夏油くん許嫁大作戦!

XI アンバー


私は悟を誘い、渋谷の街に出かけていた。
向かう先は先週ナマエちゃんと硝子が見ていた雑誌に載っていたアクセサリーショップだ。店内には所狭しと煌びやかなアクセサリーが並んでいる。
覚悟はしていたものの、さすがに女性客ばかりだな。

「あのぉ、お兄さんたちおひとりですかぁ」

たち、と複数形を使った後におひとりですかという言葉が続くのは日本語として間違っているが、まぁ意味なら大いにわかる。
今日は悟と二人だし、こんなところに来ているのだからこうなることは予想していたが、思ったよりもぐいぐい来るな。

「背ぇ高いですね、超イケメンだし」
「お兄さんたちモデル?」

声をかけてきたのは多分少し年上の女の子二人組。以前遊園地で声をかけてきた子より派手な感じで、ナマエちゃんとは比較しようもない。
比較したところで今の私にとってはナマエちゃんが圧勝してしまうだろうことは自明のことなので、意味もないのだけれど。

「すみません、好きな子にプレゼント買いに来てるんですよ」

そう言えば「えー!」と大げさに返ってきて「じゃあサングラスのお兄さんはフリーなの?」と悟へ興味が移っていった。悟と二人でいるときは大概こうやって悟が本命なことが多いので、適当にあしらえばこうやって標的は悟に絞られる。
私がわざとこうしていることも悟はわかっているから、じろりと私の方を見た。もちろん気づかないふり。
さて、ナマエちゃんに似合いそうなものはあるかな。

ティーン誌に紹介されているくらいだから、若い子が好きそうなモチーフのものが多い。
大ぶりのキュービックジルコニアが入っているネックレスなんかは確かに女の子ウケしそうだ。
ナマエちゃんにはあまりに似合いそうにないな。あの子はもっと細工の細かそうなものが似合いそうだ。主張の強いアクセサリーはきっとナマエちゃんの雰囲気を阻害するだろう。

「おい、傑、置いてくな」
「ああ、悟やっと来たの」

悟が後ろから声をかけて、ちらりと視線だけで見遣れば女の子を撒いてきたという様子だった。どういうふうに撒いたかは知らないが、利用した手前、多少乱暴な言葉を使っていたってそこを指摘するつもりはない。

「結構難しいね、女の子にアクセサリー選ぶって」
「知らね。考えたこともねぇし」

もちろん悟に協力してもらえるだなんて思ってはいないので、私は「そうかい」とだけ相槌を打って商品を眺める。
そういえば、お兄さんの話をしてくれた時に大事そうにしていたのは琥珀のネックレスだったな。大事にしているのもがあるならネックレスは避けた方が無難かもしれない。

「悟、ナマエちゃんって琥珀好きなの?」
「どうだろうな。そういやいつも帯留は琥珀だった気がするけど」

ふむ。じゃあ琥珀の線は活かしておきたい。そうなればネックレスでないもので、琥珀の使われたアクセサリーで…。
そう思いながら視線を泳がせていると、ヘアアクセサリーのコーナーに目が留まった。細かい金属の細工にカットされた琥珀がいくつも散りばめられたバレッタ。きらきらと華やかだが主張が強すぎない。ナマエちゃんに似合いそうだな。
私は早速それを手に取って、間近で品物を確認する。うん、作りもちゃちくないし、これは初めてのプレゼントにはいいだろう。

「恋人さんにプレゼントですか?」

レジで店員にそう言われ、ふと、そう見えるのかと気が付いた。
恋人か。私とナマエちゃんはそんな関係にないが、そうなれたらいいと思っている。まぁそのためには私自身を好きになってもらうことが先決だ。
この前だって「婚約してください」と久しぶりに言われたし、ナマエちゃんの中では多分未だに私は夏油傑ではなく、呪霊操術の術師なのだろう。

「そう、なると…いいんですけどね」

いや、何言ってるんだ、こんなところで。口に出してしまってから恥ずかしくなって、別に求められてもないのに「すみません」と言い訳じみた言葉を吐き出す。
にこにことした笑顔のままラッピングされたそれを受け取り、私はそそくさと店を出た。今のはだいぶ恥ずかしいことをしてしまった。
悟に何を言われるかわかったもんじゃない。

「なぁにがそうなるといいんですけど、だよ」

案の定、店を出たところで悟がそう言って、べぇっと舌を出した。
最悪だ、やっぱり聞かれていた。

「…聞いてたのか」
「ばっちりな」
「忘れてくれ」
「いや、硝子に言う」

悟、と名前を呼んで嗜めようとするも、悟は聞く耳を持たない。これは帰ったら間違いなく硝子に報告され、しばらくからかわれることになるだろう。
私は腹の底から溜息をついた。
意外にも硝子は結局「キッショ」と言うだけで、それ以上からかって来ることはなかった。悟だけがニヤニヤ私の物まねまで交えてしばらく私をからかってきた。


それから、ナマエちゃんが高専に来なくなった。これで三週目だ。
今まで毎週のように来ていたのに、何かあったのかと思えば、メールの返信はあるのだからそういうことでもないらしい。
「高専に来ないのかい?」と直接的なことは聞けずに「最近忙しくしてるのかい?」とメールをすれば「お稽古が忙しくなってしまって」と返信があった。納得に足る理由だが、どうにもしっくりこない。

「悟、ナマエちゃん元気にしてるかい?」

私は痺れを切らし、最終手段に出た。
悟の部屋でゲームをしていた時、事も無げにそう尋ねると、悟からは「別に普通じゃね?」と返事が返ってきた。

「なに、傑連絡とってんじゃねーの」
「いや、メールは返ってくるんだけど、最近高専に顔出さないなと思って」

悟はひょいっと手を伸ばし、ポテトチップスを一枚食べた。ぱりぱりと咀嚼する音に混じって「んー」と気のない声が漏れる。

「この際だからさぁ、はっきりさせてーんだけど、傑ってナマエのこと好きなの?」

悟がそう言って、じっとこちらを見た。別に私がナマエちゃんを好いているとわざわざ悟に申告する必要はない。が、こうして悟に頼っている以上黙っているのはフェアじゃないとも思う。
どうせわかっているくせに、と思いながらも、私は一度息をついてから悟の言葉を肯定した。

「…好きだよ」
「傑、前にナマエが来たときあからさまだったもんな」
「…まぁ、自覚はある」

三週間前ナマエちゃんが来た日に、彼女の髪から頬にかけてを撫でおろした。妙なざわつきを打ち消したいという気持ちもあったが、可愛いと思ったからでもある。もちろん妹に対するような気持ちではなく、ひとりの女の子に向ける気持ちとして。

「中学生は無いとか言ってた傑に見せてやりてぇな」
「…いや、ないと思ってたんだよ、本当に」

まさかこんなことになるなんて私が一番驚いているんだ。だって中学生だぞ。しかも初対面で婚約してくれなんて言われて、こんなことになるとは思ってもみなかった。

「中学生ったって一個しか変わんねぇし、俺はなんとなくこうなる気してたけど」
「どういうことだ?」
「だって、あいつのことは俺が一番近くで見てきたかんな」

聞いたことがないような、あんまりにも優しい声でそう言うものだから、私は思わず隣の悟を勢いよくギョッと見た。
悟はもうどうということもない様子でコントローラーを操作し続けていて、私の操作するキャラクターだけが攻撃を食らう音が聞こえる。

「あ、傑のカピチュウ死んだぞ」

いや、もうそれは今ぶっちゃけどうでもいい。
私は完全にコントローラーから手を放して、ハァァと力を抜くように息を吐き出す。
それから「ずっと聞きたかったんだけど」と前置きをして悟に言った。

「悟ってさ、ナマエちゃんのこと好きなのかい?」
「ハァ!?」
「うるさっ…」

思いのほか大きい声を耳元で立てられ、キーンと一瞬耳鳴りがする。ゲームを操作する悟の手が止まって、悟のマオリはCPUにあっさり負けた。
悟はコントローラーをテーブルに置くと、私の方を見てにやりと口角をあげる。

「何だよ、嫉妬か?」
「正直少しね。だって悟、ナマエちゃんにはやたら甘いし」

今更隠そうにも隠せないし、いっそ言ってしまえと口にしてみれば、悟のからかいの追撃は飛んでこなかった。どうやら嫉妬したと肯定したことよりも、後から付け足した「やたら甘いし」というところが気になったらしい。
少し考えるような素振りで、そのあと悟が言った。

「好きとか好きじゃないとか、そういう次元じゃねぇのかもな」

悟にしては珍しい、凪いだ声だった。
こんな声で話してしおらしくしていると、悟は少し、驚くくらい美形だ。大して値段もしないだろう寮室備え付けの簡素な照明でさえ、特別なもののように悟を照らす。

「…昔さ、一回ナマエと婚約させられそうになったんだよ」
「えっ…」
「いや、本チャンでは決まんなかった」

思わぬ言葉に私が声をあげると、悟はすぐに先回りして言葉を遮る。

「あいつの兄貴が死んで、分家畳むか畳まねぇかって話になって、じゃあ娘を本家に嫁がせようってなったんだよ」

話によると、三年前ナマエちゃんのお兄さんが亡くなった当時は分家を存続させようと意見するものは殆どなく、ナマエちゃんの嫁ぎ先を躍起になって探したらしい。
その一番の候補に上がったのが悟だったそうだ。
一般的に従兄弟同士で婚約なんてのはあまり多くないだろうが、御三家なら充分にあり得る。

「家の決めた相手と婚約なんかしてやるもんかって感じだったんだけどさ、まぁ知らねぇ変な女と婚約させられるくらいならナマエの方がいいかもなとか思ったんだよな。そんときはナマエが小学生だったし、分家存続とか言い出すしで流れたんだけど」

悟は少し昔を思い出すように目を細める。
前時代的な古さを嫌う悟のことだから、家の決めた相手との婚約なんて拒みたいに決まっている。それを受け入れようと思うなんて、ナマエちゃんのことは本当にお気に入りらしい。

「ナマエのことは好きだぜ。そりゃガキの頃からずっと一緒にいるし、俺の考え方にも理解があるし。だけどさ、傑が思ってんのとはやっぱり違う」
「恋愛感情じゃないってこと?」

私が言うと、悟は「そ」と短く肯定した。テレビ画面からはコンティニューのBGMが流れていて、ちかちかとセレクトのアイコンが点滅する。
それらの音は少し遠ざかるくらい、悟の声だけがクリアに聞こえた。

「ナマエの兄貴が死んで、なんかそれからずっと、あいつの我慢してますみてぇな顔ばっかり見てたから、俺嬉しかったんだよね。傑がきっかけであいつが高専来るようになってさ」

悟は私を見て、にっと笑ってみせた。さっきまでの凪いだような顔ではなく、いつもの悟らしい顔に戻っていて、少し安心する。静かな悟は慣れないし、見ていてどこか収まりが悪い。

「もしナマエちゃんが分家存続って言ってなかったら、悟は婚約した?」
「多分な」
「じゃあ、私はラッキーだね」

もし悟とナマエちゃんが婚約していたのなら、私とナマエちゃんは出逢うことはなかった。出逢うとしても悟の婚約者としてで、私に婚約を申し込むなんてこともあり得ないことだ。
私がそう笑えば、悟は「自分のモンにしてからそういうセリフは言えよな」と尤もらしいことを言う。

「で、結局傑は避けられてんの?」
「避けられてるわけでは…ないと思うんだけどね」

胸騒ぎがする。いや、何か確証があるわけではない。年度末でナマエちゃんも忙しいだろうし、ただそれだけかもしれない。けれど。
何だか根拠もなく、嫌な予感がした。


翌朝、バタン、とノックもせずに寮室の扉が開かれた。こんなことをするのはひとりしかいない。

「おい傑!」
「…どうしたんだ、朝から騒がしい…」

スウェット姿のままの悟はかたちのいい瞳に驚きの色を滲ませながらベッドで身体を起こした私にずんずんと近寄ってきた。
何なんだ、騒々しい。朝くらいもう少し静かにできないのか。そう思いながらあくびを噛み殺すと、悟はイライラした様子を隠すことなく頭をがしがしと掻く。

「ナマエが婚約させられる!」

は?いま、何と言った?
婚約?ナマエちゃんが?

「ちょっと待て、ナマエちゃんが婚約ってどういうことだ」
「どうもこうもねぇよ、あいつから連絡が入った」

悟はそう言って、ケータイの画面をずいっと見せる。そこには差出人がナマエちゃんになっているメールが表示されていた。
名家の一級術師と婚約すること、それに伴って家のことに専念するため高専の入学は辞めたこと、それから最後に『夏油さんには言わないでね』と書かれていた。

「…私に言わないでって書いてあるけど…」
「あ?ンなこと知るかよ」

まるきり無視で、恐らく少しの躊躇もなく私に言いに来たのは相変わらずの唯我独尊だが、今はそれが正直ありがたい。悟にその辺を気遣う機微があれば私はこの事実を知ることはなかっただろう。

「…悟、何か止められる手立てはないのか」
「後でクソほど怒られてもいいんなら」
「上等だ」

この時私の頭の中に浮かんだのはどうにかこの話を阻止しようという考えだけで、ナマエちゃんに迷惑がかかるのではないかだとか、家の問題に口を出すだなんてとか、そんな正論はただのひとつも浮かばなかった。
君に会いたい。君に会って、私は君のことが好きなのだと、私の心のうちを君に伝えたい。


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