「七夕パーティーがしたい」

きっかけはたまたま雑誌で見た写真が七夕シチュエーションだったこと。
毎月買っているファッション誌の1週間着回しコーデの記事、直接七夕の特集が組まれていたわけではなかったけれど、その記事の中の写真の一枚にカラフルなスイーツに囲まれて短冊を書いているものがあった。

「七夕って…あ、そっか。東京は7月にすんの?」
「東京はっつーか仙台以外は7月だろうな」

私は一年生の紅一点、つまり、同級生に可愛いものを共有できそうな女子がいない。真希さん…はあんまり可愛いのに興味ないし…。

「ほら、男子ども。先輩誘って七夕パーティーよ」


こうして先輩たちを巻き込み、何故か五条も混ざり、七夕パーティーは開催されることになった。
二年の先輩たちは主に笹を用意したり会場の準備。私とミョウジ先輩とのペアと虎杖伏黒のペアで食料の買い出し。私とミョウジ先輩でペアになればいいと言ったのは真希さんだ。

「釘崎さん、どこのお店に行くのか決めてるの?」
「当然ですよ。SNSでめっちゃ映えるケーキ見つけたの。原宿」

私は電車に揺られながら、ミョウジ先輩にSNSでお店の画面を見せた。
最近話題のスイーツショップの画像を見せた。「すごい色だね?」と言ってミョウジ先輩はしげしげと画面を見つめている。

「釘崎さんはおしゃれだねぇ」

ミョウジ先輩は、呪術師っぽくない。
初めて会ったときもそうだ。


「えっと、釘崎さん?だよね?」

他の二年の先輩と対面した日、乙骨先輩とミョウジ先輩だけ任務でいなくて、後日わざわざ二人揃って一年の教室まで顔を見せにきた。

「そうよ」
「乙骨憂太です。よろしくね」
「ミョウジナマエです。女の子が増えて嬉しいよ、これからもよろしく…っぅわわわ!」

ミョウジ先輩は何にもないところでつまづいた。転ぶ寸でのところで体勢を整えてはいたけれど、この先輩呪術師としてやっていけんのかしら、と思うに充分な間抜けさだった。
二人並んで立っている様が、驚くほど呪術師らしくなくて、なんかおんなじ様なぼけっとした空気だなと思った。乙骨先輩に関しては後々特級過呪怨霊をくっつけてる特級術師と知って、見た目以上のヤバいエピソードを聞かされ印象が更新されたけど、ミョウジ先輩は特にこれと言ってパンチ力のあるエピソードがない。
普通、そう、普通の女子ってかんじ。

「ミョウジ先輩って、普通よね」
「えっ?」
「呪術師っぽくないなぁって話」

そうかなぁ。と、ミョウジ先輩は自分の指を合わせ、くるくると指先を回す意味のない手遊びをした。
こんだけ普通っぽくてとんでもない術式持ってるとか?いや、それがあってもそもそも二年生のキャラが濃過ぎるわね。

「ミョウジ先輩ってなんで呪術師やってるの?」
「私?私はねぇ、術師の家じゃないんだけど、小さい頃から見えててね。中学の時に呪霊に襲われたところを助けてもらって、その縁で高専を紹介してもらった感じだよ」

非術師の家なのか。確かにそれっぽい。

「釘崎さんは強くてかっこいいよね、憧れちゃう」
「ミョウジ先輩も近接の組手パンダ先輩といい勝負するんでしょ?」
「うーんどうだろう。もともと得意じゃないし、中学の三年から始めたばっかりだから…。釘崎さんは術式との組み立ても体術も線がいいって夏油先生言ってたよ」
「そうなの?」

ふーん、あの先生そんなこと言ってたのか。
そうこう話しているうちに原宿駅に到着し、私とミョウジ先輩は人波に乗って下車した。
スイーツショップまでは竹下通りの方向に出て数分歩けばつく。地図アプリを見て確認をして歩き出そうとしたら、ミョウジ先輩がこちらに向かってスマホを構える。

「釘崎さん、写真撮っていい?」
「いいわよ」

カシャ、という音でシャッターが切られたとわかる。ありがとー。と気の抜ける声と共にミョウジ先輩が私の元まで戻ってきて、今度こそ二人で歩き出した。

「なんであんなとこで写真?」
「ああ、夏油先生をね、七夕パーティーに誘ったの。だけど任務で来れないって言ってて、代わりにみんなが楽しそうにしてる写真を送ってよって話になったから」

そういえば夏油先生はメンツに入ってなかったっけ。ミョウジ先輩が声をかけてたのか。と思って、レディの勘がばちんと働いた。
そうか、ミョウジ先輩がほわほわ可愛らしく見えていたのは、きっと恋をしているからだ。

「ミョウジ先輩、夏油先生のこと好きなの?」
「えっ!!」

これは確定ね。ミョウジ先輩は面白いくらい顔を真っ赤にして、オロオロと視線を泳がせ始めた。
それから、うー、と少し唸って頷いて「私そんなにわかりやすかった?」と真っ赤な顔で尋ねた。

「そこそこね」

そう言えば、ミョウジ先輩は自分の頬をつねったり叩いたりしてため息をついた。


真っ赤になった先輩の回復を待ってお目当てのケーキを購入し、私たちは同じ道を通って高専に戻る。
その道中、ミョウジ先輩は何度か写真を撮っていて、それもこれも夏油先生のためだと思うとこの先輩がより一層可愛らしく見えてきた。

「おー、釘崎!ミョウジ先輩!」
「っす」
「男子ども、重い。持って」
「えー、しゃーねーなぁ」
「ミョウジ先輩、ひとつ持ちます」
「ありがとう、伏黒くん」

麓にたどり着いたところで虎杖と伏黒も合流し、4人揃って山道を登る。その道中もミョウジ先輩は何度も写真を撮っていた。

「ミョウジ先輩、めっちゃ写真撮んね」
「あ、実はね…」
「夏油先生に送んのよ。七夕パーティーの様子」

ニブい虎杖は「そうなん?」と言ってスマホに向かってピースをする。伏黒は何か知っているのか察したのかはわからなかったけど、特に納得する様子も驚く様子もなくニュートラル。
そのまま適当な話をして山を登り切ると、寮の近くで笹を持ってるパンダ先輩が見えた。パンダが笹持ってるって。

「おー、ナマエも野薔薇も帰ったか」
「ただいま、パンダくん。めちゃくちゃ笹似合うね」
「だろー?」

仮設したキャンプなんかで使えそうなテーブルとイスの並べられた寮のそばが、今日のパーティー会場。
テーブルの上に買ってきた食料や飲み物を置き、紙皿紙コップの準備を始める。

「ミョウジ先輩、笹の準備とかも撮ってきたら?」
「えっ、いいの?ありがとう」

ミョウジ先輩はそそくさと笹のそばへ行き、男子たちが麻の紐で固定しようとしている様を写真に収めていた。

「よぉ野薔薇、買い出しありがとうな。お疲れさん」
「真希さん!」
「ナマエとは話せたか?」
「え、はい、まぁ」

ミョウジ先輩とは、実のところそんなに話したことがない。真希さんと3人で連れ立ってなら何回かあったけど、そうか、話す機会を作ろうとして真希さんは私とミョウジ先輩にペアになるように言ったみたいだ。

「ミョウジ先輩、やっぱりすごく普通の女子って感じです」
「そりゃあなぁ。あいつ、中2の時に傑に助けられる前までは呪術なんか関係ない世界で生きてたからな。根っからのお人好しだし、呪術師じゃ珍しいタイプだよ」

ああ、今日電車の中で教えてくれた「中学の時呪霊から助けてくれた人」っていうのは夏油先生のことだったのか。
真希さんは隣でニッと笑った。

「いいやつなんだ。野薔薇にも、好きになって欲しくってさ」

真希さんの計画通り、私は今日1日でミョウジ先輩のことが充分好きになったと思う。
写真を撮り終えたミョウジ先輩が踵を返し、私と真希さんのいるテーブルの方まで引き返してきた。

「あ、真希ちゃんだ。ただいまー」
「おう、ナマエ、短冊書くぞ、短冊」

真希先輩はマジックペンが入ったペン立てと色紙を縦長に切った短冊をずいっと出した。「短冊たくさんだね」と言ってミョウジ先輩はペン立てを受け取る。
私と真希さんとミョウジ先輩で短冊を書き始めると、笹の準備が終わった男子が戻ってきて、短冊を囲みながらガヤガヤと話し、それぞれ笹を書き進めた。

「あ、そうだ。写真撮るね」

カシャ、ミョウジ先輩の構えたスマホに揃ってピースサインをし、私たちは写真に収まった。
嬉々として先輩は写真を撮っているけれど、これじゃあ先輩の写った写真がないんじゃないだろうか、と考えたところで、胡散臭い目隠しがひょこっと姿を現す。

「ヤッホー、若人たち。いやぁ、青春だねぇ!」

はい、お土産。と言って、五条は紙袋を伏黒に渡す。袋には大きいメロンが入っていた。
虎杖と伏黒にまず絡んで、それから二年生の先輩たちに絡みだす。私のところに来たときは初手でスネを蹴ってやったが、術式でガードされた。

「さてさて、ナマエはなんて願い事書いたのかなー?」
「あっ!ちょ!五条先生!」

五条はミョウジ先輩の黄色い短冊をヒョイっと取り上げると、その内容をふむふむと言わんばかりに眺める。
ミョウジ先輩がジャンプをして取り返そうと必死になっているけれど、五条相手に敵うわけもなく、五条はそのまま「一番高いとこに吊るしたげる」と言って笹の方へ歩いて行ってしまった。
ああ、ミョウジ先輩完全に遊ばれてるな、と眺めていると、背後からぬっと人の気配がした。

「硝子さん?」
「ああ、釘崎。ちょうど面白い現場に間に合って良かったよ」

たっぷり目元にクマを滲ませたままの硝子さんがスマホを構え、ミョウジ先輩と五条をパシャリと撮影する。

「そういえば、ミョウジ先輩が夏油先生に七夕パーティーの様子を写真に撮って送るって言ってるんですけど、ミョウジ先輩撮ってばっかりで肝心の先輩の写真が一枚もない気がするんですよね」
「くくっ…そうか。わかったよ、じゃあ私がミョウジの写真を送っておこう」

訳知り顔の硝子さんは喉で笑って、すいすいとスマホを操作し始めた。


それから人数分の短冊をそれぞれが笹に吊るした。校舎に残っていた補助監督の人たちにも書いてもらって、予定より笹は賑わっている。ミョウジ先輩の黄色い短冊は五条の手によって一番高いところに吊るされていた。
原宿で買ったカラフルなクリームたっぷりのケーキを食べて、五条が持ってきたメロンをみんなで分けた。ミョウジ先輩のメロンは五条によって奪われていて、その様子も硝子さんが撮影している。
ミョウジ先輩は五条の追跡をようやく諦め、私の隣に座った。

「楽しいね、七夕にこんなふうにパーティーするの初めてなの。企画してくれた釘崎さんのおかげだよ」
「野薔薇…」
「うん?」
「野薔薇でいいわ。私も…ナマエ先輩って呼んでいいかしら」

そう言うと、ナマエ先輩はぽけっとした顔をし、それから口元をふにゃっと緩めて「もちろん!」と言って頷いた。

「ナマエ先輩は、なんで夏油先生のことが好きなの?」
「えっ…!えっと…その…げ、夏油先生って優しいでしょう?」

優しい、という言葉をナマエ先輩は一度辞書で引いた方がいいんじゃないかと思う。
確かに、夏油先生は五条に比べてマシだと思うけど、それはあくまで五条と比べた場合であって、世間一般の物差しで測ればちゃんとイカれてる部類だ。何度か受けた授業と同行した二件の任務で充分わかる程度には。
そもそも、特級術師なんて規格外がマトモであるわけがない。

「中学の時に助けてもらったのって実は夏油先生だったんだけど、あの時救ってもらったから私がいるって言うか…助けてもらったことそのものだけじゃなくて夏油先生がいたから私は術師として視える人間の生き方を教えてもらったの。だからね、その…かっこよくて、強くて、正しくて…そういう誰かを守れる優しいところが、すごく、好きだなって」

私何言ってるんだろうね。とナマエ先輩は恥ずかしそうに笑った。思わず私までキュンとしてしまった。
可愛いひとだな、と、先輩の横顔を眺める。

「応援するわよ」
「ほんと?」
「数少ない女子同士、仲良くしなきゃ損でしょ?」

そう言って、私は自撮り用のカメラアプリを立ち上げてインカメラにすると、ナマエ先輩にぎゅっと身を寄せる。ナマエ先輩は自撮りのことに気がついて顔の隣でピースをした。カシャ。シャッターを切る。

「ナマエ先輩、男は押して押して押してから引くのよ。ガンガン攻めていきましょ」

私はこの日、ちょっとぼやっとしたお人好しの先輩の恋路を、どうにか応援してあげたいな、と思ったのだった。




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