- ナノ -

別人 2


有無を言わせず真波に手を引かれ走り続けて着いた先は自転車部の部室の前だった。10分間ほど走っただろうか。はあはあと、私は息があがっている。選手時代はこの位の距離走ったって何ともなかったのになぁ。

「名前さん、ちょっとここで待っててっ」

掴んでいた腕をぱっと離して、真波は部室の中へ姿を消した。
一体全体、何なのよ?!
私は混乱する一方で、ああもう一限目間には合わないなとか、そういえば真波は全然息があがってなかったなとか、そんな事を考えながら真波が消えていった部室の扉を見つめた。


「おまたせしましたー」

そう言って出てきた真波は、2台の自転車を両脇に携えている。ええと、これは一体。

「名前さんっ。山、登りましょう!一緒に!」

はいコレ、名前さんの!
ニコッと、爽やかすぎる笑顔で差し出されたのは、ブルーのロードバイク。そしてヘルメットを、呆気にとられた私の手の上にまるで当然のように乗せた。

「ちょっと、どういう事・・・」
「え?だって、つけないと危ないですよ。ヘルメット」
「そういう事じゃなくて!」

キョトンとした表情をしながら、彼は自分の脇に携えていた白い自転車にまたがる。おおきく”LOOK”と書かれているこの自転車が、彼のマシンなのだろうか。

「とにかく、行けばわかるから。一緒に山に登ろうよ!名前さんの怪我した場所が脚じゃ無いなら、なんにも問題無いし」

いやいや、問題ありまくりだろ。授業はどうするんだよ。っていうか、このロードバイクは誰のですか。これ使っても平気なの?ああでも、ロードに乗る真波はほんの少しだけ見てみたいかも・・・いやそんな事言っている場合じゃない。

しかもコイツ、昨日の事・・・怒ってないわけ?
私、あんなにひどい事、言ったのに。


「い、いや・・・いま自転車には乗らないし、山にも登らない、よ?」

 どこからつっこんで良いのか分からず、それに昨日の罪悪感もあってなぜか語尾が疑問系になってしまった。
そう言われた真波は一瞬キョトンとしたけど、何かに気付いたようで「あっ!」と声を挙げた。

「オレ、大事なコト忘れてた」

気付いてくれたか真波くん!
彼は、ピュッと部室に戻って、そして何かを持ってすぐに戻って来た。

「はいコレ!名前さん、さすがにスカートじゃ大変ですもんね。履いてください」

部室から再び戻って来た真波に手渡されたのは、箱根学園の体育用ジャージのハーフパンツ。ネームタグ欄には『アラキタ』と書いてあった。彼は「ごめんなさーい。オレ、気がまわらなくってえ」なんて言って頬をぽりぽりと掻いてから、嬉々とした表情で再び自転車にまたがった。私は色々な意味で絶望した。







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