- ナノ -

milky way

〈真波山岳/読み切り〉
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「七夕の願い事を短冊に書こう、だって。名前さん、書いていきますー?」


その土曜日は夕方前に部活が終わり、山岳と二人で箱根湯本の方のカフェでお茶をしていた。毎日会ってるっていうのに飽きもせず私たちはひとしきり話し、気付けば辺りはもう真っ暗になってた。
山岳といると、時間の流れ方が早い。こうやって私は日々を過ごし、付き合い始めてからもう一年とすこしが経った。

そうか、今日は七夕だったんだ。

温泉街の一角にあった大きな笹の葉束が、天の川広がる夜空に揺れる。日本風の古い建物が立ち並ぶこの町に、七夕飾りはよく似合う。


「ほんとだ。コレ使って自由に書いて良いみたいだね」
笹の葉の下に置かれた古風な木製テーブルの上には、ご丁寧に白紙の短冊とペンまで置かれてる。
「名前さん、なんて書く?」
はい、と手渡された桃色の短冊を受け取りながら、うーんと思考を巡らせる。

「書いて叶うなら、いくらでも書きたいけどさぁ。・・・そういえば、どうして七夕にお願い事をするんだろう。離ればなれの恋人同士が、年に一度会えるってお話でしょう?」
「そうだっけ?たしか織姫と彦星って、夫婦だったような・・・」

お互い勤勉であった織姫と彦星は、夫婦になったことで怠惰になる。見かねた天帝は天の川を隔てて東西に引き離した。二人が悲しみに暮れていたため、天帝は一年の内七月七日だけ二人が会うのを許可した−−−山岳はいつものようにのんびりと、だけれども随分と造詣が深く言葉を連ねた。
初夏の夜風になびく彼の髪が天の川に重なって、あんまり綺麗で、話を聞きながら思わず見惚れたのはナイショだ。


「へぇ、そんな話だったっけ・・・詳しいね、山岳」
「そう?みんな知ってるかと思った・・・ああ、でも。もしかしたらオレ、小さい頃は身体が丈夫じゃなかったから・・・部屋の中でゲームとか本とかでしか遊べなかったから、そのせいかな」

−−−そっか・・・
私が出会う、ずっと前の彼。
私はそれを話の中でしか知らない。こんなにおっきな身体で、毎日楽しそうにロードに乗る山岳の姿からは想像もつかない。だけどその分、その二つの姿の切れ込みが私の心を締め付ける。


「・・・うん、よし。私の願い事、決まった!」


"山岳がずっと元気でロードに乗れますように"

サインペンで書いた私の短冊を見て、山岳は困ったように笑った。


「・・・まったく、名前さんってば。自分のこと書けばいいのに」
「いいでしょべつに。・・・この願い事が叶ったら、私にとっても嬉しい事なんだから」
「・・・そう。じゃ、オレももっと頑張らないとね。あんまりサボって、織姫と彦星みたいに名前さんと離ればなれになったら嫌だし」
「ふふ。そうそう、怠けてたら神さまにお仕置きされちゃうんだから。もし私達が、こうやって毎日会えなくなったりしたら−−−」

−−−そう言いかけて、言葉を飲み込む。

・・・だってそれは、"もしも"の話では無いから。

いま私は、高校三年生・・・そして山岳は、ひとつ年下の二年生。私たちの感情や意志に関係なく、物理的な別れが訪れる・・・そう、あと半年もすれば、私は卒業なのだ。



「・・・ね、ねぇ。山岳は何て書くの?短冊」

なんとか話題を切り替えたつもりが、山岳はすこし寂しそうに短冊を見つめた。
こうやって毎日会えなくなる日が、いつか本当に来る。七夕伝説のように年に一度とは言わずとも、それは確実に・・・−−−そう私が気付いた事、案外鋭い彼は汲み取ってしまったのだ。

まだ夏なのに、卒業の事を考えるのなんて早い?・・・そんな事は無い。私たちは知ってる。来月のインターハイが終わればもう、三年生は部活を引退する。そしたらもう、次の進路の準備が始まって、あっという間に春になってしまう。

それとも、たかが卒業って思う人もいるのかな。・・・私も大人になったら、そんなふうに割り切れるように強く、なれるんだろうか。


「・・・オレの願い事は・・・そうだな。・・・"名前さんがどこにも行きませんように "、とか?」

・・・やっぱり、考えてた事がバレてたみたい。
私は思わず、返す言葉に詰まった。だって、「行かないよ」なんて軽はずみに約束できるような事じゃなかったから。
山岳は寂しそうに眉を寄せ、私の片手を握ってもう一度言った。


「・・・どこにも、いかないでください。」

・・・なんてね。

困らせて、ごめん。



ひとりごとのように山岳はそう呟いて、握った手をあっけなく離した。
取って付けたように「なんてね」って言葉を添えたって、そんなに辛そうなカオしてたら、なんの冗談にもなってないじゃない・・・。


「・・・山岳。卒業しても私、頻繁に会いに来るよ。毎日は無理かもだけど」
「・・・・・。」
「それに大学って長期のお休みも多いみたいだから、山岳も休みに入ったら旅行とか行こうよ。私、バイトしてお金貯める」

別れは、確実に訪れる。
現実は変えられないから、私はその先に楽しみを用意して、一緒に乗り越えて行きたかった。
だけれど山岳は、苦しそうに顔を歪めて言った。


「約束なんて、いらないです」


焦がれた胸の炎が、ふうっと息を吹きかけられたかのように揺れる。
離れたくない。だけど、目に見えない約束事なんていらない。
一見、小さな子どものわがままみたいだった。だけどその言葉は彼らしくて、私は心の中で頷く。楽天家のくせして、山岳は意外とリアリストだから。



「今が欲しいんです。名前さんの"今"を、ぜんぶ、ください」



苦痛で顔を歪ませた目の前の彼に、どうしたら良いのか、わからなかった。
あげられるものなら私は、なんだってあげたかった。今も、未来も、いくらでも山岳にあげるのに。・・・だけどきっと、そんな"目に見えない約束"では彼を満たす事はできないんだろう。




悩んだ私は、山岳に向かってガバッと両手を開いた。すこし驚いた彼に向かって、真っ直ぐに叫ぶ。




「・・・あげる。私の"今"の全部、山岳にあげる」


ぱちくりと綺麗に伸びた睫毛を瞬かせた後、山岳は泡が弾けたように笑い出した。


「ふっ・・・あっはは!なんですか、それっ」
「なによ、くださいって言ったじゃない。あげるってば」

山岳はくっくっと喉を鳴らしながら、行き場をなくした私の両腕に応えるように力強く抱きしめた。

山岳の肩ごしに見上げた夜空には、数え切れないくらいの星が散らばっていた。まるで、私の願いを散りばめたようだった。

−−−確かに、山岳の言う通りだ。どんな約束をしたって、どんなに願ったって、未来のことなんて誰にもわからない。
でも今、この瞬間。
私たちは強く、愛し合ってる。

きっと私たちは、"今"以外を生きられない。
過去に生きたり未来を誓えるようになること、それがもしかしたら「大人になる」って事なのかもしれない。



「・・・短冊の願い事、決まりました」



私を強く抱きしめながら、低く優しい声で山岳は言った。






"願い事を祈るきみを、ずっと、守れますように。"










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