- ナノ -

新開悠人 12


「ずいぶん簡単に言いますねぇ」

山岳は頬を染めて、すこし怒ったように口を尖らせた。

「ふんだ。どーせ、名前さんにはわかんないでしょ。名前さんはオレにやきもちなんて、妬いてくれた事ないですもんねー。オレばっかりが好きだもんね」
「そ、そんな事ないよ!私だって山岳のこと、」
「・・・ふふ、わかってる。キミはちゃんと、オレのこと好きだよね。・・・ごめん、いじわる言って」


そう言うと山岳は、向かい合った私の肩に、トン、と自身のおでこを乗せた。

「・・・あーあ・・・かっこわるー、オレ・・・」

頬に、彼の綺麗な髪が触れて少しくすぐったい。ため息まじりの声が、私のすぐ耳元で響く。...胸が、トクンと鳴る。

「ごめんね、名前さん。・・・困らせたでしょ」
「そ、そんな事無いけど・・・でも、嫌だったなら言ってくれれば良かったのに」
「嫌とかじゃなくて・・・んー、うまく言えないけどさ。たぶん名前さんにはこーゆーの、わかんないかもしれない。だけどキミは、そのままで良いんだよ。・・・なのにさぁ、こんないっぱいいっぱいになっちゃうなんて、自分でイヤだよ」

はあ、ともう一度ため息をついて、山岳は私の肩に甘えるような仕草で額を擦り寄せた。




「オレ、好きで好きでしょーがないんだ、キミのこと」


すこし瞳のうるんだ上目遣いで見上げながらそう言った。

・・・ず、ずるいでしょ、それは・・・!
あまりに愛しくて、あまりに可愛くて、胸がギュッと締め付けられる。
...コノヤロ、"ソレ"が自分の武器だって自覚してやってたら、タダじゃおかないからな...





−−−正直わたしは、やきもちってよくわからない。

信じてるなら、愛してるなら。どうして疑ったり、心配したりするんだろう?


だけど山岳がやきもち妬いてくれた事は、すごく、嬉しかった。
いつも何事にも捉われなくて自由なあなたが、抑えが効かないくらい自分の感情に振り回されてる。しかもその真ん中にあったのは、私への独占欲だなんて・・・そんなの、嬉しいに決まってる。

−−−そして、それと同じくらい・・・いやそれ以上に、あなたが苦しそうなのは、悲しくてたまらない。


・・・どうしたら、届くだろう。
私の心はぜんぶ、山岳でいっぱいだって事。







私の肩にもたれてしょんぼりとしたままの山岳に、ちゅ、とキスをする。すると、すこし驚いたように目を見開いた。
・・・そして、嬉しそうにきらきらと瞳を揺らす。・・・そんな顔をみれて、少しホッとする。

山岳は、お返しみたいに優しくキスをして、愛しげに私の髪を撫でてくれた。


「・・・ねぇ、名前さん。他の人に、どこにも触らせたりなんかしてないよね?この綺麗な髪や・・・頬も、手も、キミの身体のどこにも・・・」
「え・・・そんなの、当たり前−−−」


−−−当たり前でしょ。言い切れれば、きっと山岳をすこしは安心させてあげられたのに。

私はつい頭の中で、そういえば悠人に手を握られた事もキスを迫られた事もあったなとか、黒田に胸を掴まれた事も(事故とはいえ)あったよな、なんてバカ正直にも思い出してしまって。
そして反射的に、両手で自分の胸を隠すように抑えながら「...あ、当たり前でしょ!」って、やっと言い返した。
妙な間と、ひっくり返った声...我ながら、なんて下手くそな嘘だ。


「え・・・まさか、胸?触られたの・・・誰に?」

ぱちくり、大きな瞳を瞬きさせながら、山岳は言った。



「うっ・・・え、えーーーーっとね・・・いやその、なんでもないから!」

「怒んないから、言って」


その顔がもう怒ってるんですけど・・・
むう、と眉をしかめた山岳を見て、墓穴ばかり掘ってる自分が自分で情けなくなる。
だけどもう、言う以外の選択肢は無さそうだ。




「・・・黒田が・・・この前、私が階段から落っこちそうになった時に、その・・・あっでも、助けてくれただけで」
そこまで聞いて察しがついた様子の山岳は、じゃあさ、と少しムキになって言った。



「オレも、触っていいでしょ?」



−−−そう言うと山岳は、綺麗な指で私の胸の膨らみを包み込んだ。
突然の事に私は思わず、小さく甘い声を漏らしてしまう。

すると山岳は、その声にはっとしたかのように慌てて「ごめん、嘘」と付け加えた。



・・・なによ、今さら。
付き合う前の勉強会の時とか、はじめての誕生日の時とかだって、触った事あったクセに。
・・・だけど、インターハイが終わって・・・別れた後は、一度も無かったけど。




「−−−触っていいよ」

私の言葉に、山岳は少したじろぐ。

「・・・でもここ、学校・・・」

「いいから」

「・・・ダメだよ、やっぱり」


「私・・・山岳にならもう、どこに触れられたって、何されたって、いい。・・・すき、なの。ほんとなの。こんなふうに思うのは、山岳だけで・・・だから、その・・・。ね、触って」

私のぜんぶ、山岳のものだから。
だからもう、やきもちなんか、妬かないで・・・。




あまりに顔が熱かったけど、おそるおそる彼を見る。
すると・・・目の前にいる真っ赤な顔をした男の子は、ゆっくりと瞬きをした。







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