- ナノ -

新開悠人 5




「・・・黒田、コイツなんとかしてよ」


なんとか、と言われてもよォ・・・。



新学期が始まって数週間が経った。高校三年になったってのに席替えは行われず、オレの後ろの席は相変わらず名前のままだった。

昼休みの終わり頃。後ろの席から、彼女のうんざりとした声が聞こえて来た。振り返ると、ここ数日のお馴染みとなってきた光景が広がっていた。



「名前先輩、今日もカワイイすね」



名前の机の上にデンと腰掛けて、真っ直ぐに彼女を見つめてそう言うのは−−−新開悠人、ウチの新入部員であるソイツだった。


「も、も〜っ!?なんなのよアンタは。人に散々失礼な事言ってたかと思えば、この頃は手のひら返したみたいに・・・」
「オレ、昔からずっと名前先輩の事スキだったんですよ。知りませんでした?」


ニコニコと人懐こい笑顔で悠人はそう言った。椅子に座る名前は「えぇー・・・」と言って困惑してるが、悠人はお構い無しといった調子で机の上の彼女の手を握った。


「照れてますか?いいすね、その表情。キュンとします」


−−−オ、オイオイ。

手を繋いだだけでなく、指を絡めて握る悠人をオレは、動揺と尊敬の想いで見つめる。

悠人による名前へのラブコールは、ここ最近突然に始まった事だった。しかもその言い寄り方はかなりのド直球で、毎日のように教室へ足を運んではスキだのカワイイだのと名前に伝えている。席が後ろなモンだから、オレの耳に嫌でも入って来る。



・・・正直、気が気じゃない。
オイ悠人、わかってんのか!?コイツの彼氏はあの、真波なんだぞ!



今んとこ真波にゃバレて無ぇみたいだが、もしこんなトコ見られたり、人伝てにでも知られたりしたら・・・−−−オレは他人事ながら、考えただけでゾッと背筋が凍るような思いだった。

正直、名前は男子に人気が無くはない。けど今まで言いよるヤツが居なかったのは、彼氏がよりによってヤツだからだ。
真波山岳て男は・・・ルックスも良いし愛想も良い。不思議チャンなのは手を焼くが、一年にしてハコガク自転車部のレギュラーで・・・去年のインハイのファイナリスト。
並べればうんざりするようなスペックばかりだ。
しかも、誰がどう見たって名前の事を好きで好きでしょうがねぇってのは校内中で公認だ。名前の事を大切に、ものすごく大事にしてんのがハタから見ても伝わって来る。
それと・・・これはオレ個人の意見だが、アイツが凄むと年下ながらに妙な迫力がある。

そんな真波の彼女である名前に、手を出すヤツなんか今まで居やしなかった。悠人のヤツ、度胸あるってか、怖いもの知らずというか。

・・・タダじゃ済まねぇぞ、こんなの知れたらゼッタイ・・・。



「−−−あれ?真波さんじゃないすか」


悠人は呑気な声でそう言った。ハッとして教室の扉を見ると−−−真波がコッチに歩み寄って来る。・・・いつかはこうなるとは、思ってた。さ、最悪だ・・・
オレだけじゃない。クラス中がこの後の修羅場を予感して、教室の空気がざわざわと揺れる。



「・・・ユート?」



真波が、名前の席の横に立つ。
水晶みたいな瞳をぱちくりとさせて、悠人に握られた名前の手をジッと見つめた。・・・お、終わった・・・。



「もー、だめだよユート。名前さんは、オレのなんだから〜」



−−−しかし真波は、オレらの期待を良い意味で裏切り、予想外にも随分と軽やかにそう言った。




「名前先輩は、モノじゃないでしょ?」
悠人が挑発的に言った。オイやめろ、せっかく平和な流れだったのに!
「あはは、まぁそうだね。・・・ああ、名前。コレ・・・この前借りてたお弁当箱」

・・・意外にも真波はどこまでも冗談っぽく笑って、空っぽの弁当箱を名前に差し出す。名前は悠人の手を離して、ソレを受け取った。

「洗ってくれたの?そのまま返してくれたら良かったのに。・・・おいしかった・・・?」
「んー、そうですねぇ。味は、おいしかったです」
「へェ、名前先輩て料理が得意なんですか?今度オレにも、作ってくださいよ」
「え、悠人にも?まぁ、いいけど」
「ユート。名前のお弁当って、スゴいんだよ〜。いつも想像の斜め上をいくからね」
「・・・山岳、ソレって良い意味?悪い意味?」


あはは、と真波が笑ったトコロで昼休みを終えるチャイムが響いた。
「んじゃね、名前。黒田さんも、また放課後ー」
「名前先輩、お弁当楽しみにしてますね」
二人の後輩達が手を振って教室を出て行き、オレはホッと胸を撫で下ろす。

・・・今日のところは、とりあえず平和に終わったが・・・良くねェな、こんなのは。
悠人もだが、名前も名前だろ。彼氏の前で、他の男に弁当作る約束してンじゃねぇよ、ったく!

オレが頭を抱えていると、次のチャイムで教室に入ってきた教師が、授業で使う物を資料室に取りに行ってくれと、オレと名前を名指しで指名した。
窓側の一番後ろが自席のオレらは、時々こうして当てられる事も多い。

ハイ、わかりました。歯切れよく名前が答えた。
仕方なくオレも立ち上がり、二人で教室を後にした。






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