<真波山岳/ 読み切り>
2018年誕生日企画作品(リクで頂いたお題を、ひとつの作品に全て盛り込むという企画でした)
ご参加ありがとうございました*
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第一学年、と書かれた自分の靴箱に背を付けて、私は待ち合わせの為にぼうっと時間をやり過ごした。
一日の授業から解放された放課後の玄関は、たくさんの箱学生達であふれている。
目の前を、女子数人のグループが通過した。手には、色とりどりのスクールバッグやリュック。そしてそのカバンにもまた、キャラクターのマスコットや缶バッジなどで賑わってる。
指定の制服がある女子高生にとって、学校じゃ好みのファッションはできない。そんな中、カバンは自己表現ができる唯一の場所なのかもしれない。
「名前ちゃん、おまたせ。」
平凡な学校指定のカバンに、テーマパークのお土産でもらった有名なキャラクターのマスコットがひとつぶら下がっただけの、ありきたりな私のカバンがクイと引っ張られる。きっと同じようなカバンの女子高生は、日本中に何百・・・いや、何千といるかも。
振り返る。真波先輩だった。ひとつ年上の、私の彼氏だ。
箱根学園という、この森の中の学校で私たちは出会った。脚が長くて顔がキレイで、テレビの中のアイドルみたいだと思った。
こんな王子様みたいな人ホントにいるんだってマジで思ったし、はじめは挨拶ができただけで胸がいっぱいだった。告白された時はすごく驚いたけど、でも断る理由なんて無かった。
付き合いはじめてから、数ヶ月が経つ。
・・・私はずっと、気になってる事がある。
私が真波先輩からの告白を、断る理由なんて無い。
だけど真波先輩にとって、私じゃなきゃいけない理由なんてのも、きっと無いんじゃないかと思うのだ。
「オレのクラス、ホームルーム長引いちゃって。ゴメン、待った?」
「ううん、大丈夫です。待ってるの、楽しかったです・・・一緒に帰れるのが、すごく楽しみだったんです。」
私の言葉に、真波先輩は嬉しそうにへにゃりと笑って、きれいな手で私の頭をいいこいいこって撫でてくれた。
真波先輩は、いつも私に優しい。
大事にしてくれて、守ってくれて、たくさんたくさん愛してくれる。
こんなのって、夢みたいだった。嬉しくて幸せで、どうにかなっちゃいそうだった。
だけど、今は・・・
「じゃ、行こっか、名前ちゃん。」
「ハイ、先輩。」
「どこか行きたい所はある?せっかく一緒に帰るんだし・・・名前ちゃんの行きたい所、どこでも付き合うよ。」
−−−だけど、今は。
心配なんです、真波先輩。
どうして先輩は、私なんか選んでくれたんですか。こんな、どこにだっている、ありきたりな私で本当に良かったんですか?
「おう、真波。あ、ソッチも放課後デート?」
「あ、真波くんだ〜」
真波先輩から繋いでくれた手にドギマギしながら私がすこし後ろをついて歩くと、男女の二人組に声をかけられる。私達と同じ箱根学園の制服だけど、見掛けない顔。
「あー、うん。今日は部活がオフだから、カノジョと帰るんだ。」
ぎゅ、少しだけ力を強くして、センパイが私の手を握る。
「アタシ達もこれから、近くに新しくできたアイスクリーム屋さんに二人で行くのよ。あっ、もしよかったら真波くん達も一緒にどう?」
二人組の女の人の方が、嬉しそうにセンパイを見て言った。
「アイスクリームかぁ・・・。」
うーん、と真波先輩は考えるそぶりをする。断ってくれないかな、私は心の中で思う。
「・・・名前ちゃん、どーする?アイスクリーム、食べたい?・・・あ、この人達、オレのクラスメイトなんだ。」
真波先輩は少し屈んで、私に耳打ちするように言った。
「・・・。センパイは、どう思いますか?」
「えー、オレはどっちでも。名前ちゃんが行ってみたいなら、アイスクリーム屋さんに行くのも良いし」
私は・・・ほんとは、センパイと二人で過ごしたい。
だけど、どっちを選んでどう答えたらセンパイは喜んでくれるだろうって考えて、私はいつもそうやって正解を探す。イイコでいたい、理想の彼女でいたい。
真波先輩に、嫌われたくない。
「私、行ってみたいです。アイスクリーム屋さん。」
「よし、じゃあ決まりね。アタシ、こういうの嬉しい。ダブルデートみたい!」
女の先輩が嬉しそうにそう言って、跳ねるように歩き出した。
アイスクリーム屋さんへ向かう道のりで、先輩達はクラスの話で盛り上がってた。私に分かる話題は、ひとつも無かった。
真波先輩が時折、「名前ちゃんのクラスはどう?」とか、「名前ちゃんってこの間、家庭科の授業で先生に褒められたんだよ」とかって、私が話に入りやすいように話題を振ってくれる。だけど周りの先輩方の話題はまたすぐ、自分達のクラスの事や真波先輩への自転車部の質問なんかの話題に戻してしまう。皆、私になんて興味が無いのだろう。
無理も無い、私はあまりに平凡だから。なんだか寂しくて、惨めだった。だけどそんな事は微塵も出さず、まるで会話を楽しんでるようなフリをした。
センパイのクラスメイトに、ノリの悪い子って思われたくない。
女の先輩の道案内で着いたそのアイスクリーム屋さんは、外装からすでにすごくオシャレで、ぱらぱらと女性客の姿がみえた。砂糖菓子みたいな真っ白な壁に、店名が筆記体で綴られている。まるでヨーロッパの建物みたい。
店内に入ると、色とりどりのアイスクリームがガラスのショーケースの中で花畑みたく並んでた。すこし心が踊って、嫌な思いはしたけど来て良かった、って思った。
「名前ちゃん、何にする?好きなの選んで。オレ、ご馳走するからさ」
ショーケースを見つめる私の肩を抱いて、真波先輩は言う。センパイはいつだって、私に一番に選ばせてくれる。こういうちょっとしたデートだって、必ずご馳走してくれる。本当、非の打ち所がない王子様だと思う。
・・・どのアイスクリームにしよう。
センパイの優しい顔に見惚れてしまいそうになる気持ちを立て直して、私はもう一度アイスクリームの花畑に視線を戻す。いつもならこんな時、自分の食べたいものよりも、どういうのを選んだら女の子っぽいかって計算する。真波先輩に、すこしでも可愛いって思ってほしい。
−−−真っ白なミルク味のアイスと、目が合う。まるで天使の羽みたいにきれいだった。そういえばお店の扉に、牛乳にこだわってるとかって書かれたポスターがあったっけ。いいな、これにしようかな。...あ、でもヨーグルト味もおいしそう。
たぶん、普段ならどちらも絶対に選ばない。こういう時に男の人ウケするのはストロベリーやピーチのフレーバーなんだって、この前読んだ雑誌にも書いてあったし。
でも...真波先輩は、好きなのを選べば良いって言ってくれてるし...どうしようかな。
「ふふ、迷ってる?悩んでる名前ちゃんも、カワイイ」
「せ、せんぱいっ・・・からかわないでくださいっ、」
「どれとどれで迷ってる?」
「えっと・・・ミルクと、ヨーグルトです」
すこし勇気を出して、その素朴なフレーバーの名前を口にする。
「・・・いいね、おいしそう!」
笑ってそう言ってくれたセンパイの言葉に、ホッと心がほぐれる。
「すみません、店員さん。ミルクとヨーグルト、ひとつずつ下さい」
ショーケースの向こう側にいるお姉さんに、真波先輩がそう言う。
「えっ・・・真波先輩?私、ふたつも食べれないかも・・・」
「え?ああ、ひとつはオレのだよ。それでさ、半分ずつ食べようよ」
「で、でも、先輩も食べたいのがあったんじゃ・・・」
「いいって」
ハイ、って嬉しそうに目を細めて、店員さんから受け取ったふたつのアイスを両手で私に差し出す、真波先輩。優しすぎて、かっこよすぎて、胸がいっぱいになる。
「うわ、地味なチョイス!」
ヨーグルト味のアイスクリームを受け取った私を見て、女の先輩が言った。
「真波くんが選んだの?アイスの好みも地味なんだ、真波くんって。」
「え?いや、これは名前ちゃんが選んでくれたんだよ。おいしそうでしょー?」
「あ、やっぱりその子のセンスなんだ、ウケる。こんなカワイイ店で、こんだけフレーバーあるのに、わざわざ二つ共真っ白のアイスって・・・フツー、選ばなくない?女子としてどーなの、ソレ」
その手には、鮮やかなピンクのアイスクリーム。もう片方の手にはケータイが握られていて、確かに写真に可愛く映えるのは彼女の選ぶようなフレーバーだろう。
「あ、あははっ・・・ほんと、地味ですよね。でも私、おいしそうだなあって思って。ここのお店、牛乳にもこだわってるみたいで、扉のポスターに−−−」
「まぁその子が選んだなら納得だけどね。アタシ、真波くんのセンスだったらどーしよーかと思った」
私の言葉を聞き終わらない内に、彼女はケラケラ笑ってお店の外にあるベンチに向かった。
"女子としてどーなの、ソレ"−−−彼女の言葉が脳内でリフレインして、スッと、背中に冷や汗が一筋落ちる。
やっちゃった。
真波先輩の彼女でいて、恥ずかしくないようにって思ってたのに。センパイに嫌われたくない。それに、私は地味で平凡だけど、だからってこんな素敵なセンパイに嫌な思いをさせるのだけは、私のせいで恥をかかせるような事だけは、したくなかったのに。
アイスの好みも地味なんだ、真波くんって。そう言った彼女の言葉の本質が、私にはわかる。恋人の好みも、ってそう言いたいんだろう。
「変だね、あの子。」
立ちすくむ私の胸の内を知ってか知らずか、真波先輩はアイスクリームをちろちろと舌先で舐めながら言った。
「好きなアイスを選べるように、ああやってガラスの中にたくさん並んでるんじゃないの?あの子の言ってること、オレよくわかんないや。」
おいしいのにね、このアイス。にっこり、天使みたいな顔で微笑んでそう言ってくれた。
その笑顔は綺麗すぎて、苦しくなる。
−−−どうしてセンパイは、私なんかを選んだんですか。ストロベリーアイスみたいに可愛い女の子だって、ピーチアイスみたいに大人っぽい女の人だって、真波先輩なら選び放題じゃないですか。
どうしてよりによって、私だったんですか。
こんな、どこにだっている、ありきたりな私で本当に良かったんですか。
・・・良いわけ、ない。
私じゃ、相応しくないよ。そんなの誰かに言われなくなって、私が一番わかってるよ。
だから私は、自分を偽った。センパイの、お似合いの女の人になりたかった。
ごめんなさい、真波先輩。
そう呟いたのがセンパイに届いたのか確かめもしないまま、私は逃げるようにお店を後にした。