めざましく春




※直哉の過去を大いに捏造しています。


呪力量が多いだけで、術式はない。
女で、跳ねっ返りで、意地張って男に混ざって術師の真似事なんかするから体中傷だらけ。
誰がそんな女嫁にもろてくれるかっちゅー話で、あいつどうせ死ぬまで独身や。

「ナマエちゃん、およめのもらい手見つかれへんかったら、おれがもろたってもええで」
「直哉みたいながきんちょは嫌だなぁ」

まだ小学校に通うより前のほんの小さいころ、俺はナマエにそう言うて、ナマエは笑った。
笑われたのが悔しくて、脛に蹴りを入れてやったら、えらい声で「痛ぁ!」と叫ぶもんやから、ざまぁみろと舌を出してやった。


ガキの頃はお兄さん方にも相手にされんくらい弱かった俺の特訓相手は、もっぱらつま弾きモンのナマエやった。
5歳年上で術式も持っとらんかったけど、体術はそこそこセンスあったから練習相手には丁度良かった。

「ほら直哉、立って」
「立てるか…あほ…」

尤も、始めのころはずうっとコテンパンにされとったけど。

「直哉の術式は速さが肝なんだし、単純な殴る蹴るよりいなし方とか先に覚えた方がいいんじゃないの」
「うっさいわ。殴る蹴るでも兄さんらに負けとったら意味ないねん」
「直哉まだ小さいんだし、焦るほどでも無いと思うけどねぇ」

能天気なこの女は、いつも俺にそう言った。アホか。焦るに決まってるやろ。俺は当主の息子やけど、当主の息子なんて何人でもおんねん。そんな中で食い潰されへんように生きていくには、強ないと話にならへん。

「直哉の気が済むまで付き合うよ」

当然やろ。女が俺の前に立とうとすんな。俺が相手せぇって言うたら断るなんて許されへんに決まってんねん。
俺は差し出された傷だらけの手を、仕方なく掴んで立ち上がった。女のくせに俺より大きい手ぇしとって、ナマエは生意気やと思った。


しばらくすると、身体の成熟に伴って身についた体術がモノになり始め、俺はめきめきと強うなった。
ナマエは相変わらずのつま弾きもん。やって、女のくせに男と並んで術師になんかなろうとするからあかんねん。

「お前、こんなとこで何してんの?」
「見て分かんない?雑巾がけ」
「ああ、這いつくばって土下座の練習でもしてるんか思うたわ」

昔のように、訓練の相手にナマエを選ぶことはなくなった。性差もあったし、そもそも俺は術式持ってるし、ナマエはもう相手にならんようになっとった。
ナマエは術師としての訓練を妨げられるように雑用を押し付けられ、こうして屋敷の中をよう掃除しとった。

「直哉は仕事?それとも鍛錬?」
「はぁ?なんで教えなあかんの」
「いいよ、別に教えなくても。ただの雑談だから」

ナマエの態度は変わらへんかった。変わらへんのがめちゃくちゃ腹立った。
なんでやねん、俺こんな強なってんのに、なんでお前はいつまでたっても俺の姉貴みたいなツラすんねん。
むかついて近所に置いてあってバケツを蹴り倒して掃除を台無しにしてやった。
それでもナマエは「こら」と軽く言うばかりで、俺に怒ってくることは無かった。


15になったころから、婚約だなんだという話をようされるようになった。
女は別に顔がよくて出しゃばらんかったらそれでええ。もうこの頃俺はそこそこの実力を持っとったから、有力な家から選び放題やった。

「どうだ、直哉」
「あかん。どれもピンと来ぉへんわ」

父親に呼び出されて何かと思えば、見合い写真を見てみろとのお達しや。
積まれたお見合い写真を上から順に眺めてはぽいぽいと放っていく。
まぁまぁべっぴんさん、コッチはもうちょいべっぴんさん、これはそうべっぴんさんやないけどええ家の術式持ち。
あかんなぁ。なんとなくピンと来ぉへん。お、この子は一番べっぴんなんちゃう?

「まぁ今すぐ決めろとは言わんが、お前も今年で18だろう。先のことを視野に入れているなら考えておけ」
「先のことねぇ」

正直べつに俺が当主になれれば後のことは割とどうでもええねん。やって、俺が死んだら俺の人生そこで終わりやろ。
ぽいぽいぽい。不採用の烙印を押したお見合い写真が山のようや。
結局最後まで目ぇ通したけど、ピンと来る女はひとりもおれへんかった。


「あ、直哉」

道場に続く廊下を歩いていると、両腕を包帯だらけにしたナマエが隅っこにおった。
怪我しとんのはべつにそう珍しいことでもないけど、包帯までぐるぐる巻きにされとんのはちょっと珍しい。

「なんや、お前、また仕事でしくったんか」
「あー、うん、まぁ」

そうだよ、と一言で返ってくると思ったのに珍しい。これは嘘やな、とすぐに気ぃついた。
ナマエは嘘をつくとき、俺の目を見ぃひん。

「ほんまはどないしたん」
「や、その」
「言えや」

どん、と壁に手をついて逃げられないようにしてから問い詰める。俺に嘘つくとか許されへんやろ。
じぃっと逃がさんように見つめると、うろうろと視線を泳がせた後に観念したように俺に言うた。

「た、鍛錬で…お兄さん方に…」

は?なんでやられてんねん。こんなん絶対多一でボコられったに決まっとるやろ。ふざけんな。
俺が包帯の上から二の腕をぐっと掴むと「い、痛い…」と声を上げた。当たり前やろ、痛くしてんねんから。

「弱いのに術師なんかなろうとするからや、カス」

なんで俺以外に怪我なんかさせられてんねん。アホ。


ナマエに多一で手ぇ出しよった奴らを見つけて、全員締め上げたった。まぁお兄さん方言うとったし年上ばっかりやったけど呪術師なんて実力や。そんなもん関係あれへん。
まだ勝たれへん兄さんは何人かいてるけど、もうちょっとで俺が一番強くなる。そしたら誰も俺に文句言えへんようになる。そうなったらナマエやって、俺の言うこと聞くようになるやろ。
女が術師なんて、やらんでもええねん。

「ナマエどこにおる?」

ナマエを探して、俺は女中のひとりに声を掛けた。
屋敷の中を探しても、ナマエが見当たらない。居候している離れにも、道場にも、よう掃除させられとる縁側にも廊下にも。
女中は作業の手を止め、俺の前に三つ指をついて言った。

「ご当主様にお呼ばれになって、奥の間におります」
「はぁ?」

奥の間なんて、そこそこ真面目な話するときに呼び出される部屋や。なんでそんなとこにナマエが呼ばれとんの。

「お前は用件知っとるんか?」
「はい、縁談の話と漏れ聞きましたが」
「は?縁談?」

なんやねんそれ。俺ひとつも聞いてへんぞ。
誰があんな傷だらけの跳ねっ返り嫁にするとか言うてんねん。見る目なさすぎやろ、カス。
俺はどすどすと腹立たしいのを隠しもしない歩みで奥の間に向かう。この角を曲がれば目的地、という廊下で、恐らく奥の間から出てきただろうナマエと鉢合わせた。

「あれ、直哉?」
「…いくんか」
「え、なに?」

漏れ出た声は小さすぎてナマエに届かなくて、ナマエはぽかんと聞き返した。
もうそれさえもどかしくてムカつく。俺が言いたいことくらいわかれや。

「お前、嫁に行くんか」
「え、なんで知ってるの…?」

どうでもええやろ、とナマエの言葉を切り捨てれば、ナマエはちょっと驚いて、それから俺のほうを見て言った。

「そうだよ」

なんでやねん。お前嘘つくときは目ぇ逸らすやろ。なんでまっすぐ見とんねん。
ムカついてムカついて、やのに全然ええ言葉が浮かばへん。なんか言わな、ナマエはどこぞの知らん男のところに嫁ぐ。
べつにええやん。術式もない跳ねっ返りの女がひとり減ったところで、俺が困ることなんかひとつもないやろ。

「お前みたいな女を嫁に欲しいなんて奇特な家もあったもんやなぁ」
「…そうだね」

なんやねん、なんやねん。お前は俺のもんやろ。
俺に嘘つくなんて許されへん。俺が相手せぇって言うたら飽きるまで相手して、俺がやれって言うたことは文句言わんと全部やる。お前は俺のもんやろ。

「何しおらしくしとんねんカス」

俺は壁際にナマエを追い詰めて、両腕をついてどこにも逃がさへんようにした。
ナマエはびっくりして目ぇまん丸にして、俺はいつの間にかナマエを見下ろすほどの身長になっとったんやと気が付いた。
お前は女で、俺は男や。ずっとそんなん変わらへん。お前は俺のもんで、俺はお前を好きに出来んねん。昔からずっとそうやったやろ。

「お前は、俺のもんやろ…」

低く唸るみたいな声がして、自分にはこんな声が出るのだと初めて知った。
ナマエの手がそろりと動いて、俺の頬に触れると目の下のあたりを拭うようにする。

「直哉…泣いてるの…?」
「ハァ?泣いてへんわカス」

誰が泣くかボケ。
そう思うのに、胸元に引かれたナマエの指が濡れとって、言い訳が出来ひん。

「行くなや」

俺は壁柄についていた手を離し、力任せにナマエの肩を抱いた。
ガキのころあんなに何回も俺を負かしたナマエの肩はびっくりするほど薄くて、俺はこの細い肩にずっと触れたかったんやと理解した。
ナマエは腕の中で身じろぎをして、俺は離してなるものかともっと腕に力を込める。「痛い」とナマエが言った。

「直哉、私に出て行って欲しいんじゃないの?」
「あ?誰がいつそんなこと言うたんや」
「だってずっと私のこと気に入らないみたいな感じだったし」
「気に入らんに決まっとるやろ。お前みたいな男も立てへん跳ねっ返りの女なんか見てるだけでムカつくわ」

俺をこかして、負かして、ひょいって吹っ飛ばして。俺はその強さにムカつきながらも鍛えられとって。
やのにお前は俺が強くなってもひとつもこっちを振り返らん。
女はべっぴんさんで三歩後ろ歩いとったらええねん。勝手に俺の前歩いて行くなや。

「…やけど、誰かのもんになるんはもっと腹立つ」

ナマエの手が俺のシャツの襟元をぎゅっと掴む。
相変わらず傷だらけで、だけど俺よりひとまわりもふたまわりも小さい手やった。

「…直哉はわがままだなぁ」

顔は見えへんけど、声の柔らかさでどんな顔してるんかは簡単に想像がついた。
ちょっとだけ腕の力を緩めてやると、ナマエがぱっと顔を出した。目を合わせんのは嫌やったから、斜めに視線を逸らす。
するとナマエは俺を覗き込んで、結局目を合わせるようになってしまった。

「…しゃあないから、家には俺が話つけたる。感謝せぇよ」

それ私感謝するやつなの?と少し笑って、笑った顔を見るのは久しぶりだと言うことに気が付いた。
思い出の中のナマエより何倍も大人で綺麗で、俺はそんなにもずっとナマエ笑顔を見ていなかったらしい。

「ナマエは俺が貰うたるって言うたやろ」
「貰い手がなかったらじゃなかったの?」
「うっさいわ」

そんなん言わんでも分かれや。
コツン、とナマエのデコが俺の胸に当てられて、心音が聞かれてしまうんやないかと無意味に力んでしまって、そんなことなんの意味もあれへんのにと自業自得で恥ずかしくなった。

「直哉、久しぶりに名前呼んでくれたね」

名前ぐらいで何喜んでんねん。恥ずかしいやつ。
その恥ずかしいやつの名前もずっと呼ばれへんかったとか、ほんま笑えへん。
いつまでも余裕こいて姉貴ヅラ出来ると思うなよ、あほ。


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