- ナノ -




彼との出会いはベタ中のベタで、高校の入学式だった。
顔見知りの多かった中学時代までとは違い、高校では様々な地域から人が集まって来る。ましてや箱根学園には強豪運動部も多く、県外から来て寮から通うような生徒も大勢いた。
どんな友だちができるだろう。
どんな部活に入ろうかな。
私の胸は未だ見ぬ未来への期待感でいっぱいだった。この先3年間片想いをする事になる男の子に今日出会うのだという事も、モチロン知らないのだ。

「それじゃあ、入学式に向かいましょう。皆んな、廊下に出て」

担任の先生の号令で、私たちはぞろぞろと廊下へ向かった。
私も椅子から立ち上がる。....ふと、視界に空っぽなままの隣の席がちらりと見えた。

私の隣席にあたるその場所は、入学式だというのに朝からずっと家主不在のままだった。
まさか初日から遅刻や欠席をするような人がいるなんて思わなくて、いや、その"家主"の事を知った後からすれば納得なのだけど、その時の私は考えもしなかった。予備か置き間違いかな、と特別深く考えず廊下へ出た。

「出席番号順に並んで。前のクラスから順に体育館へ向かいます」

先生に促されて並んでいると、その列にひょこっと一人の男子が飛び込んで来た。
背中にはまだリュックを背負ったままだし、教室で配られた花型の胸飾りも着けていない事から、彼がつい今しがた来たという事がわかった。

・・・え、まさか遅刻?
入学初日から?


「もうっ、山岳?!信じられないわよ、入学式から遅刻だなんて!」

すると私のすぐ横にいたメガネに三つ編み姿の女の子が、彼に気付いてなにか怒っている様子だけど、男の子は「えっへへ。ごめんごめん」と言ってにこにこと笑っている。
ジャニーズ系の整った顔、それから随分と背も高い。
ちょっとふわふわしてて頼り無さそうだけど、かっこいい男の子だなぁ。
.....それが、真波くんの第一印象だった。



「おはよ、委員長。でも、ギリギリセーフでしょ?」
「アウトよ、完全に!もう朝のホームルームだって終わっちゃったわよっ」
「んー、けどさぁ。4月ってこう...ウキウキしちゃって、登らずにはいられないっていうか....。これから絶好の自転車シーズンが来るー!ってカンジがするじゃない?それでつい、ね」
「ハァ....。山岳、これから部活に入るんだから、嫌っていう程自転車に乗れるじゃないの。それより、さっさとカバン置いて来なさいよ、そろそろこの列も動き出すわよ」
「あはは。高校生になっても、委員長は相変わらずだなあ」


真波くんはそう言って、リュックを置きに一度教室の中へ向かった。
後ろ姿で、リュックのメッシュポケットにヘルメットが入っているのがちらりと見えた。自転車がどうとか言ってたし、あの有名な自転車部にでも入るのかな、なんてぼんやりと考えていると、列の先頭にいた担任が「よし、そろそろ行くぞー」と号令をかけた。
さっきのメガネの女の子が慌てて、「サンガク、早く来なさいよ!」と教室にむかって叫んでる。


その後の入学式の中で、校長先生や色んな人の挨拶の中には、同じ単語が何度も登場した。
『高校生活は一瞬』だから、『1日1日を大切に』『悔いのないように』過ごしなさい、と。
だけどその時の私にはピンと来なくて....来るはずもなくて。だって、ついこの間やっと中学を卒業したばかりなのだ。1年だって随分長く感じていたのに、これから3年後なんてまるで現実味の無い、遠い未来のように思った。
どんな人と友だちになって過ごすのだろう。
もしかしたら恋とかも、するのかな。
式典の最中、わくわくして新入生達をこっそりと見渡す。みんな同じ制服で、同じように前を向いて先生の話に耳を傾けてる。すこし離れた所で真波くんのアホ毛が揺れているのを見つけた。
さっきの子だ。寝癖かな?
なんだか可愛くて、私は小さく笑った。




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