片想いの僕を笑ってくれ・後


なんか月一の体育館倉庫の点検?
めんどくせぇ。こんなんなら体育委員なんてやらなけりゃよかった。

朝イチできて今日の予習をやっていたら担任がそんなことを言ってきた。
俺は重い腰を持ち上げて体育館へ向かった。
どうせならこのままフケるってのもありだな。

誰もいない体育館は静かで寒い。
身震いをしながらポケットに手を突っ込んだ。マフラー持ってきて正解だったぜ。
体育倉庫の横には真っ黒なスクバが一つ置いてあった。見覚えがあるそのスクバに首をかしげた。

ガラリと重い扉を開け、中に入って電気をつける。
その瞬間、点検用紙の挟まったバインダーが俺の手から滑り落ちた。

「…ひ、ひっ、ば…。」

チカチカと切れかけの蛍光灯の下、まるで俺を待ってたかのように雲雀がいて、目が合うと雲雀はおはようと言った。
反射的に雲雀に背を向けて逃げ出すように外に出ようとした。しかし何故だか扉が目の前で勢いよく閉まってピクリとも動かなくなった。

なんでだ!?ここ自動ドアじゃねぇよな!?

つかやめろ!雲雀と二人きりはやめろ!!

携帯で誰かに助けを求めようとしたけれど生憎教室に置きっぱだ。だって誰だって急に閉じ込められるとは思わない。
反省した。今度からは携帯持ち歩くようにする。だから出せ!!!俺をここから出せ!!

「ねえ、」

と後ろで雲雀の声がして俺は動きを止めた。
冷や汗が背中を伝う。
怖くて振り返れねぇよ。
マジで。もう童貞だの意気地なしだのヘタレだの粗チンだの何でも罵ってくれて構わないから誰か助けろ。助けてください。

「君じゃないの、これ」
「は…?」

ゆっくりと振り返ると目の前に差し出されたのはきったねぇ字で『果たし状』と書かれた白い封筒。
クルリ、と裏返すとまたその汚い字で『獄寺隼人』と俺の名前が書かれてる。
俺はこんな汚い字は書かねぇ。

言葉に出しきれず、フルフルと小さく首を横に振る。すると雲雀はそう、と素っ気なく言ってその場のマットの上に体操座りで座った。

「…どうせ誰か気づいて探しに来るでしょ。そんなところで突っ立ってないで座ったら?」
「あ、ああ…。」

雲雀とは極力距離を取り座る。
冬だからか寒い。マフラーしてても寒い。
上の方に空いた小窓からは冷たい空気が流れ込んでくるようだった。

ああもう…だめだ。緊張する。

体操座りをして膝に顔を埋めた時、クシュッと小さいくしゃみが聞こえた。

「…お前…」

くしゃみのした方を見ると雲雀が膝を抱えて小さく震えていた。平然とした顔をしてるけど何となく顔色が悪い気がする。

くしゃみはだんだん咳に変わり、雲雀は苦しそうに身を縮めた。
こんな寒い場所、そうなるに決まってる。

「お、おい…。」
「…なに。」
「これ…。」

咄嗟にカーディガンを脱いで雲雀に差し出す。セーラー服だけだなんて寒いだろう。

恥ずかしいけどよ…。

雲雀の手が俺の手に触れる。
立ち上がって逃げたいのを必死で我慢してカーディガンを押し付けた。ついでにマフラーもとって投げた。

雲雀は結んでいた三つ編みを解いて、マフラーを首に巻きつけたら少しはマシになったのか咳は少なくなった。
ホッとして安心した瞬間今度は俺が寒気を感じた。まあ今はシャツ一枚だし仕方ない。
だけどここで寒い素振りを見せたらカッコわりーぞ俺。

「ありがと…。」

雲雀の声が聞こえた。
こんな状況なのに、ただの礼で嬉しくなっちまう俺はバカだ。










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本鈴が鳴る。

僕はできるだけ風邪の当たらないところに座ってじっと寒さに耐えていた。
それでも寒い。
獄寺が貸してくれたカーディガンをギュッと握りしめて、マフラーに顔を埋めた。

その瞬間、プツンと音がして蛍光灯の明かりが切れた。真っ暗になって獄寺が「あっ、」と声を上げた。
もともと切れかかってた蛍光灯だ。仕方ないけれど非常にタイミングが悪い。小窓から差し込む光も日陰に位置しているせいで殆どないに等しい。

「おい、」

大丈夫か、と獄寺の声がした。
返事をしようとしても咳しか出ない。
ケホケホと乾いた咳をすると、獄寺が動く音がした。
寒さと不調のせいで暗がりの中だと彼の姿がよく見えない。

ふと、温かいものに触れた。
抱きしめられたのだと気づくのに時間はかからなかった。冷たい空気が止まったのは恐らく彼が塞いだからだ。

「ね、え。」

獄寺の服の裾を引っ張る。目の前には胸板があるせいで彼の顔は見えない。
けれど温かくてすごく落ち着いた。
咳も段々止まってきている。

獄寺の心臓の音がうるさく聞こえた。

「ありがと。」

彼の心臓の音にかき消されてしまうかもしれないくらいの小さな声しか出なかった。

「……おう。」

獄寺の声も小さい。
けれどこの静かな空間には嫌という程響いた。









体育館倉庫から出られたのは一時間目の終わりのチャイムが鳴り終わってからだった。
獄寺はともかく、僕を探しに来た黒川によって助けられた。

体育館倉庫の扉が開いて、光が差し込んできた瞬間、獄寺の体が離れた。そして獄寺は華麗に転がって元いた場所に戻った。

「雲雀!」
「雲雀さん!」

黒川と笹川が僕の名前を呼ぶ。
逆光と、暗がりに慣れた目のせいでよく見えなかったけどその後ろには沢田や山本武、その他諸々のクラスメイトもいた。

どうやらあの『果たし状』を出したのはクラスメイトの誰からしい。
ヘタレでなかなか進まない獄寺の背中を後押ししてやろうとしたらしいけれど迷惑な話だ。季節を考えるべきだ馬鹿。

獄寺はそれがわかるとすぐにクラスメイトたちに噛み付くように怒鳴った。

「てめぇらなぁっ!!雲雀は風邪ひいてたんだぞ!!ふざっけんな!」

そうやって言ってクラスメイトに殴りかかるのを山本武と沢田は懸命に止めていた。
クラスメイトもクラスメイトで悪かった、などと次々と僕に謝ってきた。
どうでもいい。それより群れたくない。

僕が嫌な顔をしたのを知ってか、獄寺はクラスメイトを体育館から追い払った。そして「雲雀を頼む」と黒川と笹川に言って体育館を出て行った。

熱があるのかやけにボーッとする頭を振って黒川に寄りかかりながら獄寺の背中を見つめた。当たり前だけれど女の僕より随分と大きな背中だ。
不意に胸が苦しくなった。
やっぱり風邪かな。

「雲雀?もう帰るでしょ、アンタ。」
「…うん。」
「やっぱ熱あるんだね、ボーッとしてるみたい。」

体育館の外でバタンと大きな音がした。
そして沢田たちの声が聞こえる。

『獄寺君が倒れたーー!?』
『燃え尽きてる!!明日のジ○ーになってる!!』
『ご、獄寺君よく雲雀さんと二人きりで耐えたね…。』
『俺獄寺のこと尊敬するぜ…。』

その会話でついさっきまでのことを思い出した。
暗い中では獄寺の顔は見えなかった。

君は一体どんな顔をしてたの?
僕も、どんな顔をしてたんだろう。

自然と口元が緩む。
黒川が僕の顔を覗き込んで呆れたように笑った。

「はぁ…まんまと策にかかったわけね。」
「…?」

「恋しちゃったのよ、アンタ。」
「…。」

僕は俯いてカーディガンを握りしめた。


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