- ナノ -

新開悠人 11


・・・山岳、一体どうしたの・・・?


私はひたすら頭の中でぐるぐる思考を巡らせながら、焦がれたような彼の瞳に心臓をバクバク鳴らしながら、ただただ彼のキスを受け止めていた。

山岳は、そんな無抵抗な私のアゴを片手で掴み上げてる。痛いくらいの力で。まるで私を1ミリも逃すまいとするように、彼の美しい指先が私の頬に食い込む。
その荒々しさは、いつも私を宝物でも扱うように優しく触れる手とは、まるで別の手みたいだった。
熱い舌で口内を犯すこんなキスは、いつものキスの優しさも余裕も感じられなかった。
そして、その瞳には・・・いつもの穏やかさなんて、微塵も無かった。
−−−何が彼を、こんなふうに変えてしまったんだろう?


山岳は基本、のんびりとしていて優しい人だ。
通学路の野鳥に四季を感じたり、いつも私の味方でいてくれたり、私のどんな小さな幸せも一緒に喜んでくれる。春の陽射しのような男の子だった。

・・・そんな彼をこんなふうにしてしまったのは、多分、私なんだろう。
悠人の話題が出てからだ、山岳の様子がおかしくなったのは。私と悠人の関係が、知らずの内に彼を傷つけてたのかもしれない。
・・・そう思ったら、抵抗なんてできなかった。ほんのすこしの恐怖と、そして罪悪感からだった。




嵐のようなキスが終わり、山岳は呼吸を乱しながら唇を離した。

「ごめん」

...あれほど強引に唇を奪った人とは思えない程、山岳は最後の雨粒のようにポツリと謝った。そして私を押し倒したまま、独り言のように呟いた。


「・・・キミが、この唇で呼ぶのも・・・キミが見つめるのも、キミに触れられるのも、この世界でオレだけならいいのに・・・」

端正な顔が、苦しげに歪む。

「・・・どうしたの、山岳・・・?・・・まさか・・・私が悠人の事、好きになると思ったの?」
「・・・ううん、そういう事じゃない」
「だってさっき、悠人がどうとか言ってたじゃない。・・・山岳は私の事、信じてくれてるって思ってたのに。・・・ほんとは私が悠人の事話すたびに、嫌な気持ちになってたの?」
「・・・いや・・・ごめん、もういいんだ。言ったところで、キミには多分わからないと思う。それに、キミはなんにも悪く無いんだ。だから・・・さっきの事は、忘れて」


そう言うと山岳は、私の手首の拘束を弱々しく解いて、身体を起こした。

"キミには多分、わからないと思う"−−−なんて、ずるい言葉だろう。まるで、これ以上踏み込まないでって線でも引かれたみたいだ。


私はテーブルから身体を起こし、依然として悲しそうに俯いたままの山岳に問いかける。

「言ってくれなきゃわかんないよ」
だって山岳、すごく苦しそうなのに。
しかもそれ、私のせいなんでしょ?−−−放っておけるワケ無いじゃん...!

「・・・。ごめん、言いたくない」
プイ、と山岳は顔を背けた。

私はだんだん腹が立ってきて、腰を掛けていたテーブルから飛び降りて詰め寄る。
なんなのよ、拗ねた子どもかアンタは!?
彼が抱え込んでる事も、それを何ひとつ打ち明けてくれない事も、無性に心が掻き乱された。...私たち、前だってそうしてすれ違ったじゃない。なのに、またなの?


「−−−もしかして悠人の事じゃなくて、いつもメールに絵文字を使わないのがホントは不満だった?それとも、調理実習で作ったヤツを今すぐ食べたかったとか?」

一歩も引かない私に、山岳はとうとう観念したのか溜め息をひとつ吐いた。

「・・・あーーー、もう・・・ほんと、粘り強いですねぇキミって人は」


・・・そしてどうしてだか、すこし恥ずかしそうに頬を染めながら口を開いた。




「じゃあ、言いますけど・・・。べつに、キミのこと疑ってるとか信じてないとか、そういうんじゃないんだ。ホント」
「じゃあ、何なのよっ」
「オレさ。・・・キミが他の男と話してるの見るだけで・・・ホントは、苦しくなるんだ。胸に何か刺さったみたいに・・・このへんがギュッってして、息もしにくくなる」



山岳は、自分の制服の胸あたりを撫でながら、くしゃりと眉を歪めた。



「コレ、ユートがどうとかじゃ、ないんだ。キミが誰と居たってそうなっちゃうから。・・・だけどオレ、キミが泉田さんとトレーニングの話したり、クラスで黒田さんとふざけ合ったり、そうやって楽しそうにしてるの見ると、すごく嬉しいんだよ。ホントだよ?・・・なのにさ、苦しくもなるんだ。心臓を、縄か何かで締め付けられてるみたいに・・・」


−−−気づかなかった。
ほんとは嫌だったのに、なんて事ないフリしてたって事?

山岳はようやく吐き出したその言葉に、まるで濁った湖でも見つけたかのように目を伏せた。
彼自身、この感情との距離感をまだ掴めていないようだった。もしかしたら山岳の心に、初めて湧き出た感情なのだろうか。



「言いたくなかったのは・・・オレのこんな窮屈な感情なんかで、キミを縛りたくなかったんだ・・・。キミにはみんなと仲良くして、いっつもニコニコしててほしい。それに、こんな気持ちの良くない事思った自分が、自分でも嫌だった。・・・だから、ずっと隠してたのに・・・」

「・・・山岳・・・」

「・・・はは。へんだよね、こんなの。キミに、自由でいてほしい。それなのに、オレだけのものであってほしいなんてさ」



・・・ええと・・・・

−−−つまり、それって・・・



「・・・もしかして。山岳、妬いてたって事?なによ、ただのヤキモチだったの?」







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