街中がイルミネーションで賑わう。私が小さい頃はもっとクリスマスの付近だけだった気がするけど、最近はウィンターイルミネーションなんて銘打って冬の間中ずっと飾り付けられているところも多い。
もはやクリスマスだか何だかわからなくなっているとは思うけど、楽しいし綺麗だから私はこの季節が好きだった。

「ナマエ先輩、クリスマス夏油先生とどこ行くの?」
「えっ、夏油先生には会わないけど…」
「は!?」

野薔薇ちゃんの寮室でお茶をしていたとき、不意にそう聞かれて答えると、野薔薇ちゃんがティーカップを叩き割らんばかりの勢いで食いかかった。

「嘘でしょ!?付き合って初めてのクリスマスよね!?」
「そ、そうだけど…平日だし、特に予定は…」

そう、今年のクリスマスイブとクリスマスは水曜日と木曜日で、平日真っただ中なのだ。あまり曜日に関係なく生活をしている私たちだけれど、こんな学校でも学生の内は基本的に平日に授業がある。

「平日って言っても冬休みじゃない」

ぎく。痛いところを突かれて私は思わず閉口した。
確かに野薔薇ちゃんの言う通り、25日からは冬休みだ。だから、予定がないのは平日だからというのは言い訳である。

「はぁ、どーせ夏油先生の出張でしょ?」
「う…よくご存じで…」
「そんなことだろうと思ったわよ」

私と夏油先生にクリスマスの予定がない理由なんて野薔薇ちゃんにはお見通しで、大袈裟に溜息をつかれた。

「しょうがないよ。クリスマスとかヘンな呪い多いし…」
「まぁ、そうよね」

恋人である夏油先生は呪霊操術という稀有な術式を持っている。その性質から呪霊を集めることも戦略のひとつであって、変わった呪霊が出れば率先して収集に行くし、そういう変わった呪いというのは日時の縛りがあることが多い。
だから、クリスマスなんて人の良くない感情が色々集まりそうな日には出張でないはずがないのだ。

「今年はどこに行くって?」
「神戸だって言ってたかなぁ」
「んもー!じゃあ私たちとクリパしましょ!」

あまりにも私が事も無げに言うせいか、しょうがないとばかりに野薔薇ちゃんがそう言った。
クリスマスにデートできないのは確かに残念だけど、みんなでクリスマスパーティーするのも凄く魅力的だ。


イブに行ったクリスマスパーティーはとても盛り上がった。
野薔薇ちゃんたち二年生と私たち三年生が勢揃いで、談話室を占領する勢いでチキンやらケーキやらを持ち込んだ。
ちょっとしたプレゼント交換なんかもして、私は狗巻くんおすすめののど飴と温感靴下をもらった。私の選んだ温泉の素詰め合わせと手ぬぐいのセットは伏黒くんに渡った。

「野薔薇ちゃんありがとね」
「何が?」
「今日、パーティー誘ってくれて」

準備に参加してなかった虎杖くんとパンダくんと伏黒くんに後片付けをやってもらうことになり、申し訳ないながらもその場を任せて野薔薇ちゃんと女子寮に向かう。
きっと野薔薇ちゃんが誘ってくれなかったら私はクリスマスイブを一人で過ごしてただろうから、誘ってくれて本当によかった。

「ナマエ先輩は楽しかった?」
「うん。すごい楽しかった」

私がそう答えると、野薔薇ちゃんが自慢げに笑った。いつもちょっと気の強いように思える彼女だけども、人の感情の機微に気づけるいい子だ。

「夏油先生の出張、早めに終わるといいわね。彼女放置してホント罪な男よ」
「ふふふ。寝る前にメッセージ送っとこうかな」
「それがいいと思うわ」

25日の夜には帰ってくると言っていたから、もしかしたら今夜は夜通しの任務とかでスマホなんて見れないかもしれないけど、メッセージを送るくらい許されすはずだ。
私の部屋より手前にある野薔薇ちゃんの部屋の前で「おやすみ」と言い合って別れ、私は自分の寮室を目指した。


午後11時。シャワーを浴びてごろんとベッドに横になる。スマホを見たら新着メールが三件。全部ショップのDM。
夏油先生はまめに連絡をくれる。そのことをうっかり五条先生の前で言ったらびっくりするほど笑われたけど、本当に私にはこまめに連絡をくれるのだ。
内容は別に大したことなくて、今日の任務のこととか、真希ちゃんと開拓したラーメン屋さんのこととか。夏油先生の前で大きな口を開けてラーメンを食べるのはまだ少し恥ずかしいから一緒には行けないけど、いつかそういうことも出来ちゃうくらい近い距離になれたらいいと思う。

「お疲れさまです。関西も冷えるそうなので暖かくして寝てくださいね。おやすみなさい」

私は無難にそうメッセージを送り、ころんとスマホをベッドの上に転がした。すると、ちょうど自動ロックがかかって画面が黒く暗転した次の瞬間、画面が明転して音とともに着信を告げる。
着信は夏油先生からだ。こんな時間に通話なんて珍しいな、と思いながら、私は通話ボタンをタップしてスマホを耳に当てた。

「もしもし、夏油先生?」
『あ、まだ起きてた?遅くにごめんね』
「全然平気です。夏油先生は任務終わったところですか?」

耳元で小さく夏油先生の声が聞こえる。少し掠れたその声はいつも私をどきどきさせた。
がさがさと風の音のようなものが聞えるから、今は外にいるのかもしれない。

『いや、終わって高専戻ってきたところ』
「えっ」

そう返ってきた答えに私は期待した。
夏油先生が私を遅い時間に呼び出すようなことは今まで一度もなくて、それはもちろん私の年齢と立場を考えてくれているからだ。だけど本音を言うと、今日は、クリスマスは少しだけ、逢えたらいいと思っていた。

『ナマエ、少しだけ出て来られるかい?』
「はいっ」

投げかけられた期待通りの言葉に私は嬉々として答える。少し勢いが良すぎたかもしれない。急いで部屋着の上にダウンコートを着て、なるべく静かな足取りで、でも出来るだけ急いで寮の廊下を通り抜ける。大きな出入り口の扉を開けた目の前に夏油先生が立っていた。

「や、ナマエ。こんな時間に呼び出してすまないね」
「いえ、あの、夏油先生に会いたいと思ってたので…」

夏油先生は真っ黒のコートを着ていて、首にチャコールグレーのマフラーを巻いている。今年の初めに初詣に行った時も同じのを巻いていた。
数日ぶりに顔を合わせる夏油先生はやっぱりかっこよくて、あれだけ会いたいと思っていたくせにどきどきするせいであまり顔を見ることができない。

「少しだけ、デートしたいと思って」
「えっ、今からですか?」
「そう。クリスマスなのに一緒にいられないし、おまけに年始まで結構任務が詰まってるから。どうかな」
「行きたいです!」

じゃあ決まりだ。と、夏油先生が笑って私の手を握った。高専の出入り口ではなくて南側に歩いて行って、こんな時間からデートだなんてどこに行くつもりだろうと少しだけ首をかしげる。
山の中の、けもの道というよりは少し通行人用に目印をつけたような道で、夏油先生は目的を思って足を進めているということがわかった。

「よし、ここまで来れば問題ないかな」

夏油先生はそう言って立ち止まり、私は何だろうとあたりを見回す。少し開けた場所だとは思うが、特に何かが見えるわけでもない山の中だ。
その場で手をかざして夏油先生がずるりと呪霊を呼び出す。それは先生が何度か乗っているところを見たことがあるマンタみたいな空飛ぶ呪霊だった。

「行こっか」
「えっ、あれ、アラートは…?」
「ここ、丁度高専の結界の外なんだよ」

行こう、ということはきっとこの呪霊に乗ってどこかに行こうということなのだろうけど、確かに言われてみればここは丁度高専の結界を出てすぐのところだった。アラートを鳴らさないよう対策を練っているあたり、実はけっこうやんちゃな夏油先生の一面が垣間見える。

「はい。足元気を付けて」

夏油先生が手を差し出し、私はそれに右手を添える。先に呪霊の上に登った夏油先生に従って恐る恐る足を踏み出す。
思ってたよりも、柔らかい…けど温度とかはない感じで、例えば大きな風船のボートに乗っているような感覚に近かった。

「じゃあ、振り落とされないように掴まっててね」
「えっ!そんなスピード出るんですか?」
「冗談だよ。今は出さない」

今は、ってことは出そうと思えば出るのか…。そんなことを考えながら、私は言われるがまま夏油先生にぎゅっと掴まった。呪霊は少しずつ高度を上げ、みるみるうちに地上が遠のいていく。
膝から下が高層エレベーターに乗ったときのような浮遊感に包まれたけれど、それよりも宙を浮いている感動のほうが勝った。

「地上から見えても困るし、もう少し高いところを飛ぶからそこに座って」
「あ、はい」

夏油先生に言われ、私は何とも言えない感触の呪霊の上にすとんと座った。確かにこれ以上の高さを飛ぶなら立ってると危ないかもしれない。結構今だってふらふらする。
私を抱え込むように夏油先生も腰を下ろし、二人でぎゅっと真ん中に寄った。魔法のじゅうたんに乗っているみたい。

「わぁ!すごい!」
「まぁ、実はナマエを乗せたのは初めてじゃないんだけどね」
「え、うそ、いつですか?」
「ナマエがパンダと一緒に格上のハクビシンの呪いに当たったとき」

そっか、二年の秋にパンダくんと行った任務が思いのほか強力な呪いで、夏油先生が助けに来てくれたことがあった。あの時戦闘不能になった私をどうやって高専まで連れて行ってくれたのだろうと聞きそびれていたけれど、なるほど、呪霊に乗せてもらっていたのか。

「でも、あの時意識なかったから今日が初めてみたいなものです」
「それはそうだね」

眼下で街の明かりがチラホラと見える。随分遠くまで来たらしい。駅の方はまだ煌々と明りがついていて、流石にその全貌までは見えないけれど、それらの光のいくつかはイルミネーションなのだろうと思う。

「すごいですね、街の光が星みたい」
「気に入った?」
「はい、とっても」

ビルの上についている赤い照明が明滅する。マンションの明かりはついていたり消えていたり。駅前はそれこそイルミネーションが華やかで、音もないのに賑わいが聞えてきそうだった。

「きれい…夏油先生、こんな景色見せてくれてありがとうございます」
「付き合って初めてのクリスマスなのにろくにデートも出来ないからさ。ナマエには我慢させてるんじゃないかと思って、ずっと気になってたんだ」
「そんなこと…」

ない、とは言い切れなかった。付き合い始める前からわかっていたことだけど、私が夏油先生と過ごせる時間は世間一般の恋人同士に比べて格段に少ない。
それに、夏油先生は忙しいからイベントごとの日も一緒に過ごせるとは限らない。ひと通りの経緯を知っている優しい同級生や後輩が気にかけてくれて遊びに連れて行ってくれたりするけど、やっぱり夏祭りもハロウィンもクリスマスも、夏油先生と過ごしてみたかった。

「ごめんね」
「謝らないでください。まるで夏油先生が悪いみたいになっちゃう」
「まぁ、悪い大人なのは間違いないかな」

夏油先生は選んだ言葉のわりに悪びれる様子はなく、ふふふ、と、口元を小さく揺らして笑った。

「ナマエに我慢させてるとわかってて、若い君を離してやれないんだ。それだけで充分悪い男だよ」
「そういうものですか?」
「そうさ」

ぎゅっと抱きしめられ、元々殆どなかった距離がぴったりくっついてゼロになってしまう。夏油先生はそのまま後ろから覆いかぶさるような体勢で私の両手を包み、分厚くてあたたかい手が私の指先をにぎにぎと撫でる。その少しかさついた感覚がくすぐったくて身をよじった。

「今だって、全部わかってるのに君を手放すつもりがないんだ」

それは、私だって同じことだ。私の方がうんと子供だから夏油先生はこういう言い方をするけれど、相手の一生を縛ってしまいたいなんて熱烈で畏れ多いことを思っているのは私も。
それを伝えようとして口を開くと、私が言葉を発する前に夏油先生が「受け取って」と言ってにぎにぎと撫でていた手をそっと離す。
私の右手の薬指に華奢な線が幾重にも重なった綺麗な指輪が光っていた。

「えっ、これ…」
「クリスマスプレゼント。気に入ってくれるといいんだけど」

私は思わず右手を夜空に掲げ、そのきらきらとした輝きを確認する。
わずかな月の光で静かに曲線が浮かび上がり、その隙間でちらちら光が拡散する。精密なデザインの中に小さな宝石が散りばめられていた。

「でも、渡す場所間違えたかな」

夏油先生が私の肩口に顎を置き、吐息もわかるくらいの距離でそう言った。渡す場所を間違えったってどういうことだろう。と思って視線を向けると、想像以上の至近距離で視線がかち合った。
私は照れてしまうのを誤魔化すように「どういうことですか?」と尋ね、夏油先生はもう一度私の右手に手を添えて言った。

「だってこんな夜景の前じゃ、指輪なんて霞んじゃうだろ?」

そんなの。どっちも選べないくらい嬉しいに決まってる。こうやってクリスマスにデートが出来たことも、プレゼントをもらったことも。
地上では様々な光がきらめいている。その真ん中に降り立って「私が世界で一番幸せだ」って、叫び出したい気分になった。




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