ある運命 拍手1


@ 迎合

 長い足を組み、タピオカミルクティーをくぴくぴと飲んでいる。時折タピオカが太いストローを昇っていき、口の中へと吸い込まれていった。その度に口を動かし、律儀に噛んでいる。雲雀はそんな姿をぼんやりと眺めながら窒息して死なないかと念を送っていた。
「見んなよ」
 タピオカミルクティーを飲んでいた男・獄寺隼人はうんざりとした顔でこちらを向いた。相変わらず自ら発光でもしているかのようにきらきらと輝いた男だった。顔を顰めているのにこうも綺麗なのはおかしい。今この瞬間を模写した絵画がルーブル美術館のモナリザの隣に置かれていたって違和感はない。
 雲雀は眉を寄せ、獄寺から目を逸らした。
「口説いてほしいんじゃないの」
「そんな顔で口説くヤツいるかよ。お前は童貞だから分かんねぇかもしれないけどな、ちゃんと笑わないと」
「……」
「ホラ、オレを殺した時の笑顔良かったぜー。ニコーって」
 今内ポケットにある銃を取り出して撃ち殺せば確実に死ぬだろうか。今度こそこの男は本物だろうか。
 苛立ちを伴った殺意は衝動的で冷静になれない。ため息を吐き、半分残っていたカフェラテを一気に飲み込んだ。コーヒーの芳醇な香りのおかげで気持ちが落ち着いていく。
「お前本当に笑わねぇな」
「面白いことがあれば笑う」
「例えば?」
「君が僕の目の前でちゃんと死ぬとか」
「じゃあオレが生きてるうちは見れねぇな」
 獄寺はつまらなさそうに笑いながら再度ストローに口をつけた。ミルクティーがつつつと上がっていくのを確認し、もうすぐかと腕時計に目を落とした。獄寺隼人がタピオカミルクティーを飲み始めて十分。雲雀が入れた毒が効き始めるのも大体十分。
 プラスチックのカップが落ちる音。顔を上げれば不快そうな表情で口元を抑える獄寺と目が合った。その指の隙間からは赤い血がぽたぽたと零れていく。
「テッメェ……」
「甘いのが好きだと思ったから」
「ああクソっ、折角暇作って来てやったのに、これかよ、」
「……」
 そのまま、倒れてくれれば。獄寺の動きを伺うけれど、タピオカミルクティーの後追いをする気配はない。こちらを睨むばかりでそれ以上は何も。であれば雲雀も獄寺の要望に応える気もなく、ただ黙って睨み返していた。
「……チッ。死にかけてやったのに笑いもしねぇ」
「死んでないじゃないか」
「あー報われねぇ報われねぇ」
 服が汚れるのも気にせずに、獄寺は口元を拭う。薄く綺麗な唇が血に濡れていやに艶っぽい。目が離せずにいると、口の端がかすかに上がった。
「それにしたって誰かを殺すんなら自分も死ぬ覚悟ねぇとな、お兄さん」
「……っ、」
 やられた、と思った時にはもう遅く、唇に温かい何かが伝う感触がした。視線を落とすと拍子に血が落ちた。ぽたりぽたり、とスーツに染みを作る。一瞬、平衡感覚が崩れて耳鳴りが響いた。
 視界の端から獄寺がこちらへ乗り出してきた。にやにやと嫌な笑顔で雲雀の顔を覗き込む。
「仕返し」
「……」
「心配すんなよ。死にはしねぇ」
 パシャリ、と写真を撮られる音がして、咄嗟に手が動いた。目の前に出されたスマホを振り払い、どこかへ弾き飛ばす。殺意が湧いたけれど、身体が上手く動かなかった。
 毒は駄目だ。どちらかと言えば彼の得意分野であることを忘れていた。
「……死ね」
「嫌だね。なんでテメェの為に死ななきゃなんねぇんだよ」
 乾いた笑い。獄寺は「じゃあな」と一言置いて立ち去っていった。


A 主観

「なんていうか…すっごい、イケメンですよね。隣にいたら大変そう」
 獄寺の写真を見て一言、非常に頭の悪い感想だ。雲雀は怒りのあまり自分のスマホを投げ捨ててしまいそうになりながら、電源を切った。
 沢田が見た写真はいつの間にかカメラロールに入っていたものだった。以前資料に添付されていた写真は解像度も低く、獄寺の顔も鮮明には見えない。しかしこれはカメラ目線だしピースしているし笑っているし、明らかにこちらを挑発している。一体いつ撮られたものだろう。思い当たる瞬間なんてものは一瞬たりともないのだから頭が痛い。
「あでもこれ勝手に撮られたんなら個人情報とか、大丈夫ですか?」
「鳥撮ってただけの端末だから何も入ってない」
「鳥……」
 カメラロールを遡ると、獄寺以外は全て黄色で埋め尽くされている。いつも周りを飛んでいる鳥たちを撮るためだけに買ったカメラ性能特化型のスマホだった。ゆえに連絡先も重要なデータも何も入っていない。鳥の為だけに買ったというのに銀色が混ざってしまい、無駄にイライラする。それが綺麗なものだから尚更。
「この人、ヒバリさんと仲良くしたいんじゃないですか?」
「は?」
「や、変な意味は無くて…ただそうかなって…」
「死にたいならそう言ってくれれば殺すのに」
「ヒエッ。嘘です! すみませんでした!」


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