- ナノ -

白と保健室 2


「ちょ、ちょっと、山岳?!」

慌てて起き上がり掛けた私の抵抗もむなしく、身体をグイと引き寄せられて彼の腕の中へ倒れ込む。
こういう時、山岳は可愛い顔してるけど男の子なんだって、憎たらしい程に思い知らされる。力じゃ敵いっこ無いのだ。

ひとつのベッドの中で私は、腕枕をされるような形ですっぽりと包み込まれてしまった。


「な、なにバカなことしてんのよ、もし先生に見つかったらっ・・・っていうかまさか、こんな事するために保健室に来たわけじゃないよね!?」
「違いますよー。ホントに心配で来たんだよ、最初は。けど名前さん、もう元気になったっていうし・・・それにキミが悪いんだよ、ゆーわくするんだもん」

ゆ、誘惑?なんの事よ?!
睨みつけると、山岳は私のセーラー服の胸元を指先で掴み、クイ、と引いた。

「・・・なんでリボン、してないの?この辺、肌がさっきからチラチラ見えてて・・・あ、もしかしてわざと?誘ってたんですか」

・・・そ、そうだった。
寝苦しくないようにってリボンを解いて、そのままになってたんだった・・・すっかり忘れてた。
私は慌てて、制服の胸元を抑えた。


「名前さんってさー、ホント無防備ですよねぇ。保健室に来たのがオレじゃなくて他の男だったら、どうするんですか」
「べ、べつにそんなに見えてたワケじゃ無いでしょ?!首元がすこし、ゆるくなってたくらいで、」
「すこしでも、だめだよ。そんなの他の誰にも見せたく無い。・・・名前さんは、オレのなんだから」

そう言うと山岳は、私の頬を片手で包み込んでキスをした。
歯の隙間から、ちろりと彼の舌が入り込んで来た。さっきまでロードに乗ってたせいか、熱を帯びたソレがやさしく私の舌に絡みついてくる。

山岳が心配して来てくれた事も、独占したいなんて思ってくれる事も、ぜんぶぜんぶ嬉しい。
それと、今ほんとは授業中だって背徳感とで、私の胸はきゅうきゅうと痛んだ。



−−−その時。

扉が開く音がして・・・咄嗟に私たちは頭からすっぽりと布団をかぶって身を隠す。・・・や、やばい!先生が、戻って来たんだ。
ベッドをぐるりと囲んで閉じられたカーテンの向こう側から、「苗字さん、まだいる?」と、すこし遠くで先生の声がした。


「・・・あ、ハイ!います!」


布団の中でそう答える。
どうしよう。もしカーテンを開けられたら、一発で山岳の存在がバレる。
身を隠したとはいえ、二人をかくまった掛け布団は明らかに一人分では無い膨らみ方をしているはずだ。


「鍵が開いてたから、もう居ないのかと思っちゃった。戻るのが遅くなって、ごめんなさいね。苗字さん、お腹は良くなった?」

「い、いえ!まだめちゃくちゃ痛くて、いま絶対ベッドから出られないです!もうすこしこのまま、寝させてください!!」


お大事にね、と心配そうな声が響く。
・・・うう、先生ごめんなさい。お腹はもう、かなり良いんです。でも今出ていったら確実に、大問題なんです。



・・・ど、どーすりゃ良いのよコレ!?

しかも、隠れる事に必死すぎて気付いてなかったけど今、身体がめちゃくちゃ密着している。布団の中で山岳に抱きしめられるような体勢になってるのだ。


「どーすんのよっ」

私は微かに身動ぎをして、この事件の原因である男を見上げながら小声でなじった。

息が苦しいくらいに心臓がうるさいのは、先生にバレたらどうしようというスリルのせいだろうか。それとも、彼の胸に顔を埋めているせいか・・・あるいは、閉じ込められた布団の中で、1ミリの隙間も無く身体と身体が密着しているせいだろうか。


「ふふ。大変な事になっちゃいましたねぇ」


どこか楽しそうに言った山岳と、暗闇の中で視線がぶつかった。あまりの顔の近さに、私は思わず目をそむける。

「誰のせいよっ。・・・会いに来てくれたのは嬉しいけど、なんでベッドに入って来るのよ」
「え?だからそれは、名前さんが誘惑するから・・・」
「そ、そんなんじゃないっての!・・・ああもう、どうすんのよ〜。一緒に出てくワケにいかないし・・・私かアンタのどっちかが先に出て行ったって、先生はゼッタイ変に思うよ・・・もう、最悪」
「そう?こーゆーギリギリ、オレ嫌いじゃないです」


山岳が、抱き締める両腕にぎゅうっと力を込めて、私の髪に顔をうずめた。
こんな状況だってのに、幸せそうに小さく笑ってる。


「それにさ。授業中なのに、こんなあったかい布団の中で・・・きみと、二人っきりなんて。オレ今、すげー幸せ。・・・ね、もーすこしこのまま、イチャイチャしてようよ?」
「はぁ!?っ・・・ば、ばか。そんな事してる場合じゃ、」
「だって、どうせ今出てくワケにいかないんでしょ?このまま何もしないで、うとうとって二人して寝ちゃう方がキケンですよ。・・・ねぇ、名前さん・・・すき。大好き、です」


そう言うと山岳は、もう一度唇を重ねた。
・・・ああ、もうっ。ほんと、ずるいったらないよ。
今が幸せなのは、私だってそうだけど。許されるならこのまま、二人でずっとここに居たいけど・・・で、でもっ、ダメでしょそれじゃ!?

私は彼と自分の身体の隙間に手を滑り込ませて、なんとか逃れられないかと両手でぐいぐい身体を押し返す。
すると山岳は、腕枕をしている手で私の頭を撫でるように抱えて、もう片方の手で私の腰を抱いて自身の腰に押し付けた。・・・だ、だめだ。これじゃ絶対、逃げられない・・・!

わざとらしい位にゆっくり、口内をねとりと絡めるようにキスを続ける彼の眼差しは、私が抵抗する事さえ愉しんでるかのようで・・・幸せそうに、やさしく目を細めてる。




「・・・・ん?」


・・・すると不意に、彼が何かに気が付いてキスをやめた。


「はぁ、はぁっ・・・さ、山岳、あんたねぇっ、」
「なんか・・・暖かい。名前さんの、お腹のあたり?」


ようやく解放された私が必死に抗議をするのもさらりと受け流して、山岳は私たちの身体の間に目線を送った。

あったかい?
・・・あぁ、それは多分先生が貼ってくれたカイロだ。そりゃ、これだけぴったりくっついてれば、山岳も気づくよね。


「カイロだよ。お腹痛かったから、貼ってたの」
「ふーん?」


不思議そうに瞬きをすると、彼は私のお腹のあたりを優しく撫でた。

「・・・ほんとだ。ココ、あったかいや。」
「んっ・・・ふふ。山岳、くすぐったい。あんま、触らないで、」
「あはは。名前さん、くすぐったがり?・・・それっ」

こちょこちょとお腹を撫でられて、私はカーテンのむこうの先生にバレないよう必死に声を抑える。
山岳、だめだってば。小さい息を揺らしながら抵抗をすると−−−彼の手の動きが、ピタリと止んだ。
いやに素直だな、と思って顔を見上げると・・・

どうしてだか山岳は、真っ赤になって固まってる。



「えっ・・・さ、山岳?どうしたの」

「・・・・・いや。・・・なんていうか・・・その声・・・。ヤバイです、ソレ」



そう言うと山岳は、片手で口元を覆って目を逸らした。
・・・え、照れてる?・・・珍しい。

っていうか、一体どこに照れるポイントがあったんだ。布団の中入って来たりとか、無理矢理キスしたりとか、そっちの方がよっぽど恥ずかしいんじゃないのか。


「・・・オレ、もー行きますね」


さっきはあんなに言っても頑として出て行かなかったクセして、むくりと起き上がって上靴を履き始めた。

えっ、待って待って!?
行くって、どうやって・・・今だって向こうに、先生居るのにっっ。

気を揉む私をよそに、山岳は「じゃ、また放課後にね」ってポンと頭を撫でてカーテンの向こうへ消えて行った。
・・・目、最後まで合わせてくれなかったな。
何なんだ、ホント不思議だなアイツ・・・。


カーテンの向こうからは、先生の「あら?貴方、どこにいたの?」って案の定驚いた声が聞こえてくる。

「あー・・・オレもちょっと、横になってたんですー」
「ああ、空いてるベッドで?そうだったの、全然気付かなかったわ、ごめんね」


そんな会話を交わし、いとも簡単に保健室を後にした。
・・・そ、そんなんで良いんですか、先生!?
まぁ、でも確かに山岳も嘘はついてない。
何気に世渡りが上手いよね、アイツ・・・


時計を見ると、ちょうど次の授業からは出られそうな時間だったので私もベッドから起き上がる。
制服を整えてカーテンを開けると、優しく微笑んでくれた先生の姿にすこしだけ良心が痛んだ。


「せ、先生。お腹、良くなりました。ありがとうございました」
「不在にして、ごめんなさいね。・・・あら?苗字さん貴女、本当に具合は大丈夫?」
「え?・・・は、はい。何でですか?」
「顔が、真っ赤なんだけど・・・」


さっきの男の子も、耳まで真っ赤だったのよ。よっぽど具合が悪かったのかしら。
それとも、保健室暑かった?
−−−そう聞かれて私はただ、曖昧に笑う事しか出来なかったのだった。





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