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美しい本

<真波山岳/ 読み切り>
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「おはよー」
「おはよう!」

鼻歌まじりに廊下を歩き、教室へ向かっているとクラスメイト二人に背中を叩かれた。その内一人は、私と同じ『真波山岳ファンクラブ』のメンバーだ。

「いよいよ今日からだね、新しい席。いいなぁ、真波様の隣だなんて!」

そうなのだ。
昨日の席替えで、私は愛しの真波くんの隣をゲットしたのだ!そりゃ、思わず鼻歌もこぼれますとも。






−−−私が真波くんに恋をしたのは、入学してスグの事だった。

私たちの通う箱根学園は、自転車競技部については言わずもがな、その他の運動部にも実績があり様々な分野で全国的有名校だ。
それに加えて決して都会にあるとは言えないこの学校に通う生徒は、部活や将来に具体的な意思を持って進学して来た人の方が多い。

...そんな中、私のように夢も希望も無く入った生徒もわずかながら存在する。
私が箱根学園へ進学した理由は、自分の成績と照らし合わせて偏差値が丁度良かったから。あと、制服も可愛かったし。

軽い気持ちで来たこの学校だったけど・・・真波くんに出会った瞬間、世界は一変した。
こんなにカッコイイ人がいるんだ、高校ってすごい!って思った。
綺麗で、カッコ良くて、可愛いくって・・・こんなに幅広い形容詞が全て似合う高校生男子が、他にいるかな。...言い過ぎ?いや、そんな事ゼッタイに無い。
どんな褒め言葉で讃えるのが相応しいのか迷ってしまう程、私にとって真波くんは特別な魅力を持つ男の子だった。
それなのに他の中途半端なイケメンのようにそれを得意気にしてカッコつけたり、ぜんぜん偉そうになんかしてなくて。いつも自然体なのが、また魅力的だった。

気付いた頃にはもう、夢中になってた。
私の生きる意味は今、真波くんが全てだった。




自転車競技部で活躍してる事を知ったのは、出会ってしばらくしてから。
あんな、ふんわりしてる真波くんが?って思ったら、そのギャップに私の気持ちは益々加速した。

・・・でも、彼の魅力に気付いたのは私だけでは無かった。
ファンクラブだってすぐに出来たし、それから・・・−−−苗字名前さん、という彼女まで、できてしまった。


・・・私は、入学式の日からイイって思ってたのにな。
彼女ができたときは正直、ショックだったけど。
・・・まぁ私はべつに真波くんと付き合いたいとかじゃ、なかったけどさ。
だけどあの彼女さんだってどうせ、真波くんのルックスに惹かれたんでしょ?
それなら・・・私のほうがずっと、彼の事を知ってるのに。

ファンクラブの中でだってそう。
レースの時に、オススメの撮影スポットを把握して他の子に教えてあげるのはいつも私だもの。(ちなみに、寝顔を撮りたいならスタート前。手を振ってほしいなら平坦のコース。そして一番カッコイイのは当然、山頂のゴール前だ)

私のこの気持ちは、誰にも負けないって思ってる。
私、世界で一番真波くんの事、愛してるって思う。

・・・そう。この気持ちはただの恋なんかじゃない。「愛」だって自負してるんだ、私っ!





「隣の席だったらさ、真波様と自然にお話もできるだろうし。・・・そしたらいつか、告白とかもできちゃうんじゃない?!」

ファンクラブの友人の発言に、私は眉をひそめる。・・・この子の事は好きだけど、私は彼女みたいなただの薄っぺらい"にわかファン"とは違う。
だいたい何?真波"様"って。ミーハー丸出しじゃん。


「するわけないでしょ、告白なんて。私はね、真波くんの事をホントに愛してるの。だから告白なんてバカな事はしないよ」


彼女がいても、真波くんの人気は留まるところを知らずという感じだった。
同じファンクラブの中にも、告白する子もたくさんいて・・・そんな様子を私は、白々しく見ていた。

真波くんの事を本当に"愛している"なら、そんな事はできないはずだ。
彼女がいるのに告白するのなんて迷惑でしょ。
それに、真波くんはどちらかというと遠くから見てこそだと思う。自分が隣に並ぶのは...なんか、違う。
それとも、告白するのはただ自分の気持ちを伝えたいだけ?・・・だとしたらそんなの、ただの自己満足じゃん。まったく、馬鹿馬鹿しいったらないよ。

「さすがはファンクラブの中心メンバーだね」と先程の友人が関心している横で、もう一人の友人が吹き出すように笑った。
その態度はどこか小馬鹿にしてるように見えて、私のプライドが疼いた。

「何、笑ってんの?言いたい事あるなら、ハッキリ言いなよ」
「いや、べつに・・・真波サマ真波サマって、すごい熱量だなーって思って。まぁ確かにイケメンだけど、私にはドコが良いんだかさっぱりだわ。・・・それより今日の放課後、ウチら図書委員だよね?授業終わったら、一緒に図書室いこ〜」

真波"様"なんて、私は言って無いんだけど!
それに真波くんはイケメン系ってより、美少年系でしょ?!
そう口を挟もうか考えていたとき、図書委員、という単語を出されて興奮してた気分に水をかけられたかのように萎れる。
そうだ、今日はこの子と図書室で当番なんだ・・・それが無きゃ、すぐ自転車部の見学へ行けたのにな。










教室へ着くと、真波くんはもう自分の席に座っていた。珍しいな、いつもは遅刻の方が多いのに・・・あぁ、今日はもしかしたら朝練があったのかな。朝練が好きなメニューだと、彼は遅れずに行くはずだ。
・・・なんて、当たり前のように真波くんの事をなんでも知ってる自分を得意に思いながら、私も彼の隣へと腰を下ろす。


ちらり、隣の席をこっそりと盗み見る。
・・・すごい。本物の真波くんが、こんな近くにいるなんて・・・。

教室の片隅からとか、部活の応援に行った際に遠ぉーくから眺める事はある。
写真なら沢山持ってる。ファンクラブの子たちで画像をシェアし合うのは、もはやレース後の恒例行事だ。
・・・だけど今、私の隣にリアル真波くんがいる・・・!



すると・・・机に頬杖をついて、ぽーっと前を見てた真波くんと、ふわりと目が合った。

うわ、うわ。
近くで見ると目の色とかめちゃくちゃ綺麗。
まるで美しいものだけ映して生きてきたみたいに透き通っているのに、吸い込まれそうな程深くて碧い・・・不思議な目だった。

真波くんはその美しい瞳を細めて、ニコリと笑ってくれた。



「ラッキーだねー、この席。」


・・・は、話しかけてる。−−−私に?!
目が合ったのも初めてだったのに、しかも笑いかけてるなんて。

「え、えっと・・・?」
「いちばん後ろなんてさ。ゆっくり寝れそー。」
「あっ・・・あはは。真波くん、いつも寝てるもんね。」
「そんなことないよー。起きてるときもあるよー。」


めちゃくちゃ普通に、まるで他のクラスメイトの男子とするように会話できている事、我ながらすごいと思う。しかし私の脳内はお祭り騒ぎである。

以前友だちが、男性アイドルの握手会へ行ったら意外と背が小さかったとか、近くで見たら肌荒れしてて引いた、なんて言ってるのを聞いた事がある。
その点真波くんのかっこよさは瞳だけでなく、全てにおいて揺るぎなかった。
毛穴なんて無いんじゃないかって位お肌もスベスベで。私達が必死にマスカラを重ねてるのを嘲笑うかのごとく、長くてフサフサのまつ毛が彼の美しい瞳を縁取っている。顔も小さくって、鼻も高くて・・・か、完璧。


「えーっと・・・オレの顔に、何かついてる?」


し、しまった。あまりに見過ぎてしまった。これは写真じゃないんだ、本物の真波くんなのに!
あわてて「ごめんなさい」と謝るも、真波くんはさして気にしていない様子でおおきなアクビをひとつした。


「あー・・・なんか、眠くなってきちゃった。けど、あんまり寝てるとさー、委員長に怒られちゃうんだよなー。」


・・・委員長、って宮原さんの事だよね?
同じクラスの宮原さんは、ファンの子たちからも暗黙のうちに幼馴染枠ってことになってる。
けど私は、正直あの子も強敵かもと内心思ってる。だって幼馴染って、ラブコメの王道じゃん。



「あとさー、それでテストの点が悪いと、名前さんにも心配かけちゃうしー」


・・・で、出た!強敵どころか大本命、"名前さん"!
さっきまで天にも登りそうなくらいに幸せだった私の心は、突然現実を突きつけられて急降下する。
その人があなたの好きな人だっていうのは勿論、しってる。
すごく好きなんだって事も、私はあなたの事をずっと見てるからよく分かる。・・・胸が、痛いくらい。


・・・真波くんと両思い、なんて・・・

一体そこは、どんな世界なのだろう。



「・・・そ、そうだよ真波くん。それで部活に響いたら、真波くんだって辛いでしょ。・・・楽しそうだもんね、ロードに乗ってるとき。」
「へぇ。キミ、ロードレース詳しいの?」

それまでぼんやりとした顔つきだった真波くんが、すこしだけ反応良く目を見開いて言った。
・・・正直、複雑だった。
だって私、真波くんのレースは全部見に行ってるのに・・・「ロードレース詳しいの?」、なんて。真波くん、私が応援してるのなんて全然気付いて無かったんだ。
・・・まぁ、会話したのも今日が初めてだったしなぁ。

特別頑張っている事が無い自分にとって、真波くんを応援してると、まるで自分も彼の夢に参加してるような気持ちになれた。
...強いて言えば私にも図書委員という役割はあるけど、なりたくてなったわけじゃないし。


・・・真波くんの存在は、私のたったひとつの光だった。

彼への恋心だけが、私の平凡な毎日を鮮烈に照らしていた。







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