- ナノ -

やっちゃった、


私の人生最大のやらかしって言ったら、大げさ?いや、そんな事無いくらいの大失敗。

翼さんの事、傷つけた。
しかも、せっかく、私のこと好きって言ってくれたのに。

 びっくりした。コイビトとか付き合うだとかって、私にとってはテレビとか漫画の中だけの世界だったから。この前は同学年の男子に告白されたけど、それと世界一大好きな翼さんに言われたのじゃ、話が全然違う。
びっくりして、あわてて「無理」なんて言っちゃった。
 あの時の翼さんの顔が、忘れられない。なんてバカなんだ。どんな理由があろうと、大好きな人を傷つけるなんて。

 あれから数日後、卒業式の練習とかもあって3年生の登校日が始まった。いつもなら校門で待ち伏せ位はする程会いたくてたまらないけど、今はどんな顔して会えば良いか分からなくて、避けて過ごした。遠くからコッソリ盗み見た翼さんは明らかに元気がなくて…。私のせいかもって思ったら、胸が苦しかった。
 翼さんとは話せないままだったけど、五助先輩が休み時間にやってきて、翼さんの元気が無い理由をきかれた。
次の日には直樹先輩がやってきて、なんとかしてほしいと言った。
二人とも、理由とかなにも知らない様子だったし、翼さんに言われて来たわけではなさそうだった。翼さんがこういう事を人に頼むとも思えない。先輩達がお節介でやってるんだと思ったら、翼さんて愛されてるなぁって思った。
だけど私はなんて言ったら良いか分からなくて、黙っている事しかできなかった。

 それから何日かしたら今度は、六助先輩がやってきた。元気のなかった翼さんが、今度は怒っているという事だった。怒ってるのも、私が原因なのかな。またなにも言えないでいたら、次の日には柾輝先輩がやってきた。
「本当は俺、こういうの嫌なんだぜ。外野がとやかくやるなんてのは。けど、ま、アンタらの事見てたらこのままって訳にもいかないのも分かるし」
柾輝先輩はおさまりが悪そうにそう言って、ひと気の無い廊下を選んで私に話した。
「翼のヤツが元気なかったのは、知ってるだろ。けどここんトコ、今度はスゲー怒っててさ」
「…聞いた。六助先輩から」
「なんとかしてくれよ。アイツ怒るとこえーしさ、俺らも雰囲気悪いのなんのって」
「なんとか、って…」
連日、先輩達が、なんとかしてくれって、なんかあったのかって、私の元へ来る。でも本当は、ききたいのは私の方だった。どうしたら良いんだろう。
何も言えずにいたら、柾輝先輩が言い難そうに口を開いた。

「…翼、名前に告ったんだろ?多分他の連中は、知らないかもしれないけど…翼が俺にさ、『一体全体どうしてこの俺が、あんながきんちょに振られなくちゃいけないんだよ』つっててさ」
振られてキレてるなんてアイツらしいけど。柾輝先輩は小さく吹き出して、それからもう一度私を見て、不思議そうに言った。
「…けど、ビックリしたな。翼がこんなタイミングで告った事にも。名前が断った事にも」
「こ、断ったっていうか…えっと…なんていうか…」
うまく、言葉が出ない。
元々少ないボキャブラリーだ。総動員させても、翼さんみたいに上手に自分の気持ちが言えない。翼さんはいつも、私が聞いた事もないような立派な言葉で自分を表現する。翼さんのそういうところが、カッコ良くて好きだ。
 私が言葉を紡ぐのを、柾輝先輩は静かに待ってくれた。柾輝先輩のこういう所が好きだ。翼さんだったら、ぽんぽんと言葉で追い討ちをかけて捲し立てるだろう。
翼さんが好き。だけど私は、柾輝先輩のことも、五助先輩のことも、六助先輩のことも、直樹先輩のことも好きだ。玲監督のことも、女友だちの事も、好き。
「私は、翼さんの事が大好きだけど…恋なのかとか、よく分からなくて…」
「翼にだけ思ってる事とか、無ぇの?」
….私が、翼さんにだけ思ってる事。翼さんにだけ感じる『すき』。そう問われると数え切れない程あるように思えた。
声を聞いただけであんなに愛しいと思える人が、翼さんの他にいるだろうか。別れた直後、切なくてもう会いたくなるのだって、翼さんにしか思っていない『すき』だと思う。
サッカーしてる姿が好きだ、強い相手程楽しそうに攻略する彼が好き。
試合の後、二人きりの帰り道。憔悴した横顔に、夢の大きさを感じる瞬間が好きだ。
夏の日差しに、冬の陽だまりに、照らされる綺麗な髪が好き。茶髪の隙間から覗いた耳が、すこし赤くなる時、胸が苦しい。

「翼さんの、笑った顔が好きだよ。見ただけで胸がギュッてなるのは、翼さんにしかない『すき』だと思う。怒った顔も、困った顔も、ぜんぶ好きだし、そういう翼さんの事見ただけで…ううん、想うだけで、苦しくなる。これは、翼さんにしか思ってない事だと思う」
「…ソレ、翼に言ってやれよ」

 柾輝先輩は、照れ臭そうに目線を逸らして、私の背中を押した。
そうだ、そうだよ。翼さんに全部、言ってみよう。ひとりで考えてたって、答えは見つからない。私は、三年生の教室に向かって走り出す。心臓が、大きく高鳴っている。


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