- ナノ -

イヤリング 2



私の復讐大作戦は、どうやら成功のようだった。
やればできるじゃん、私。
この天然王子め、思い知ればいいのよ。ドキドキさせられる側の苦しみってやつを。

−−−さて。ここから先は、どうしたものか?

私は次なる一手を脳内で模索する。この復讐劇の最後を飾る、私の大人の魅力を駆使した何かが欲しいところだ。
うーんと考え込む私を、山岳はどうしてだか口元を緩ませながら見つめてる。...なんだか楽しそう?いや、きっとドキドキしてるんだろう。

あ。そうだ!

すばらしい閃きをした私はソファーから立ち上がり、山岳を取り残したまま寝室へ向かう。戸棚の引き出しから、小箱にラッピングされたままの"あるもの"に手をかける。


−−−それは、イヤリングだった。


誕生日に友人からプレゼントしてもらったものの、アクセサリーを着ける習慣があまり無い私はそのまま仕舞ってあったのだ。だけどすごく可愛いデザインで、いつか着けて山岳に見せてあげたいって思ってた。
アクセサリーといえば、大人の色気である。
これを着けてうなじでも見せれば山岳はきっと、もっとドキドキしてくれるような気がする・・・うん、間違い無い。

早速着けようと、壁掛けの鏡を見ながら試行錯誤する。だけど生まれてこの方、イヤリングなんてした事の無い私は仕組みすらわからない。...なにこれ、どうやって着けるの?


「・・・名前さーん、どーかしたの?」


悪戦苦闘していると、寝室の扉から山岳がひょこっと顔を出した。

「ちょ、ちょっと待って!?まだ準備がっ・・・」
「なんの準備?」

近づいて来た山岳が、私にこねくり回されていた小さなイヤリングに気付く。・・・ああ、もう。ちゃんと着けてから、見てほしかったのにな。

「何、ソレ?」
「・・・イヤリング・・・友達にもらったの思い出して・・・その・・・」
「・・・あー・・・ナルホドね。・・・単純というか分かりやすいというか・・・ホンット可愛いですねぇ、キミって人は」
くっくっと声を漏らしながら、山岳は隠すように口元を手で覆った。笑ってるの、バレバレなんですけど!何がそんなに面白いのよ、ったく。

「・・・せっかく貰ったのに、着けないと勿体無いなって思ったから!仕舞ったままだったの、急に思い出したから!」
「ハイハイ、わかりましたってば。・・・ふふ。途中までは、良いカンジだったのにね」
「え、何?」
「いや、こっちの話。・・・ねぇ、イヤリング着けたとこ、オレも見てみたい。きっと可愛くて、ドキドキしちゃうんだろうなぁ」
「それがさ、やり方がわかんなくて」

手の平のイヤリングを、私は恨めしい気持ちで見つめる。

「ふーん?かして。オレが着けたげる」
ひょいと私の手からソレを取り上げて、山岳は私の耳に髪を掻き上げた。

「ええー・・・山岳にできるの?」
「誰かさんよりは器用なはずです」
「誰よ、誰かさんって」
睨みつけると、あははって楽しそうに笑いながら、山岳は両手で私の片耳にイヤリングを着けはじめる。
・・・こんなハズじゃなかったのにな、私の"大人の色気作戦"は・・・。


「・・・ああ、成る程・・・こうなってるんですね」


そう言って山岳は少し屈んで、その無駄に整った顔を、私の耳元にグイと近づけた。

「ち、近いって、」
「だって、こうしなきゃ見えないよ。動かないで・・・じっとしてて。」

真剣な表情・・・それも、ものすごい至近距離。かっこよくて、思わず見惚れてしまう。ドキドキと心臓が騒ぎ出して、胸が苦しい。ああ、もう・・・今日は私が、ドキドキさせる側になるハズだったのに。
−−−だけどこんなのは、ときめかない方が無理だ。


「にしても、プレゼントにイヤリングだなんて。ずいぶん良い物もらいましたねえ」


山岳はイヤリングを着ける事に集中してるのか、無意識の内に私の耳元に近寄りながら、のんびりそう言った。息がかかる位の距離で響く大好きな人の声に、私の心臓はまた大きく脈打つ。ううう、ばかばか。人の気も知らないで...!


「っ・・・そ、そうだね。貰った時は、驚いたよ」
「すっごく可愛いね、これ。きっとキミに似合うと思う・・・ね、名前」
−−−お願いだから、そんな優しい声で、耳元で、そんな事を言うのはやめてほしい。しかも、こんなタイミングで呼び捨てで呼ばなくたって・・・。


「・・・に、似合わない気がするよ、私にはっ・・・こんな女の子っぽくて、かわいいデザインの・・・」
「そんな事無い。オレはキミの事、いつだって可愛くて仕方ないって思ってるよ」


私はもう我慢できなくなって、ぎゅうっと目を閉じた。は、早く終わりますように・・・心臓が、もたないよ・・・

こんなにドキドキするだなんて、自分で自分が情けなくもある。少女かお前はとツッコミたくなる。だって、もっと近くで触れ合う事だってあるのに。
・・・だけど、仕方が無いのだと思う。
何年一緒にいたって、この人の魅力は褪せない。山岳のかっこよさも、つかみどころのなさも、いつまでも私の心を離してはくれない。
そして−−−私は骨の芯まで、真波山岳という男に恋をしてるから。


悔しいけど、どうやら今日も私の負けらしい。


いつの日か私は、こいつに勝てる日が来るのだろうか。今日のような仕返し作戦が成功する日が、果たして来るのか?
私がどんなに背伸びしたって、ドキドキさせるべく計算したって、山岳のこういう何気ない仕草の方が数万倍の破壊力がある。・・・ずるいなぁ。
やっぱりこういうのって、惚れた方が負けなんだろうな。



「−−−ハイ、できたよ」



ああ、ようやく解放の時が来た。触れられてた耳が、熱くて仕方ない。

「うん、やっぱり似合ってる」

真夏の海みたいな瞳を揺らして、山岳が言った。
見てごらんよ。肩を抱かれて壁の鏡を見ると、華奢なイヤリングを着けた私が、真っ赤な顔して立ってる。

「・・・なんか、自分じゃ見慣れなくて・・・。変じゃない?ほんとに?」

すこし照れ臭くてイヤリングを隠すように握ると、もう一度向き合った山岳が、両手で私の左右の耳を優しく包み込んだ。そしてふわりと顔を近付け、コツンとおでことおでこをくっつけた。



「可愛いよ。世界でいちばん」



さっきみたいな、真剣な顔で言った。
・・・やっぱり、今日も私の負け。うるさい位に高鳴る心臓がその証拠だ。



「敵わないな、山岳には」
そうぽつりと漏らしたら、山岳はもう一度私の耳元に唇を寄せて言った。



「・・・仕返しの、お返しだよ」





〜 F i n .




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