星呑む子 07


「でも一体どうやって外に出るって言うんだよ。一族から忌み子を出すなんて家の連中が許すなんて思えない。それに出て行った先で面倒なことになるのも目に見えてる」

真希が真依を抱えながらそう尋ねる。ごもっともだ。存在さえ隠さなければいけないような子供を外に逃がすこともまず大変なことだろうと思うし、それ以上に逃げた先でどうやって生活するのかだって問題だ。この分では恐らく真依は出生届も出されていないのではないか。

「問題ない。全力でサポートするって言ったでしょ」
「サポートったって……」
「資金のことなら当分心配無用だよ。僕のところで預かってる。まぁでも一生分ってわけにはいかないから、君たちが手に職を付けられるように斡旋もしよう」

五条が指折り数えてそう言った。探偵というのはそこまでサポートするものなのか、遺言探偵を謳う彼が特殊なのか。当分心配無用の資金を預かっているようなことは依頼の内容には書かれていなかったはずだが。

「都合の良い話過ぎて怪しいな」
「そんなに警戒しないでよ。僕は直毘人氏の依頼を遂行しに来ただけ。強いて言うならまぁ、君たちのように家に縛られて生きることの面倒くささに、同情してるってところかな」

五条の言葉はオブラートというものを知らない。同情なんて言葉を真っ直ぐ十代の少女にぶつけるやつがあるかと思うけれども、同時に歯に衣を着せないその物言いは五条の言葉を信じたい人間にとっては大きく背中を押してくれるものだった。真希がにっと笑う。

「同情で結構だ。私と真依を外に出してくれ」
「そうこなくちゃ!」

決行は明日の夜。彼女たちの希望に満ちた表情を見ていると、探偵の仕事ってこんなのだっけ、なんていう疑問は遥か彼方にすっ飛んでいってしまうようだった。


防壁を築いた西対屋の一室に戻ると、ナマエは天井を見上げながら真希と真依のことを考える。

「あの、五条さん、二人が双子だったって気付いてたんですか?」
「途中でね。ナマエちゃんが夜中に真希ちゃんに会ったっていう話聞いたとき、西対屋に僕らがいるって知らなかったって話だったでしょ」
「え、あ、はい…」
「真希ちゃんは見るからにこの屋敷で相応の扱いを受けていない。まるで下女みたいに箒持たされてるのに、招かれざる客である僕らの借りてる場所知らないなんておかしいと思ったんだよ。皆やりたがらない仕事押し付けられてそうなもんでしょ」
「相応の扱いって、真希ちゃんって依頼人とはどういう続柄なんです?」
「真希ちゃんは直毘人氏の弟の子供。つまり姪だよ。あの反応をみるに可愛がってたかどうかはわからないけど」

家系図が頭の中でこんがらがっていく。当主の恵は直毘人の大甥であるから、つまり恵の父親と真希はいとこ同士ということだろう。それなら一般的に世代がもう少しズレそうなものだけども、真希と恵がどうやら年齢が近そうなせいで何だか必要以上に難しいことになっているし、そんなに続柄の離れた人間が一緒の家に暮らしているというケースも少ないから厄介さに拍車をかけていた。

「…なんか複雑すぎて頭がこんがらがっていきそうです…」
「あはは、大きい家では結構良くある話だよ」

良くある話って、大きい家と言ってもかなりの規模でないとそんな事態にはならないと思う。その時点で一般人からすれば良くある話の範疇を超えるだろう。

「私、大叔父なんて会ったことあるかどうかも怪しいですよ」
「ま、会ったところで葬式とかそんくらいだよね」

全くもってその通りだ。地元に一族全員が住んでいるなんていう家ならまだしも、ナマエは祖父が転勤族だったせいで一族のルーツがあるような場所には縁もゆかりもない。祖父の葬儀の際に大叔父を見た気もするけれど、あれが大叔父だったのかそれとも別のおじいちゃんだったのかはもう正直わからない。

「そういえばどうしてハラなんて暗号みたいに依頼したんですかね。屋敷の外に匿ってる双子の妹って言えばもっと簡単に済んだのに…真希ちゃんも真依ちゃんも意味伝わってなかったですし」
「それに関して考えられる理由はふたつ。そもそも真依ちゃんの名前を書くこと自体が禁忌だから出来なかった。もう一つは禪院家の以外の人間に依頼内容を見られたとき、忌み子の片方をひっそり生かしていると知られないようにするため」

多分両方だろうね、と続ける。いわく、政財界やらなにやらの権力者を顧客に持つ禪院家はそもそも敵が多いのだそうだ。そんな家で忌み子を生かしているなんて露呈すればとんだ醜聞なのだという。そもそも生まれた子供を忌み子だなんて言う習わしに1ミリも共感出来ないが、立派な家柄というのは庶民には想像もできないような苦労をしているらしい。

「…やっぱり釈然としません。忌み子って…令和の時代に双子が生まれたら片方殺さなきゃいけないとか…」
「でも、忌み子の真依ちゃんは生きてる。誰が生かしたのか…まぁそんなのは、遺言に遺しているあたり見当はつくよね」

禪院直毘人、もしくは、その近しい人間。直毘人がこの世を去った今、それを確かめるすべは残っていないが。とにかく真依は殺されることなく生きている。依頼の通りにこの家から出してやって、本人も望む通り新しい生き方を示してやることが最善のはずだ。

「……五条さん、詳しいんですね。この家のこと」
「そう?」

何か元々知っているふうで、しかも恵と話しているときも共通認識の前提があるような口ぶりだった。直毘人からなにか聞いていたのか、それとも五条はそもそもこの家のことを知っていたのか。少し意地の悪い言い方をしたのに、五条は気を悪くする様子もなければ否定をすることもなかった。身体を少しだけ起こし防壁の上から隣の布団を覗き込む。はっきり見えるわけではないが、またどこか、なにか彼がとても遠くにいるように感じた。


翌朝、西対屋に訪問者があった。恵だ。身支度もそこそこに恵を中に招き入れ、ナマエはあぐらをかく五条の斜め後ろで居住まいを正して座る。恵は狩衣姿ではなく、襦袢のようなかなり簡素な恰好だった。きょろきょろ周囲を見回しているから、ひょっとして人目を忍んで抜け出してきたのかもしれない。

「おはよう。ご当主様直々にこんな朝早くからどうかした?」

五条は自分の内ももに肘をのせ、そのまま手を頬にあてて頬杖をつく。当主は恵のはずなのに、まるで五条のほうが主のように見える。単純に面の皮が厚いのか、それとも年齢差のためだろうか。

「真希さんから聞きました」
「そう。でもそれ聞いたって君は反対しないでしょ」

五条の自信満々な態度に恵は沈黙で肯定をする。禪院家に対する姿勢を思えば驚くようなことではない。それはそうだが、ではこんな朝早くから何の用だろう。出来ることならこれから起こることに目をつむっていてほしいものだ。

「……ハラの意味が家の人間に勘づかれました」
「えっ…な、なんで…」
「恐らく出所は真希さんと真依さんの母親からだと思います。何をしようとしているのか…依頼の内容をバラしてるわけじゃないですから気付かれてはいないと思いますが、勘繰られて何らかの行動に移されるのも時間の問題です」

ふむ、と五条が手を頬から顎に当てる。ここに来る前のナマエなら「バレたと言っても交渉なりなんなりすればまだ」と思っていただろうが、そういう話が通じそうな相手でないことは察するにあまりある。常識が通じる相手は双子だからって子供を殺すような風習を残していないし、屋敷の外で隠すように生かすようなこともするまい。何をされるかなんて想像も出来なかった。

「ご、五条さんどうするんです?あんまりうかうかしてたら何が起こるか…」
「うーんそうだねぇ」

この期に及んでも五条は余裕の表情を崩さない。一体どんな心臓をしているんだ。一度お目にかかりたいものである。恵も伺うように視線を投げた。五条はそのままポケットからスマホを取り出すと、断りもなく目の前で通話を始める。まさか通報?警察?いや、そんなことで短絡的に解決が望めるとはあまり思えない。

「あ、伊地知?おはよー。そうそう。禪院家。あはは、いいじゃん、お前の休みに僕は働いてんだよ?」

この緊張した空気に似つかわしくない声でそう言う。相手は五条の個人的な秘書だという伊地知のようだ。いや、休みの日にこんな朝っぱらから電話を掛けられるなんて迷惑極まりない。しかも内容からモラハラとパワハラの匂いがする。とはいえ状況が状況なので、五条を糾弾することも出来ないから何とも言えないが。

「そ。女の子ふたり。うん。詳細は昨日のメールの通りで変更なし。ただちょっと厄介なことになってるから時間だけ繰り上げる」

話しっぷりから計画を前倒しすることが伺えた。確かに急がなければいけないのは事実だから、判断としては正しいと思う。それにしても逃げ出すときに伊地知を呼び出す予定だったのは聞かされていない計画だ。

「今から」
『エッ!!』

電話越しでもわかるような大声で伊地知が驚く。キーンと耳鳴りがしたのか、五条がスマホを耳から離した。

「そういうことだから。不足があれば追ってで構わない。とりあえず二人を逃がすのが最優先」

じゃあね、と恐らく伊地知の返答を待たずにあっさり通話を終了する。こんな指示ひとつで伊地知は東京から和歌山の山の中まで呼び出されるらしい。南無南無とジェスチャーだけで供養する。さてこうなれば双子を逃がす計画を実行に移すしかないが、それにしても東京からここまで来るのはかなり時間がかかるんじゃないのか。

「さて、じゃあ動こうか」
「えっ、でも伊地知さん東京からここまで来るんですよね?まだかなり時間かかるんじゃ…」

車で移動すれば8時間は間違いなくかかる。東京新大阪間を新幹線で移動したとしてもそれだけで2時間半弱はかかるはずだ。そこから電車で時間がかかることはもちろん、車で来たとしても3時間近いのではないか。合計5時間半はかかりそうなものだ。

「モーマンタイ。伊地知は今頃みなべ温泉だから」
「えっ、みなべ温泉ってすぐ近くの?」
「そ。最初から人にしろ物にしろ外に出すってわかってたんだから、足は用意しとかなきゃでしょ。ついでに溜まった有給温泉で消化させてたってわけ」

みなべ温泉とは和歌山県みなべ町に所在する温泉地である。みなべ町は和歌山県南西部の海岸近くに位置し、ここからは車で二時間もかからないだろう。山道を飛ばせばそれこそ時間も短縮できる。
用意周到にもほどがある。確かに道理が通っているし、五条の根回しで想像の何倍も早く現場を離脱することが出来そうだが。いや、ということは伊地知は有給休暇中に呼び出されることになるのか。背に腹は変えられないが、なんとも申し訳ない話である。

「恵くんは動ける?」
「…いえ、俺はこのあと祈があります。今も邪気払いの沐浴と言って寝殿を離れているだけです。正直庇うにも俺に対する監視の目があり過ぎて逆に邪魔になると思います」
「じゃあ、僕ら二人で頑張るしかないねぇ」

ね、と五条が首だけで振り返ってナマエを見た。どういう手順で二人を連れ出すのかはわからないが、それしかないのなら仕方がない。ナマエは黙って頷いた。

「じゃあ、作戦開始」

いやだからその作戦をまだこちらは聞いていないんだが、と思うも、こんなところで揉めてもただの時間の無駄だ。後で五条に言うことリストを頭の中に思い浮かべ「行動計画の共有」の項目を書き足すことにした。



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