか下っていく日が来るなんて、夢にも思わなかった。
だってそれはオレがロードのお陰で見つけた、唯一にして最大の生きる喜びだった。

・・・君と、出会うまでは。

もしかしたらまだまだ、オレの知らない喜びはこの世界に存在しているのかもしれない。
木々から漏れ出した白黄色の光は、道の先にどこまでも広がっていた。






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