Z フォトグラフ
同期三人の中で、私だけが早生まれだった。
悟は12月で、硝子は11月。そして私が2月。三人とも寒い時期の生まれなのは少し面白い。
小学生までは、誕生日当日に両親がケーキを用意してくれて、プレゼントにはゲームソフトやカードゲームのデッキを強請った。
中学になるころには自分からあれがほしいこれがほしいと言うことはなくなって、両親は格闘技が趣味の私にトレーニンググッズや試合のチケットを買ってくれた。
学校でも、平日であれば友達からおめでとうと祝われ、隣のクラスの女の子からお菓子をプレゼントされたりもした。まぁいわゆる、普通の誕生日だ。
「傑、今日誕生日だろ?」
そう言って、悟が差し出したのはA4サイズに包まれたプレゼントで、受け取るとそこそこの重さがある。これは書籍の類だということが容易に想像できた。
二週間くらい前に「誕生日何欲しい?」と言われて「ペンケースかな。最近ジッパーのところが壊れかけてるから」なんて話をしていたからペンケースかと思ったのに、どうやら違うらしい。
「ありがとう」と言えば、開けねぇの?とばかりに見てくるから、私はぺりぺりと包装紙を外していく。
「傑、丁寧開け派なのな」
「悟はビリビリ開けるもんね」
この前の悟の誕生日、渡されたプレゼントの包装を正面から破いて開けた悟のことを思い出す。あれはあれで喜びを体現している感じがしていいと思うが。
包装を剥がしきって中身を見ると、悟が最近イイと言っていたグラビアアイドルの写真集だった。
「ワカじゃないんだ?」
「ワカの写真集は最近出てねーの」
お気に入りのワカじゃないから尋ねると、なるほどそういうことらしい。早速ビニールのシュリンクを外し、二人でぺらぺら中身をめくる。
定番の水着から背中のざっくり空いたワンピースなど、結構衣装のバリエーションが多い。
「お、これいいじゃん」
「あー、悟好きそうだね」
悟が指さしたのは胸を強調したポーズで、悟って結構こういうのは定番が好きだよな、と今まで好きだと言っていたグラドルの写真を思い出した。
「傑はこっちだろ」と言われ、視線をやると、なるほど悟はよくわかっている。
「傑はケツ派だもんなー」
「悟、下品だよ」
包み隠さない表現を嗜めると、悟がべぇと舌を出す。いや、間違ってはいないが言うにしても場所ってもんがあるだろう。一応ここ教室なんだけど。
「悟ってさ、結構俗っぽいよね」
「はぁ?」
「いや、御三家のお坊ちゃんの癖にグラドルとかさ。そういう教育厳しいのかと思ったから」
あからさまに嫌そうな顔をした悟にそうつけ加えると、もっと苦く顔を歪めた。
「まー確かにな。そもそも老害どもは女は子供産む機械だとしか思ってねぇし」
なるほど、古い体質への嫌悪感もあるだろうが、今女性を限定したところをみると、多分ナマエちゃんのことを考えて言った言葉だろういうことは容易に想像できた。
「そんなに酷いのか」
「未だに胎を貸せとか種をくれとかが罷り通る掃き溜めだぜ」
悟の下品な表現が的確にその不快感を伝えた。婚約の話の時からその前時代的な考え方を意識していたが、現実はそれを超えるらしい。なんだ、胎を貸せって。
そんな話にナマエちゃんが使われたら、と勝手に想像して勝手に舌打ちをした。
させてたまるか、そんなこと。そもそもそんなものは人権なんて殆ど無視をする非人道的なやり方だ。
ひとり憤りそんなことを考えていたら、カシャとシャッターの切られる音がした。
「よ。今日も元気にクズやってんね」
「硝子…」
ケータイをこちらに向けていたのは硝子だった。
満足そうに笑っていて、嫌な予感しかしない。
「硝子、今の写メ」
「夏油誕生日おめでとう」
「え、ありがとう…」
じゃなくて。
「硝子、今の写メまさか…」
「ナマエに送ったけど」
なんだって。
画角は確認できていないが、最悪の場合真剣な顔でグラドルの写真集を吟味する私という図になっている可能性がある。というか硝子がなんでもない写メなんか撮るわけがないから間違いなくそうなっている。
いや、AVじゃあるまいし、たかだかグラドルの写真集だろ?だがナマエちゃんは生粋の箱入り娘だ。その辺ひとまとめにしててもおかしくない。
「はぁ…」
「傑ため息デカすぎ」
「ウケんね」
「…ちょっと黙っててくれないか…」
私はもう一度、肺の中の空気をすべて吐き出すようなため息をついた。
結局、硝子が送ったという写メについてナマエちゃんがどんな反応をしたのかということを、硝子は教えてくれなかった。マメな彼女のことだから、きっと何らかの返信はあっただろうというのに。
誕生日の翌日が丁度土曜日で、ナマエちゃんはその日私が高専にいるかを事前に尋ねるメールが入っていた。プレゼントを渡したいからと言ってくれたのだが、まさかそのやり取りの中であの写メの話をするわけにもいかなくてこっちからは確認できていない。
そもそも何故私はこんなにも焦っているのか。ナマエちゃんに見られたところで、まぁあまり教育には良くないだろうが私がそこまで焦ることか?
そう食堂で考えていると、ガラッと引き戸が引かれてひょこっとナマエちゃんが顔を出した。
「夏油さんこんにちは!」
「ああ、ナマエちゃん、こんにちは」
いや、やっぱり困るな。彼女に誤解されるのは。
ごちゃごちゃと考えていた脳内議論はナマエちゃんの登場によりあっという間に帰結した。
ナマエちゃんはとことこと私のほうへと歩み寄り、すぐ隣へと立つ。
「お誕生日おめでとうございます」
そう言って、ナマエちゃんは丁寧に包装されたプレゼントを差し出した。
箱状のそれは紺色の包装紙でラッピングされ、受け取ると重量はそこまであるわけではなかった。
「ありがとう。開けていい?」
「はい、もちろんです」
どうしてだか少し不安げなナマエちゃんを前に、私はやはり丁寧に包装紙を外していく。包装紙に包まれた箱の中身は黒のレザー調のシンプルなペンケースだった。
なるほど、悟のあの質問はこのための探りだったのか。
「悟くんに夏油さんがペンケース探してるって教えてもらって…あの、趣味に合わなかったら処分していただいても構わないので…」
「いや、気に入ったよ。大事に使わせて貰うね」
私がそう言うと、ナマエちゃんはぱあっと表情を明るくした。
本当にセンスがいいのもあるけれども、君から貰ったものをそんなぞんざいに扱うわけがない。
私は何度かペンケースの表面を撫で、それから箱にきちんとしまった。
「ココア用意するよ、座って待ってて」
そう言って立ち上がり、キッチンですっかり作り慣れたココアをいれる。ナマエちゃんは猫舌だから、少しぬるめで作るようにしている。
しばらくでココアをいれたマグカップを持って戻ると、ナマエちゃんはお行儀よく「ありがとうございます」と言ってそれを受け取る。
なんとなく向かいではなく隣に腰かけて、ふうふうとココアに息をかけるナマエちゃんを観察した。
「私、高専に通いたいって叔父に話をしたんです」
叔父さんに?と思っていると「あ、今私の後見人が母方の叔父なんですけど」と付け足され、状況を理解した。ようは保護者に相談したというわけだ。
「危ないからってすごく反対されたんですが、私もうちょっと説得頑張ってみようと思って」
彼女の叔父なる人物がどのような人となりかは知るところではないが、普通なら反対してもおかしくはない。実際私も高専に入る時は説明を聞いた両親がそんな危ないところにと反対した時期もあったし。
特に彼女は御三家だから、話によると術師の育成にも盤石の体制があるようだし、わざわざ外にと言うのは敬遠されるのかもしれない。
「高専に通う予定がなかったってことは、家の中で術師になる勉強をするつもりだったのかい?」
「いえ、術師として任務に就くような予定はありませんでした」
思わぬ回答に、少し驚いた。彼女のような家系の人間は当たり前に術師になるものなのだと思ったのだけれど。
私が驚いているとわかったようで、ナマエちゃんは「あの」と補足を始めた。
「五条の、というか御三家の女性はあまり術師として働くことを望まれません。もちろん呪術の勉強はしますけど…それよりもよい嫁に、よい母になれることを望まれます。だから私も、術式についてや基礎的なことを教わって、そのあとは決められた家に嫁ぐ予定だったんです」
その補足は冷静な声で行われて、本当に何でもない補足といった声音で、私は言葉を失った。悲しいとは決して思っていない声だった。
それこそ歴史の教科書に出てくるような女性の生き方だ。それを君は、こんなにも当たり前にして生きて来たと言うのか。
「あ、でも、悟くんがいろいろ教えてくれたんですよ!護身術くらい覚えろって組み手に付き合ってくれて、ちょっとだけですけど」
籠の中の鳥なのだ、彼女は。箱入り娘なんて言葉じゃ生ぬるいくらい、五条の家というものを軸に生きている。
悟は以前、御三家の前時代的な思想を英才教育で行われるといい、そしてナマエちゃんは特殊だと区別した。確かに彼女に腹黒な部分はない。けれどそれ以外のところは充分に英才教育されているじゃないか。
「ナマエちゃんは、そういう生き方が、したいかい?その…決められた、道を歩くような…」
私は努めて強い言葉になってしまわないように選んで声に出した。
ナマエちゃんは少し瞬きをして、それから穏やかな声で言った。
「そういう生き方が当たり前なんだと思ってました」
でも、と言葉は続く。
「悟くんほどは自由にはなれないけど、私ももう少し、自由になってみたいって、今はそう思います」
美しい横顔だな、と思った。
伏せられる長いまつげ、少し濡れたように潤む瞳、艶のある髪、小さく弧を描く唇。
本当に、綺麗だ。
「あ、このケータイも持たなくていいって言われてたんですけど、悟くんが助言してくれたから私買ってもらえたんですよ」
ほら、とナマエちゃんはいつも使っている二つ折りのケータイを取り出して見せた。
ピンクゴールドの可愛らしい機種で、横のボタンを押すとパカッと開く。彼女の指がそれに触れて液晶画面に明りがついた。
「ナマエちゃん…その待ち受け…」
「え…あっ!」
パカッと開いた拍子に見えた彼女の待ち受けは、真剣な顔でグラドルの写真集を吟味する私の写メだった。
ナマエちゃんは慌ててケータイを閉じ「見ちゃいました…?」とこちらを窺う。残念ながらばっちり見た。
「勝手にごめんなさい!あの、昨日家入さんが送ってくれて…」
よりによってこんな写メを待ち受けに使われるなんて不本意にもほどがある。
「いや、怒ってるわけじゃないんだけど…その写メはちょっと…」
グラドルの写真集を真剣に吟味してる写メは流石に勘弁してほしい。いや、実際はもっと別の真剣な話をしていたわけだからグラドルを吟味していたわけではないのだが。
本当に怒っているというわけではないのだけれど、しゅんとなるナマエちゃんを見ていると悪いことをしたような気分になる。
「…一緒に写メ、撮ろうか」
「えっ!」
私の提案に、ナマエちゃんは目をまん丸にした。
写真の類を撮ろうと積極的なタイプではないが、こうすれば万事解決だ。ツーショットを提案したのは、流石にこの状況で自分のピンショットを撮られるなんて辱めは御免だからである。
まだおろおろとしたままのナマエちゃんに肩を寄せ、自分のケータイのカメラ側をくるりとこちらに向けて構える。
「はい、ナマエちゃん、笑って」
カシャ、とシャッター音が鳴って、撮影をしたことを知らせる。画面を確認すればなんとか上手に二人ともフレームの中に納まっている。
いままで散々悟の自撮りに付き合った甲斐があるというものだ。
「ナマエちゃんケータイ出して。赤外線で送るよ」
ふいっと隣を見下ろすと、ナマエちゃんが真っ赤になってこちらを見上げている。思いのほかその距離が近くて、胸のあたりがどきんと脈打つ。
差し出された彼女のケータイに赤外線通信でその写メを送って、私は自分の画像フォルダを開いてその写メに保護をかけた。
「悟には見られないようにね」
「え?どうしてですか?」
ナマエちゃんは不思議そうな顔だ。
だってそんな可愛い顔、いとこだからって見せたくない。
恰好の悪い嫉妬だという自覚はあった。
「夏油、さん?」
「ん?」
嫉妬上等。
私はどうやら、ナマエちゃんが好きなようだ。
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