9月、東京校と京都校で行われる交流会の当日、ナマエが京都校三年の憲紀に声をかけられていた。

「ミョウジ、先日はすまなかったな」
「あ、いえ、とんでもないです」
「いや、こちらの落ち度だ。また改めて侘びをさせてくれ」

それだけを言うと、憲紀は京都校の面々の集まりに混ざっていってしまった。呼び止めてまで話すような仲だったか、と甚だ疑問に思いながら眺めていたが、すぐに団体戦の各校集合の呼びかけがあり追求することは出来なかった。


今年の交流会は東京校の三年生が不在の為、一年生が参加する異例の会になった。
一日目は団体戦、二日目はまだ発表されていないが、悟がなにやら悪巧みをしていたのでただの個人戦ではないだろう。
敷地内に放たれた呪霊の討伐数を競うという建前の元に行われる団体戦の様子を、私は他の教員たちとモニタールームで観戦する。

「さっきから悠仁の周りの映像だけ途切れてる気がするんだけど。ねぇ、冥さん?」
「さて。鳥たちは気まぐれだからね」

烏との感覚共有を利用した冥さんの術式で流される映像は、悠仁の周りだけよく切れるようになっていた。これは何か上層部が企んでるな、とは思ったけれど、悟が焦ってないところを見るとどうやら予想の範疇らしい。私に出来ることはいまのところないだろうな。

「いくら積んだんだか」

右上のモニターにメカ丸と交戦しているナマエが映る。動きは悪くない、が、やはりまだ術式を使いこなせていないな。
彼女の術式は一度途絶えたとされていた土御門家に源流をおく霊符を使った珍しい術式で、発動条件が厳しい為に彼女はまだ使いこなせてはいない。
術師の勉強を始めて一年半だと思うと中々の能力だけど、高専にはもっと幼い頃から修行を積んできたような人間がたくさんいるので、こうして一同に比較すると決め手に欠けるものがある。

「傑、見すぎ」
「うるさいよ、悟」

んんっと咳払いをして悟を嗜める。
冗談じゃない、君と二人のときならまだしもここには両校の学長も庵さんも冥さんもいるんだぞ、勘弁してくれ。

「あ、ナマエ倒れたね」

淡々と悟に言われたその言葉にモニターを確認すると、先ほどまでメカ丸と交戦していたはずのナマエが、恐らく隙を突いて放たれただろう真依の弾丸を撃ち込まれ雑木林に倒れていた。
これは残念ながらリタイアだな。

「回収に行ってきます」

原則、東京校のリタイアした生徒は東京校の教員が、京都校は京都校の教員が回収をする。交流会のためのそう強くもない呪霊が放たれているだけとはいえ、呪霊のいる中に気を失った生徒を放置できる訳がない。
私はモニターで見た映像の場所に向かった。
私の時代も同じような雑木林で交流会を行ったが、あの時とは場所違う。十年以上経ったからとかそういう理由ではなく、当時の交流会で悟が術式の発動規模をミスって修繕しようもないほど地面を抉ったからだ。
あれはあれで演習場所として活用されているが、いかんせんこういう演習には向いていない。見晴らしが良すぎる。
辿りついた雑木林の中で、モニターで見たときから全く動いた様子もないナマエの姿を見つける。

「ナマエ、大丈夫かい?」

うーん、やっぱり意識はないな。多分呪力を込めたゴム弾でこめかみを撃たれてる。
あと10分やそこらで目を覚ますだろうけど、それをこのまま待っているわけにも行かない。
私はナマエの身体を慎重に抱きかかえ、本部まで運んだ。

「……軽いな…」

その様子をばっちり冥さんの烏に観測され、モニタールームに戻ったら悟に散々いじられたが、ことごとく無視をしてやった。


団体戦の結果は、東京校に軍配が上がった。去年と違って憂太の解呪が済んでいるので前回のような圧勝とはいかなかったものの、皆着実に成長しているってことだ。
団体戦終了後、二年生の様子を見に行こうと集まっている控え室に向かうと、なにやらわいわいと盛り上がっていた。ドアノブに手を掛けたところで、ナマエの声がして私は思わず動きを止める。

「ああ、あれは加茂先輩の家から縁談の挨拶の手紙が来て」

そしてとんでもない爆弾が落とされた。

「はぁ!?お前そんな話来てたのか!?」
「明太子!高菜!!」
「オイオイ聞いてないぞ!?憂太聞いてたか!?」
「えっ僕も何も…」

口々に二年生4人が詰め寄る。
縁談?私何も聞いてないんだけど。こめかみがびくりと動くのが自分でも分かった。いや待て、仮にそんな話があったとして私に報告する必要なんてないだろう。
冷静になろうと一度大きく息をつき、私はドアノブを回す。

「賑やかだね」

私の声に、その場がピシリと固まったのが嫌でも分かった。
ナマエだけがいつものきらきらした顔を向けてきて、冷静になったはずの思考がまたもやもやと曇っていく。

「ちょっとナマエ借りていくよ」

4人は生贄とばかりにナマエをこちらへ差し出し、状況の掴めないナマエだけが頭の上にハテナマークを飛ばしながら私と同級生たちを交互に見ていた。

手首を掴んだままひと気のない部屋に向かって歩き、後ろで何度も「夏油先生?」やら「どうかしたんですか?」やらと聞いてくるナマエの言葉をすべて無視した。
一番西側の誰もいない資料室まで連れ込むと、後ろ手に部屋のドアを閉める。

「あ、あの、夏油先生?」

やっと解放された手首を擦り、ナマエは不思議そうな顔でこちらを見上げる。

「婚約するのかい、憲紀と」

思っていたより、出せたのは低い声だった。途端にナマエの表情が強張り、それが余計に気に入らない。
私は捲くし立てるように言った。

「確かに憲紀は優秀な術師だが、まだ呪術界にも慣れていないナマエを娶らせるなんていくら御三家でもそれはないんじゃないか」
「いえ、あの」

そうだ。なんでナマエなんだ。確かにナマエの術式は一度途絶えたとされる珍しいものだが、彼女は非術師の家に生まれた女の子で術式を認識したのだって三年前の話だぞ。
そんな少女をわざわざ選ぶなんてどうかしている。それとも何か。逆に呪術界をよく知らない人間を敢えて選んで自分たちの都合のいいように洗脳でもするつもりか。
まったく趣味が悪い。

「だいたい私はこういった古い制度には反対なんだ。そもそもーー」
「夏油先生!手違いなんです!」

ナマエの大きく遮る声に「は?」と間の抜けた言葉だけが零れた。
手違い。今確かにナマエはそう言った。

「加茂先輩のご実家の方の手違いがあったそうで…」

詳しく話を聞くと、憲紀の婚約者探しをするにあたって集められた候補の中にナマエの書類があったそうだが、リストの中のひとつ後ろの花嫁候補の住所と取り違えてナマエの元に挨拶の手紙が出されたらしい。
投函後すぐに気がついた加茂家の人間から手紙が届く前に連絡があり、事前にそのような手紙が届くと知っていたナマエは驚きもしなかったわけだが、この一連の出来事が憲紀の「先日はすまなかったな」に繋がると言うわけだ。

「…そう、すまないね、つい感情的になってしまった」
「いえ、私も電話が来たときはびっくりしちゃいましたから」

若干論点がずれている気がするが、墓穴を掘ることになるのであえて訂正はしない。
花嫁候補に入れられていたことも腹が立つが、除外されていたのもそれはそれで腹立たしい。結局どっちにしろナマエをそういう目で見られていたそのものが気に食わないのだ。

「夏油先生が怒るなんて珍しいですね」
「…忘れてくれ」

依然私が何に腹を立てていたかなんて気がついてない様子のナマエはのほほんとした様子でそう言った。どうせ御三家のやり口が気に入らないから怒っているとか何とか思っているんだろう。
はあ、と溜め息をついた。自分に嫌気が差す。話の全容も聞かないままでこうやって問い詰めるなんて。
普段だったら絶対にしない。いや、追い込まれていたとしてもこんなに必死になるなんて他の人間にはよっぽどしないだろう。
らしくない。本当に、らしくない。

「ふふ、忘れるわけないじゃないですか。こんな珍しい夏油先生の顔」

これだけらしくなくなってしまうほど、ああ、ナマエが好きだ。





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