<鏑木一差 / 読み切り>
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「練習おつかれさま、鏑木君」
その日は、いつも通りの土曜日だった。
授業の後に部活のある平日と違って、土日はレースの無い限りは練習はだいたい夕方には終わる。
・・・そんでこの頃は、その時間に合わせてカノジョが校門まで迎えに来てくれて、一緒に帰ってる。
ついこの間から付き合いはじめたオレの彼女・苗字名前は二つ年上。入学早々にカノジョができるなんて、サスガはオレである。
名前は部活とかはやってなくて帰宅部のクセに、オレ様と過ごす時間をつくる為にわざわざ土曜日だってのに制服に着替えて校門まで来てくれる。
そのままどっかへ寄り道する事もあれば、ただ帰るだけの事もあるっていうのに、我ながら随分と愛されてると思う。サスガはオレだ。
・・・今日はオレの中で、決意の日だ。
今日は名前に、してやりたいと思ってる事がある。
「よー。今日も来てくれたのか?ホント、ヒマ人だよなぁ名前って。」
「もー、素直じゃないなぁ。・・・いっつも校門で私の事見つけると、子犬みたいなキラッキラした顔で近寄って来るクセに・・・。」
「は、はああ?!」
「・・・それに、『もっと一緒にいたい』って最初に言ったの、鏑木君じゃん。『だから土日は練習後、名前の家行くから!』なんて言うから・・・ウチ遠いし、練習後で疲れてるだろうし・・・なんとか一緒に過ごす時間をつくるために、私が考えた結果、お迎えにあがってるんですけど?」
「んな?!そ、それはだなぁ、えーっと・・・オマエがそう思ってるだろーってのを、オレ様は先回りしてだな?!オマエなんてどーせ、家にいたって暇だろうしなっ」
オレの言葉に、どうしてだか名前はクスクス笑って「そうだよね、ありがとう」って言った。
あまりの嬉しさに、笑いが出たのか?ふふん、単純な奴め。
・・・でも、そんな名前の横顔が可愛くって、つい見惚れる。
こいつがホントに、オレの「彼女」だなんて・・・。
オレは、こいつが好きで。
年上だけど単純で、ほっとけないトコがある。そういう所が、すごく可愛いと思う。だからコイツにはオレが着いてなくちゃならない。
コイツも、オレの事が好きだという。土日にこうやって、わざわざ学校来るくらい。
これが、りょーおもいってヤツか。
付き合うって、カレシとカノジョって、こういう事なのか。・・・すげぇなあ。
「−−−なぁ、名前。」
隣を歩く彼女の名を呼ぶと、優しく振り向いてくれた表情がこれまた可愛くて心臓がバクバクと鳴る。
初めてコイツを見たとき、そんなに美人だとか可愛いとかって思わなかったのに。なんでオマエ最近、そんな可愛いんだよ、心臓が、持たないっての。
「こ、こっち見んな」
「えええ、呼ばれたから見たんだけど・・・」
「あ、そっか。・・・あのよ、今日はオマエに言いたい事がある」
「え?何だろう・・・」
オレは小さく深呼吸して、心に決めてた事を伝える覚悟をする。
「・・・オマエさ、三年生じゃん。だからホントは、受験勉強とかあるんじゃねーの。」
「ああ、まぁ・・・そろそろ始めてはいるけど。」
「それなのに、こうやって土日の夕方はいつも、オレの為に時間くれてるだろ。・・・それって、すげー事なんじゃねぇかなって」
「・・・まさか鏑木君に、私のそんな気持ちまで汲み取れるアタマがあったとは・・・。」
「アァッ?!な、なんだよ?!ばかにすんなよっ」
「ふふ、冗談だよ。・・・ほんとは優しいもんね、鏑木君。ただちょっと照れ屋なのと、おバカなだけで。」
「照れてねェし、バカでもねェよ!・・・ああもうっ、コッチは真面目な話をしてんだってのっ」
ったく、調子狂うぜ。
ガシガシと頭を掻くオレを見て、名前はどうしてだか少し寂しそうに眉を下げた。
「ねぇ、鏑木君。私に言いたいことって・・・もしかして、別れ話?」
・・・は、はぁ?!
「話の流れからして、そうかなって・・・。私の受験勉強のこと気遣って、別れようとしてる?もしくは、こうやって土曜日と日曜日に会うのをナシにしようって話?・・・私は、どっちも嫌だよ・・・。」
「そんなの、オレだってヤだっつーの!!」
でかい声でそう言って、勢い良く名前の前へ立ち正面に向き直る。真っ直ぐ見つめると、名前は瞳をまんまるにして瞬かせた。
「オマエと別れるなんて、オレはぜってー嫌だからな!!オマエの事、すげー好きだから!ロード乗ってる時の他は一日中、毎日毎日名前の事ばっか考えてるよ。名前と過ごせるから、一週間の中でイチバン土曜日と日曜日が好きだよ!オマエだって忙しいのに、こうやって時間つくってくれて・・・それなのにオレ、まだ全然足りなくて、もっと一緒にいたいくらいオマエの事が好きだよ。・・・こんなの、自分でもおかしいって思ってる」
そこまで一気に言うと、叫ぶように口にしたせいで、はぁはぁと少しだけ呼吸が乱れる。
「・・・えっと、鏑木君?」
「オレが言おうとした事は、そんなんじゃねぇよ!・・・その・・・えっと。オレが言いたかったのは・・・手、繋ごうぜ・・・・って。」
オレが右手を差し出すと、名前は依然として驚いた表情のまま、オレの手と顔を交互に見つめた。
「・・・ほんとは、ずっと前から思ってた事だったんだ。オマエがせっかく、こうやってつくってくれた時間だから・・・なんつーかさ、大事にしたいって思って、考えて・・・思いついたんだよ。あー、でもっ!!・・・嫌だったら、いいから・・・」
「・・・・鏑木君・・・」
名前はオレの名前を呟いたっきり俯いて、そして小さく肩を揺らし始めた。・・・え、まじかよ・・・もしかして、泣いてる?!
「お、おい名前?!泣くなよ、だからオレは別れる気なんかっ・・・」
「・・・ふふっ。あはは!」
顔を覗き込むと、その表情はまさかの爆笑だった。よ、よかった・・・いや、良くねぇよ?!
「テッ、テメェなに笑ってんだよおお?!」
「ご、ごめ・・・まさか、手を繋ごうだとは思わなくて・・・っ」
な、なんだよ。
そんなに笑わなくたっていいだろ?!
「・・・嫌かよ、オレと手ェ繋ぐのが。」
「そんなわけないでしょ。・・・はい、繋ご?」
そう言って差し出された名前の手をぎゅっと握ると、柔らかくって、小さくて、どうしてだか胸がぎゅっと苦しくなる。
・・・名前にちゃんと触ったのは、これが初めてだった。
いま、女子に触れてて・・・しかも、好きな女の子だ。
こんな状況は、さすがのオレでも緊張しちまうけど・・・でも、それはコイツだって同じかもしれない。オレが、しっかりしてやらないとな。
「・・・ごめんね、笑ったりして。鏑木君っていっつも、私の予想の斜め上を行くからさぁ〜、ビックリしちゃって。・・・それにしてもまさか、こんな可愛い提案だったとは・・・ふふ。」
−−−む?
なんか余裕だな、コイツ。いや、そういう演技かな。可愛い奴。
「鏑木君と居ると、ホント飽きないよ。想像できない事ばっかりあるし、それに可愛いんだもん」
「可愛いとか、おまえに言われたく無ぇよ!ったく。こんなにカッコいいオレに向かって」
「ふふ。・・・でも、確かに。こうやって手を繋いだら、鏑木君って男の子なんだなって思うよ。年下なのに・・・手、骨ばって硬いし、おっきいもんね」
「それ言うなら、オマエだって・・・手、小せぇし柔らかいんだな。・・・なぁ、明日も日曜日だから迎えに来てくれんだろ?明日もさ、手・・・繋ごうぜ。そうやってさ、これからずっとお前の手繋いで、ずっと守ってやるよ。オレ、名前の事・・・すげー好きだよ。」
オレの言葉に、名前は真っ赤になって「...ホント、予想だにしてないコト言うんだよね...」って視線を逸らした。
オマエが単純すぎんだよ、ばーか。年上のくせに。
明日は、日曜日だ。
次はどんな事で、この限られた時間を名前へのプレゼントにしてやれるだろうか。
ぎゅ、もう一度手を握って・・・オレたちはまた、歩き出すのだった。