コロシルしてる?


どこもかしこも結局社内恋愛社内結婚。まぁ社内とは言わなくても取引先とか、業界内で結婚することは多い。大人になれば会社と家の往復になってしまいがちだし、そうなってしまうのもやむをえない。
ナマエの周りもまぁそういう具合で、最前線で働く殺し屋同士ばかりではなくとも、バックアップ部隊だとかフローターのオペレーターだとか、結局業界内で結婚しているような場合が多かった。

「はぁ……またメッセージ返ってこなくなった…」
「…ナマエちゃん…どうしたの?」
「大佛ちゃぁん…」

ナマエは声をかけてきた後輩に抱きつく。忙しさにかまけてメッセージの返信がおざなりになったり、そもそもイイネを貰っても通知を確認する暇がなくてタイミングを逸してしまって、マッチングせどももうメッセージが返ってこなかったりと、そういうことが連続していた。

「またアプリ…?」
「そう…良い感じだったはずなのにいつの間にか相手が退会してた…」
「ナマエちゃん…かわいそう…」

大佛がぽんぽんとナマエの頭を撫でる。忙しいなら恋人なんて作ってられないでしょ、とでも言われそうだが、このまま仕事漬けの生活を送っていたらもう一生恋人なんて出来ない気がする。恋、恋がしたい。出来ればまともなやつ。どうして殺し屋なんていう特殊な職業に就いてしまったんだろう。いや、純粋培養の殺し屋一族に生まれたナマエがこれ以外に就けそうな職業なんてなかったのだが。

「はぁ、世の中の人ってどこで出会ってるんだと思う?」
「ナマエちゃん、可愛いから大丈夫。今はきっと、運がないだけ」

およおよおよ、と嘘泣きをかまして大佛からの同情を全身に受ける。慰められないとやっていけない。事務室横の休憩スペースでそんなことをしていたら「大佛ぃ」と男の声が聞こえてきた。大佛のバディであり、同じORDERのメンバーでもある神々廻だ。

「おい大佛──ってミョウジもおんのかいな。こないなとこで何してんねん」
「神々廻さん、ナマエちゃんは傷ついてるの。優しくしなきゃだめ」
「ハァ?任務で下手こいたんか?」
「あっ!ちょっ!大佛ちゃんッ!」
「ナマエちゃん、マッチングしないの」

純粋な大佛がさらりと本当のことを言ってしまいそうになって、慌てて止めるも時すでに遅しだ。「マッチング?」とわけがわからないとばかりに神々廻が首をかしげて、すると大佛が「アプリ」とまるでクイズ番組の問いと正解のようなテンポの良さで開示されていしまった。

「ミョウジ、マッチングアプリしとんの?」
「…そうですよっ!悪かったですねっ!」
「コワ。なんも言ってへんやん」
「どうせ私はこの年までマトモな彼氏なんか出来たことないですよッ!」
「いや、知らんけど。てかマトモな彼氏出来たことないんやったら初カレがアプリで探した男でええんか?」

どうせ馬鹿にされるに違いないと被害妄想を膨らませて当たり散らせば、神々廻がわざとらしく怖がるふりをしたあとに真っ当な指摘をしてきた。初めての恋人をアプリで探すことに抵抗がないわけではない。信用性はそこそこ高まってきているとはいえ、変な男や業者が混ざっていないわけではないし、恋人を作るために探すのではなく、好きになった人と恋人になるというほうが理想であるに決まっている。

「……すまん、図星突いてもうたみたいやな」
「…謝らないでください。余計惨めになります」

ナマエの胸中を察した神々廻が謝ってきて、ナマエは大きくため息をついた。神々廻は同じORDERに所属する先輩であり、新人の頃はあれこれと教わった相手だった。だから自分が無様に泣き言を言っているところを見られるのはかなり恥ずかしい。

「あー、せや、あれはあれ。コロシル。あれやったら業界に理解ある人間ばっかりで探しやすいんちゃうの」

神々廻があからさまに気を遣ってそう言った。コロシルとは殺連の二次団体のIT企業が運営する業界関係者特化型マッチングサービスである。コロシルはなにも恋人探しのためだけではなく、規約の範囲内で依頼を出すことが出来たり、同じ趣味の友人を探すことも出来る総合マッチングサービスであり、その中に恋人を探す目的の人間も混ざっているという具合だった。

「……業界人じゃないと、難しいですよね…」
「業界人いやなん?」
「いやっていうか…なんか普通の恋愛してみたいなぁっていうか…」

こんなことを神々廻に言ってなんになるんだ。そう思い直し「やっぱりなんでもないです」と自分の言葉を打ち消した。大佛がナマエと神々廻の顔を交互に見て「…どっちもどっち」とこぼしていたが、その真意はわからないままだった。


なんだかんだとマッチングに成功し、一度会ってカフェで話をしていたもののなんだか上手く盛り上がらないまま解散した。いやむしろ盛り下がった。仕事を聞かれて馬鹿正直に殺連に勤めていると言ったからだ。職業欄にはサービス業と記載しているが、そもそも殺し屋がサービス業なのかはナマエも知らない。

「業界人…業界人かぁ…」

ポジティブに考えてみれば、全くの同業者ではなくて殺連の二次団体や三次団体など、前線から離れた業種の人間なら比較的一般人に近い感覚で恋愛が出来るのではないか。そうだ、完全な一般人でなくても良いじゃないか。多少はこちらの職業に理解のある相手のほうが上手くいくかもしれない。何事も前向きな方がいい。

「よし、コロシルやってみよ!」

ナマエは次の任務までの空き時間、思い立って休憩室でタプタプとスマホをいじっていた。登録作業をしてみてわかったが、コロシルは登録がかなり簡単なところが大きなメリットだった。殺連の個人ナンバーを入力すれば諸々の審査が不要なのだ。依頼のやり取りを含む側面があるから、殺連のシステムと多少連携があるのだろう。

「えー、これ地味に便利だなぁ」

その登録の簡単さに地味に驚きつつアプリの各ジャンルやらどういうマッチングを求めているやらの選別をあれこれしていると、ぬっと休憩室の入口に影が見えた。他でもないこのコロシルを勧めてきた神々廻だった。

「お、ミョウジ。空き時間か?」
「神々廻さん、お疲れ様です」

お疲れ、と相槌を打って神々廻がすぐそばの自販機の前に立ち、ブラックコーヒーを購入する。そのあともピッピッと操作を続けていて、2本目を買うのかな、と思っていたらこちらに向かってフルーツオレが差し出された。

「ん。ミョウジはいつもコレやろ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」

神々廻はカシュッと小さな音を立てながら缶コーヒーを開け、ナマエの隣に腰かける。人前でスマホをいじるのはなんだな、と思って、アプリを開いたまんまスマホを伏せ、フルーツオレのキャップを回して開けた。いただきます、と言ってから口をつける。

「んー、やっぱ殺連のフルーツオレ最高ですね」
「自分ほんまそれ好きやなぁ。オリジナルブランドなんやっけ」
「そうなんですよ。だから殺連以外では買えなくて」

ナマエのお気に入りのこのフルーツオレは殺連の関連企業のブランドのもので、殆ど外では見たことがない。殺連とか、その他関連施設の自動販売機でしか買えない代物だ。神々廻とバディを組んでいた時代によくおごってもらっていて、彼はそのことを未だに覚えてくれていたようだ。そうだ、せっかく勧めて貰ったのだし、コロシルに登録したことを報告しておこう。ナマエはフルーツオレのキャップを閉めてベンチに置き、スマホを手にする。

「神々廻さん神々廻さん、さっき登録したんですよ、これ」

そう言いながら液晶画面を彼に見せた。神々廻は少し眠たそうな目をジッと画面に向け、神々廻が「コロシルか」と言った。ナマエはそれに頷く。

「コロシル、神々廻さん登録したことあります?」
「いや、ないけど」
「すごいですよ、さすが殺連の二次団体がやってるだけあります。本人確認とか全部個人ナンバーの入力だけでいけちゃいました」
「ほお、そら便利やな」

神々廻がぐいっと画面を覗き込む。そのせいで自然とナマエとも距離が近くなって、思わずひゅっと息をのんだ。彼のあまり手入れの行き届いていない金髪がさらさらと目の前で揺れる。特徴的な左顎の傷を控えめに見ていたら、不意に顔を上げるものだから目がばっちり合ってしまった。

「なぁ、ミョウジ。もうマッチングしたん?」
「え?いや、さっき登録したばっかりなんでまだ何にも…」
「せやったらこれ、やっぱ退会してくれへん?」
「え?え…?」

なにかコロシルに問題でもあったのだろうか。いや、殺連の二次団体の開発しているものなのだからそれは考えづらいし、そもそも勧めてきたのは神々廻じゃないか。神々廻はスマホの画面を正面から掴み、そのままナマエに視線を移す。

「普通の恋愛したいんやろ?」
「は、はい…」
「別に同業者でも普通の恋愛したらええやん」

それは確かにそうだけれど、だからこその一般のアプリから妥協してのコロシルでないのか。まるで狙いを定められた獲物のように身体を硬直させることしかできなくて、神々廻の次の言葉を待つ。言葉より先に彼の手が動き。スマホを掴んだところからそのままナマエの手を包むように触れた。

「し、しば…さ…」
「俺やったら、あかん?」

彼の言いたいことの全てが繋がる。また少し距離を詰められて、ほのかにコーヒーの香りが漂った。

「え、え?し、神々廻さんがコロシル勧めてくれたのに…っ…」
「ナマエが彼氏欲しいって言うからコロシル勧めてみたけど、他の男とべたべたしてるとこ想像したら腹立ってもうてん」

彼の薄い唇が開閉して、それに見とれてしまったから言葉を理解するのが一拍二拍と遅れる。神々廻はスマホを掴んでいた手を離すと、そのままナマエのスマホに触って画面をスクロールして、なにやら数回操作を行った。それから小さく「ほれ、退会完了」と言って薄く笑う。

「あっ!ちょっと何勝手に…!」
「ええやん。俺と普通の恋愛しようや」

殺連の殺し屋の、しかもORDERなんていう殺し屋の最高峰の男と普通の恋愛なんて出来るもんか。そうは思っても、先ほど触れた指の熱さがじりじりと焼き付くように感じられて仕方がない。

「わ、私まだ返事してないのに…」
「そんな顔真っ赤にして、説得力ないで」

神々廻の左の口角が少し上がる。それに合わせて傷痕がぐいっと歪んだ。





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