- ナノ -

新開悠人 13






触ってだなんて、自分で言ったクセに、名前さんは真っ赤になってる。...そりゃそうだよ、普段は自分から手を繋ぐ事さえ出来ないキミじゃないか。

一体なにが、彼女にこんな恥ずかしいセリフを言わせる程に突き動かしたのか−−−すこし考えればすぐに分かった。
キミの事だから、すこしでもオレを安心させたいとか、自分の気持ちを伝えたいとかって、思ってくれたんでしょ?...相変わらず分かり易すぎて、愛しさでじんわりと脳が痺れる。


・・・だけどキミってさ、ほんとにわかってないよ。
「嫉妬」って多分、心配とか疑いとかのせいだけで生まれる感情じゃないんだよ。

独占欲ってヤツ・・・きっとキミは、やきもちなんて妬いたことないからわからないんだろう。
・・・ずるいよ。やっぱり、オレばっかだ。

こんなにオレの事を苦しめといて、キミも同じ目に遭えば良いのにと思う。
だけどこんなにも苦しいから、キミには悲しい想いなんて何ひとつしてほしくないとも思う。







戸惑うオレを、名前さんは潤んだ瞳で見つめた。
...こんなに可愛い精一杯のおねだりを、断れる男なんているだろうか?
加えて、自分でも抑え切れないような激しい嫉妬の後だ・・・正直、キミの甘い言葉に流されてしまいたい。キミの大切な所の全てに触れて、オレのものなんだって感じたい。


・・・でも−−−
ダメだろ、それじゃ。
今ここで、キミに触れてはいけない。


大切にするって決めたんだ。
だからこそこれまでだって自分の気持ちにも、キミの気持ちにも、気付かないフリをしてきたんだ。
...キミがもうとっくに"この先"を望んでた事も、本当は、気付いていたのに。


−−−少なくとも、今までは、そうだったんだ。








オレは向かい合ってる名前さんの胸の膨らみに、制服の上から、そっと触れる。
名前さんのセーラー服のリボンが、二人をひやかすようにオレの指先をくすぐった。
彼女の唇がすこし震えてるのは、恥ずかしくてたまらないからだろうか。ピクリと小さく動いたその身体から女の子特有の甘い香りが舞って、鼻腔を刺激した。まだ春先だってのに、オレの口の中はカラカラに乾き始める。
心臓の音が激しく脈打ち始めた。


かわいい。
やばいかも。
もっと。
もっと。

脳内に浮かぶのは、あまりに直線的な言葉ばかりで。
やばいかも。そう呟いたのは、オレの中にまだ少しだけ残った理性だろうか。


・・・今こんな行為をする事が、本当に正しいのかはわからない。
これは、誰の為の行為なんだろう。
キミの誘惑を言い訳にして、自分の嫉妬を口実にして、今までせっかく大切にしてきた自分の中での"約束"を・・・もしかしたら、壊してしまうのかもしれない。



「・・・名前さん、痛くない?」
「っ・・・平気・・・」

片手ですこし遠慮がちに愛撫していくと、名前さんは恥ずかしそうに視線を逸らした。
さっきまでの威勢の良さは何処へ行ったのか、唇をキュッと結んで顔を背けてる。

ああ、もう。なんでそんなにカワイイの。キミの事これ以上好きにさせて、どうするつもりなの。これ以上想いが募ったら、好きだけじゃ、済まなくなりそうな位なのに。



窓の向こうで、どこかの運動部の掛け声やホイッスルの音が遠く聴こえた。
廊下の先で、吹奏楽部の楽器の音もうっすらと響いてる。

ここが学校っていう日常的な現実と、オレがもたらす快感で身体を震わせる目の前の彼女というのは随分と非現実的で...このありえない状況がオレの欲求の速度を、どんどんと高めた。

...女の子って、どうしてこんなに柔らかいんだろう?男の身体は硬くこそはなっても、こんな柔らかさはありえない。


「・・・ふふ。名前・・・今、すっごくえっちな顔してる」
「そ、それは・・・っ、さんがくのせいで・・・」
「なぁに、オレのせいって」

甘い声の隙間で名前さんは、やっと言葉をしぼりだす。



「こんなふうになっちゃうのは・・・っ、さんがくのことがっ・・・、すき、だから・・・」




ぎゅうう、喉の奥が灼ける程、胸が締め付けられる。


「・・・何ソレ、名前・・・ずるいよ、可愛すぎ」


とろっとろになったキミの瞳に映ったのは、たったひとりのオレだった。

−−−こんな声も、こんな表情も、オレだけのものだ。
そう思ったら、さっきまで胸の中をぐちゃぐちゃに掻き乱した独占欲が満たされていく。

...それは、わかってた事だった。
わかってたけど・・・なんでかな。今までよりもずっと、キミの心に近づけた気がする。

・・・ああ、そうだ・・・
初めてキスしたときも、こんな気持ちになったっけ。







「・・・ふふっ、さんがくのばーか」

−−−口付けの後、名前さんはニコニコとして、すごく嬉しそうだった。その笑顔はまるで、淀んだ湖を照らす陽の光みたいだ。

「えー?なんですか、それ」
「ふふ。ばーか、へんたい」
「...それを言うなら、名前さんでしょ?胸触って、なんておねだりして来るなんて...しかもここ、学校なのに」
「ちょっ?!...も、もう!」
「えっちだなー、名前さんって」

...でも。また、シてあげるね。耳元で囁くと、ゆでダコみたいに真っ赤になって「ばか」って小さく叩いてきたけど、否定はしなくて。
そのぜんぶが可愛くて、ココが学校じゃなくて例えば名前さんの部屋とかだったら...と思うとヒヤヒヤする。服の上から触れるくらいじゃ済まなかったよね、ゼッタイ。

オレのカラダの熱は、まだまだ冷めそうには無いけど・・・さっきまで胸の中ぜんぶを支配してた湿った気持ちはもう、すっかりとなくなっている。

...きみと出会ってから、はじめて知る感情ばかりだ。

小さく笑うオレの頬を、教室の窓から舞い込んだ春の夕風が掠めていった。









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