子供だったね



※生理ネタ注意です。


女の子の日という表現はオブラートに包み過ぎだと思う。もっとえげつない名称にした方がいい。例えば血祭りとか。
私は生理が二回に一回びっくりするほど重く、それは左の卵巣があんまり上手に機能しないからだと診断された。とはいえ悪性のどうたらこうたらというわけではないので、痛み止めを活用しながら上手いことやり過ごす日々だ。

今日も研究室に籠って時間外労働。私は現場に出る術師ではなく、事前事後調査と構築術式による呪具のメンテナンスなどのバックアップ的な仕事が多い。繁忙期は現場の術師ほどじゃないがそこそこの時間外労働に追われることとなり、今日もそんなこんなでタブレットとにらめっこしていた。
最悪なのは、今日が二日目ということである。だいたい初日から四日くらいまで強い痛みが続くのだけど、二日目は特別だ。出血も多いしおなかも背中も痛いし元気な部分が何一つない。

「うっ…最悪だ…痛み止め切れてきたな…」

痛み止めを五時間に一回服用するのだが、だいたい四時間くらいで効き目が薄れて鈍痛が襲ってくる。冷えないようにおなかあっためて何とかやり過ごそうとしていたら、扉がガラッと無遠慮に開かれた。

「お疲れサマンサ―!はい、ナマエこれお土産ね」
「悟、お疲れ」
「もー超最悪だよ。現場クッソ田舎なの!しかも雑魚ばっかでさぁ、絶対僕が行く必要なかったって。じじいどもの嫌がらせだよまったく」

入るなりフルスロットルで話しかけてきたのは恋人の悟だ。相変わらずよく回るくちである。
悟は研究室の仮眠用のソファに腰かけ、引き続き「現場の補助監督の運転が下手くそだった」「呪霊の等級が一級以下だった」などと文句を続けている。私は相槌を打とうとして、ぐっと強くなる痛みに押し黙った。

「そんでさー…ナマエ?」
「え、あ、ごめん…聞いてるよ。大変だったね」

ろくに返事もできない私を悟が不審がり、じっとこちらを観察している。それからぴんと思いついたような顔になって、研究室の隣に併設されている給湯室にとことこ長い足で移動した。
しばらくでココアのいい匂いが漂ってきて、悟がマグカップをふたつ持って戻ってくる。

「ナマエ、おいで」

そう声をかけ、またソファに腰かけると私をそばに呼んだ。私はのろのろ立ち上がり、悟のほうに寄っていく。悟は目の前のテーブルにココアを置き、手を広げて私を迎えた。

「さとる」
「ん」

ぽすんと悟の腕の中に納まって、ぎゅうっと抱きつく。あったかさが気持ちよくてじくじくした痛みが少しずつ解けていくような気がした。
悟は私が生理の時にめちゃくちゃ優しくしてくれるけど、これは大人になってからのことで、学生時代は散々だった。あれはひどかったな、と思い出し、私は悟にばれないように少しだけ笑った。


高専の同級生は私を含めて四人。男女比は半々。男が圧倒的に多い呪術界において同性の同級生がいるのは幸運なことだったし、それがまた結構気が合う相手だったから、私は恵まれていたと思う。

「うー、しょーこー、だめだぁ」
「何、生理?」
「…うん」

生理の重い私は、周期も不安定で突然の痛みに教室でうずくまっていた。
硝子が私の背中を撫でてくれて、そのあったかさが気持ちいい。痛み止めも効きが悪いし、今日任務が入ってなくて本当に良かった。

「二日目?」
「うん。今回めちゃ重い」
「痛み止め効かない?」
「飲んだけどめちゃ効きが悪い…」

個人差はあれど、生理という理不尽に振り回される者同士しんどい時は家事を代わってあげたりなんかもする。でも硝子は私より生理が軽いから、実質私がよく硝子に甘えさせて貰っていた。こんなところで実家のありがたみを実感するとは思ってもなかった。
生理前から生理中はわけもなく泣きたくなったりイライラしたり、自分をコントロールすることができない。いつか大切なひとの子供を産みたいと思った時のための準備だとか小学校の保健体育で習ったけど、それならもっと大人になってから来いよと思う。
つまるところ高専生の私にとって生理とは無用の長物なのだ。
教室の戸が開いた。教室に現れるなんてだいたい誰が来たかは相場が決まっているわけで、私はそのまま机に突っ伏す。

「なに、ナマエ超グロッキーじゃん」

へらりとした調子で声がかけられる。五条だ。あー最悪。五条の対応する体力ない。私は五条の顔も見ないまま手だけを上げてシッシと追いやる。すると、五条は機嫌を損ねたように「なんだよそれ」と苛ついた声をかけてきた。

「いや、も、今日マジ無理だから、ほっといて」

のろのろと視線だけをあげる。むっと口をへの字にする五条の隣で夏油が「あ」と何か気づいたような顔をした。相変わらず察しのいいことである。二人そろって中々のクズだとは思うが、夏油のほうがモテる理由はこういうところにあると思う。

「ハァ?何だよ、風邪?」
「あーうん、それでいいや」

突っかかって来るのに対応するのも億劫で私が適当にそういなせば、五条はそれがもっと気に食わなかったようで「ア?」と低い声を出して私のことを間近で見下ろす。大男に見下ろされようが腹の痛みが良くなるわけでもなし、私は「なによ」と不機嫌さを隠すこともなく言い返した。

「ハッ! オマエ体調管理も出来ねぇのかよ、相変わらず雑魚いな」
「あーあー雑魚でいいよもう」
「つか任務あったらどうするつもりだったんだよ、オマエ」
「ないんだからいいじゃん」
「あったらどうするつもりだって言ってんだよ。足引っ張るつもりか?」

五条は私を言い負かそうと次々そんなことを言って、めちゃくちゃ腹立つけど言い返す方が疲れそうで私は「ああそう」「別に」なんてとりあえず出てくる言葉をそのままくちにした。五条の後ろで夏油が「おい悟」と五条を嗜めているが、嗜められて黙るんだったら初めからこんなことになってない。

「黙ってろよ傑。だってマジで任務だったらどうすんだよ。俺たちが代わってやるとかチョー迷惑じゃん」
「こら悟」

何だよ、それ。
私だってこんなふうになりたくてなってるわけじゃない。誰が好き好んで月イチでこんな目に遭いたいというのか。いくら体調管理してもどうしようもなくて、女に生まれたってだけでこんなにしんどい思いをしなくちゃいけない。
ふざけんな、何で五条にごちゃごちゃいわれなきゃいけないのよ、バカ。

「生理」
「は?」
「生理なの!今日二日目!なりたくてこんなふうになってるわけじゃない!」

私は我慢の限界とばかりに大声でそう言ってやった。五条は驚いてフリーズし、斜め後ろで夏油が「あちゃあ」とでもいうように頭を抱える。知るか。あんたの躾も悪いんでしょ。

「ばっ…!オマッ…!そんなこと大声で恥ずかしくないのかよ!」
「ハァ?生理の何が恥ずかしいのよ!こんだけ女が苦しい思い毎月してるから五条も生まれてこれたんでしょ!」
「そういう問題かよ!?」

生理が恥ずかしいとかどうせ中学生男子みたいな思考の五条だから女の子だけのものってことに勝手にそう思ってるんだろう。べつにそれは察せたけど今はもうどうでもいい。
私が噛みつかんばかりの勢いで言うもんだから、少しじりっと五条が後ずさる。すかさず夏油が後ろから顔を出した。

「あー、ごめんね、ナマエ。悟も悪気があったわけじゃないと思うんだけど…」
「悪気が無くても言っていいことと悪いことがあるでしょうが」
「あー、うん、その通りなんだけどさ…」

夏油がちろりと五条を見る。五条は驚いた表情から今度は何かいいことを思いついたと言わんばかりの顔になった。ちなみにこの場合のいいことというのが私にとっていいことでも何でもないのは聞かなくてもわかる。五条がにやにや笑った。

「そんなにセーリが嫌なら俺が十か月止めてやろーか?」

ぴきっと血管に力が入る。どこのエロ漫画で見たのか知らないが、クソみたいなことを言われて私の堪忍袋の緒がブチ切れた。もう我慢ならないと私は机を叩いて立ち上がり、バチンと五条に平手打ちをする。もちろん、五条の無限で届かなかったけど。

「死ね!」

そのままぽかんとする五条を置いて寮にずかずかと歩いていく。背後で夏油が「悟、アレはないよ」と注意する声が聞えてきた。ホントだよ、小学校からやり直せ。
付き合ってから知ったことだが、あの発言をした当時五条は童貞だったらしい。確かに童貞らしいクソ発言だったな、と、妙に納得したことをよく覚えている。


私は悟の足の間に座って、悟が後ろからぐるりと手を回す。丁度悟にもたれかかるような体勢はすっぽりと包まれているようで心地いい。

「悟、おなか、手ぇ当てて」
「こう?」
「ありがと。はぁ、あったかくて気持ちいい」

悟の大きな手が下腹に当てられると、じんわり人肌の温めていく感覚が痛みを緩和する。悟は私と違って体温が高いので、おなかよりも悟の手のほうがよっぽどあったかい。

「やっぱピル辞めるとつらい?」
「うん。学生時代の生理こんなんだったなぁって思い出すよ」
「あんとき毎回顔色ヤバかったもんね」

学生時代に全く理解のない態度だったあの悟が、今は生理前のPMSのみならず低用量ピルに関しても正しい知識を有しているのだから、ひとは変わるもんだ。
本格的に任務に出るようになってから、支障をきたさないように、何より自分のためにと私は低用量ピルで月経周期の管理と症状の緩和を始めた。そのピルを辞めたのは三ヵ月前。

「しんどいならまたピル飲みなよ」
「ううん。だってピル飲んでたら妊娠できないじゃん」
「そりゃそうだけどさ」

私はなんだかんだ長年付き合った悟と近く結婚することにした。
五条家のおじい様連中を黙らせるべく、既成事実を作ろうなんて強引に提案したのは私。元々子供は欲しいと思っていたし、いい機会だろうというちょっと駆け足の考え。

「子供なんか出来なくても僕がなんとかするのに」

悟は五条家の当主だ。
学生時代ならいざ知らず、すっかりワンマンになっている五条家で我を押し通すなんてわけもないことだと私もわかっている。子供が欲しいというのは半分以上私の我儘だった。
呪術師の家の嫁というのは、子供を産むことが絶対条件であり、かつ御三家ともなると術式を継いでいる男児を産むことが要求される。
好きなひととの子供が欲しい気持ちがもちろん大きいけれど、その中に嫁に入る身として責任を果たしたいという気持ちがないわけではなかった。

「だって子供欲しい」

私が拗ねたように言うと、悟が後ろからひょっこり顔を出し、頬にちょんとキスをする。
くすぐったい感覚に身じろぎすれば、今度は私の肩にひょっこり顎を乗せた。

「ま、ナマエとの子なら欲しいよ、僕も」

まさかあの時は「あの五条」とこんなふうになるなんて思ってもみなかった。
学生の中だったら年下だけど七海のほうがタイプだったし、ガキっぽい五条なんて絶対ないと思ってたのに。

「何考えてんの?」
「ん?昔は悟より七海のほうがタイプだったなぁって思って」
「は?それ初耳なんだけど」
「タイプっていっても好きだったわけじゃないよ」
「それでもムカつく」

悟がそう言ってぎゅうぎゅう抱きついてくる。悟は随分と丸くなって変わったけど、思い通りに行かないことがあるとこうしてすぐ拗ねるのは結構変わってないところかもしれない。

「タイプだから好きになったって言うよりタイプじゃないのに好きになったって言う方が説得力あっていいじゃん」
「えー。僕はずっとナマエ一筋なのに?」
「私だって浮気してるわけじゃないんだから」

拗ねる悟の頭をわっしわっしと撫でる。悟の髪は柔らかくて気持ちがいい。悟の腕の中が安心するって思ったのはいつからだっただろう。もう今では当たり前のようになっていて、その境界線を探すことは難しかった。

「ナマエ、あんま撫でないで」
「どうして?」

悟がそう言いだすから何で、と思って尋ねると、ハァと溜息をついた後に「えっちしたくなるじゃん」と返ってきた。誘ってるつもりはなかったけど、どうせ我慢させてしまうことになるのだからそれは悪いことをしてしまったと手を引っ込める。
すると悟の手が私の手を絡め取り、指先にちゅっと小さくキスをした。

「私今できないよ」
「わかってるよ。キスだけさせて」

私が首だけで振り返ると、悟の形のいい唇か啄ばむようにキスをする。その様子が可愛らしくて、今度は私から悟にキスをした。
約半年後、十か月止めてやる発言がまさか何年もの年月を経て実現されることを、あの日の自分に言ったらきっと物凄くびっくりするんだろう。


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