Extra. Would you like any dessert?


休みの日には夏油の部屋に足を運ぶのが定番になった一月下旬、帰り際のマンションのエントランスで恋人から言われた言葉にガンッと頭を打たれた。具体的に言うと右側頭部を殴られたような感覚だ。

「えっ、お誕生日当日傑先輩来るんですか!?」
「あれ、悟から聞いてなかった?」
「ぜんっぜん!一ミリも!!」

五条とは昨日も高専の寮で顔を合わせた。言うならそのとき充分伝えられる時間はあったはずだ。うっかり忘れていた、という可能性もあるが、どちらかと言うと意図して言わなかったのではないかという疑惑が濃厚である。

「まぁ、仕事のついでもあるし、高専には近々行かなきゃいけなかったから」

今年の夏油の誕生日は日曜日。だからまったりのんびり二人でお祝いが出来る、と踏んでいたのにとんだ誤算だ。いや、彼の一人暮らしの部屋をこっそりと教えてもらってそこに入り浸り、自分の立場に胡坐をかいていたのだと言える。

「ナマエ?どうかした?」
「……拗ねてます」

気遣って覗き込む夏油に少しだけ可愛らしく誇張した声音でそう主張した。夏油は一度きょとんとした顔になったあと、ナマエの意図を汲み取ってにっこりと笑う。

「私と二人っきりが良かった?」
「そりゃあ、傑先輩と二人っきりの方がいいに決まってます」
「はは、決まってるんだ」

にまにまと笑う彼には自分の独占欲も丸わかりなわけだけれども、今更そんなことがバレたって恥ずかしくない。夏油がナマエの肩をちょんちょんとつつき、それにつられて振り返る。すると振り返ったすぐそばに彼の顔があって、何を言う間もなく唇を奪われた。

「す、傑先輩っ!ここ外っ!」
「キスくらいいいだろ?ナマエがあんまり可愛いこと言うからさ」

一枚も二枚も上手な彼にこうしてはぐらかされてしまうのはよくあることで、ナマエも結局はぐらかされてもいいかと思っているのだから、益々夏油の勝率が上がるばかりだった。


迎えた2月3日。夏油は昼前に高専を訪れ、まず仕事の話をしに夜蛾のもとへ向かった。フリーの呪術師としては駆け出しの彼への任務は今のところ高専の仲介頼みであり、今日も向こう三ヵ月程度の予定を組むらしい。
ナマエは五条や家入たちと一緒になって寮の談話室で夏油の誕生日パーティーの仕度に臨んでいた。

「なぁミョウジ、傑のマンションってどの辺?」
「五条先輩には絶対教えません!」
「なんでだよ、お前ばっかりずりーな」

つんっとした態度で突っぱねると、五条がチッと舌打ちをした。今日だって二人っきりで誕生日を過ごしたかったのに、先手を打たれてこんな事態になっているのだ。夏油とマンションの所在は内緒にすると約束しているし、これ以上お邪魔虫をされるような要素を自分で足すこともあるまい。

「俺、傑の親友なんだけど?」
「私、傑先輩の彼女ですから!」

バチバチバチと見えない火花が散る。憧れの先輩である五条にもこればっかりは譲れない。五条が「お前最近俺に塩すぎねぇ!?」と言ってきたが、それは否定のできない事実である。

「まぁまぁ、しょーもない言い争いしてんなって。主役様のご登場だよ」

家入が割って入り、やむなしとお互い火花を引っ込める。家入の言う通り夏油が準備をしている談話室に姿を現した。

「なぁ傑!そろそろ俺にもマンションの場所教えろって!」
「はは、嫌だね。悟、教えたら入り浸るだろ?」
「お前ら揃ってさー!!」

五条は随分ご立腹だが、夏油も積極的に内緒を守ってくれていて嬉しい。こればっかりはまだ五条には譲れない。五条が抗議の姿勢を崩さないでいると、誕生日のケーキを受け取って来てくれた灰原と七海が姿を現した。

「あっ!夏油さんお疲れ様です!!」
「やぁ、灰原、七海」

今日のバースデーケーキは五条御用達の銀座のパティスリーものだ。特に夏油がこだわっていたわけではなく、五条が「食べるならそこのがいい!」と言い張ったためだった。そういうわけで灰原と七海の二人がはるばる銀座まで足を伸ばした。

「あれ、そこって悟のお気に入りの店?」
「そうです!五条さんが絶対ここのじゃなきゃ嫌だって!!」
「だって食うなら美味い方がいいだろ?」

五条が悪びれもせずにそう言う。我が儘言うのなら自分で行けばいいのに、と思うも、灰原はあまり遣い走られたという被害者意識はないらしいが。ケーキの箱をテーブルの真ん中に置き、その他のラインナップはフライドチキンやスナック菓子など、まぁなんともパーティーらしいが夏油の好みを尊重している感じはない。完全に五条の好みで構成されている。

「傑先輩、何飲みますか?」
「うーん、じゃあコーラにしようかな」

夏油の飲み物を聞いていたら家入が「酒ないの?」と飲み物を物色していた。残念ながら本日はノンアルコールだ。取り出したケーキに大きいロウソクを一本と小さいロウソクを七本立てる。家入がポケットから取り出したライターで火を点け、七海がカーテンを閉めて部屋がぼんやり暗くなる。炎がゆっくり揺らめいた。

「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー」

誕生日にお馴染みの歌を全員で歌う。ディアの後が「夏油」「傑」「夏油さん」「傑先輩」と、統一していなかったせいで締まりがない。「ハッピバースデートゥーユー」の最後の声を待ってから夏油がロウソクの火を吹き消した。

「ありがとう。はは、なんか照れくさいな」
「傑先輩!おめでとうございます!」

夏油が珍しく恥ずかしそうに頬を掻き、七海がカーテンを開けることで少し赤くなった夏油の様子がうかがえる。あんまり恥ずかしがる姿を見せてくれないからこれはかなり貴重だ。
「はやくケーキ食おうぜ!」と五条が音頭をとって、ナマエがケーキを六等分に切り分ける。こっちの方が大きいじゃん!と五条がごねる。

「悟が大きいの食べていいよ」
「えっ!傑先輩の誕生日なのに…」
「フフ、私は特別なデザート貰う予定だから、ワイロってやつさ」

いつの間にそんな盟約を結んでいたのだろう。特別なデザートというのは五条の御用達のめちゃくちゃ美味しいスイーツかもしれない。本人がそう言うのならナマエが出張るのもおかしな話だし、盟約とやらに従って一番大きくなっているケーキの皿を五条に差し出した。

「傑、お前さぁ…」
「いいだろ?私、誕生日だし」

辟易とした顔を見せる五条に夏油はお得意の涼しい笑みを返した。二人には言葉の要らないコミュニケーションがあって、同性の大親友なのだから仕方がないとも思うも、やっぱり羨ましいと思う気持ちも大きい。
取り分けたケーキをそれぞれに配り終え、そこから飲めや食えやのパーティーが始まる。フライドチキンもホカホカでじわりと口の中に広がる脂が美味しい。去年は朝一番にマドレーヌを渡しに男子寮に行ったんだった。あの日は五条と家入と三人でパーティーをしたのだろうか。

「ナマエ、どうかしたかい?」
「え、あ、いえ…去年の誕生日はどうだったのかなーって考えてて」

パーティーの主役よりもはしゃぐ五条のおかげで二人はいい具合に置いてきぼりになっていた。黙りこくるナマエを気遣って夏油が声をかける。

「去年はナマエがほうじ茶のマドレーヌ持って来てくれたよね」
「はい。何を渡せばいいのか見当もつかなくって…」
「美味しかったよ。私のために選んでくれたっていうのが何より嬉しかったし」

あの時は夏油に告白をされていて、だけど返事を保留にしていて、なんだか微妙な関係だった。思えばあの時はすでに彼のことを好きだったと思うし、だからこそ相応しいプレゼントがわからなかったことに内心かなりへこんだのだ。

「去年はパーティーしたんですか?」
「ああ。悟と硝子がしてくれたよ」

過ぎたことを言ったって仕方ないが、去年もこうして一緒に祝えればよかった。なるべく顔に寂しさを出さないようにしながら「そうですか」と相槌を打つと、夏油がくすりと笑う。

「去年も一緒に祝いたかったって顔してる」
「……言わないようにしたのに…当てないでくださいよ」
「フフ、ナマエのことはなんでもわかりたいんだよ」

夏油がテーブルの下でナマエに手を伸ばす。こつんと指先がぶつかり、それから彼の手がナマエの手の形を確かめるように撫でてから指を絡めた。

「あっ!おいそこ!イチャつくなよ!」
「悟こそ邪魔するなよ」

二人の様子に気が付いた五条が野次を飛ばし、すかさずそれを夏油が打ち返す。そこから訳の分からない低レベルな言い争いが始まって、夏油がいたころよく見たのと同じ光景を懐かしく思った。


夕方になってパーティーはお開きになり、片付けもそこそこに夏油を見送ることになった。ぞろぞろと雁首を揃えて高専の門まで一緒に歩いていく。夏油の隣は五条で、悔しいけれどやっぱり彼の隣には五条がとてもお似合いのように見えた。所属する場所が変わったって二人は二人で最強なのだ。
見慣れた門の前に到着したところで夏油がナマエの腕を引き、抵抗する間もなく彼の隣に引き寄せられる。

「じゃあ、明日の朝には返すから」

夏油はにっこりと笑ってナマエの肩を抱き、誰も止めるような様子はない。「えっ!」と短音だけで状況が理解できていないことをアピールしてみたが、目の前の家入はぐっと親指を立てるだけだ。

「じゃあな、デザート」

そう言ったのは五条で、デザートって何ですか、と問おうにもその隙さえ与えてくれない。多少強引な力で夏油に肩を抱いたまま連れていかれ、何とか振り返ったらのん気に灰原が手を振っていた。そこではたと「特別なデザート貰う予定だから」と言った夏油の言葉を思い出す。

「す、傑先輩、もしかしてデザートって……」
「ああ、気付いた?誕生日の夜はナマエをひとり占めさせてくれってお願いしておいたんだ」

夏油は当たり前のように肯定する。何ともクサい言い回しで、だけどそれが似合ってしまうんだからずるいと思う。ナマエは肩の緊張をほどき、彼に歩調を合わせた。見上げる彼はいつも以上に上機嫌だ。

「去年より傑先輩のこと、詳しくなれましたかね?」
「もちろん。でも、もっともっと、私のことを知って欲しいな」
「もっと?」
「そう。私より詳しくなってよ」
「ふふ、無茶苦茶だ」

夏油が首を傾け、こつんと頭同士がぶつかる。彼の髪がさらりと揺れてナマエの頬をくすぐった。
さて、このあとは二人だけの秘密のマンションに行って、特別なデザートの役割を果たさなくては。この様子では朝帰りの不良になるだろうけど、言い訳はなんて用意をしておこうか。






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