かわいいひと


恋人の誕生日がもうすぐそこまで迫っていた。

「潔高の誕生日、何あげよう…」

それだというのに、私の準備は一切進んでいなかった。

「ナマエ、それずっと言ってない?」
「うっさい。こっちは真面目に考えてんの。黙っててくんない?」

人が真面目に悩んでるってのに、同期のこの男はわざわざ私の研究室まで来て長ぁいおみ足を伸ばし、高級チョコレートをバリボリ食べてる。チョコってそんな音する食べ物だった?

「五条、邪魔するならせめてなんかいい案出してよ」
「なんで僕が伊地知の誕生日プレゼントのことなんか考えてやんなきゃなんないわけぇ?」
「せめて役立てっつってんのよ。デカイ図体でただでさえ存在が邪魔なのよ」
「うっわ。ナマエ口悪ぅい。そんなんじゃ伊地知に嫌われちゃうゾ」

クソが。と思ってその辺に転がっていたボールペンをヒュンと投げる。もちろん無限に阻まれてあえなく撃沈した。

「つか伊地知ならナマエさんのくれるものならなんでも嬉しいですとか言いそうじゃん」
「言われたわよ」

それはもう去年使った手である。潔高と付き合い始めてはや5年。物欲のない潔高にプレゼントを考えるというのは、中々に難しいことだった。
付き合ってすぐの頃は財布とか、キーケースとかネクタイとか、よくあるプレゼントの類を一生懸命選んで渡した。もちろん潔高は喜んでくれたし、財布もキーケースもネクタイもきちんと使ってくれている。でもそれも誕生日クリスマスバレンタインが毎年来ると早々にネタ切れになった。
五条が言うことも間違いなくて、潔高は本当に私が選ぶものをなんでも嬉しそうに受け取ってくれる。

「だからこそ潔高が本当に欲しいもんあげたいんじゃん!」

そう、そうなのだ。
なんでも喜んでくれることはわかってる。だからこそ、潔高が本当に欲しいって思ってるものを探し当ててプレゼントしてあげたい。それが恋人というものだと思う。

「ホントに欲しいもんとか恋人ならわかって当然じゃない?」
「喧嘩なら買うけど」

私がそう睨むと、五条は「おぉコワ」と思ってもないのに怖がるふりをした。

「てか、伊地知ってオマエより僕のこと優先しそう」

かっちーん。あったまきた。人の邪魔しにきて勝手にくつろいでなんてこと言うんだこの男は。

「ハァ?吹いてろよ陰険目隠し野郎。潔高が恋人よりあんた優先するわけないでしょ!」

売り言葉に買い言葉。こうして私と五条はクソしょうもない成り行きにより「第一回チキチキ伊地知潔高返信ダービー」を開催するに至った。
ルールは簡単。同じタイミングで潔高にメッセージを送る。両方とも呼び出しの類の内容。
日時はもちろん一緒で、潔高はどちらかを選ばなきゃいけない仕組み。選ばれた方が栄えあるチャンピオンというわけである。

「いい?いくわよ…」
「ナマエこそ。覚悟しときなよ」

ゴクリ。生唾を飲む。
二人揃って独自で考えたメッセージを作成し、3、2、1、送信!

「あっ!ほら見なさいよ!私の方が先既読ついた!」
「既読先についたくらいではしゃぐなよ」
「なんだと!?」

私の方のディスプレイに先に既読の文字が表示され、程なくして五条の方も既読がついた。くっそ、負けらんない。
そう思っていたら、3分も経たないうちに潔高から返信がきた。
勝った!勝ったぞ!第一回チキチキ伊地知潔高返信ダービーの優勝者はこの私…!

「え?」

心の中でばっちりガッツポーズを決めて、ディスプレイに表示された返信の内容を見て愕然とする。

『すみません、明後日だと五条さんから呼び出されてしまっていて。その次の日の夜はどうですか?』

うっっっっそでしょ?は?ありえない。
愕然としながら隣を見ると「承知しました」のメッセージを掲げる五条が腹立たしいほどの笑顔でこちらを見下ろしている。

「いや、いやいやいや、ありえないから。マジ絶対ありえないから。ちょっと五条、なんてメッセージ送ったのよ、見せろ」
「はい、どーぞ」

私がそう詰めると、五条はあっさりスマホを渡した。なになに『明後日夜、今度の出張の件で確認あるから迎えに来て。遅れたらマジビンタ』

「あんたこれ反則でしょ!?」

五条が送ったのは、ビジネスメールとはかけ離れているが仕事の呼び出しの内容だった。
私は普通に会いたいって送っただけだったのに!姑息!

「いや、これ五条に負けたわけじゃないから。潔高が仕事優先しただけだから」
「でも実際伊地知は僕んとこ来るわけだ」

したり顔で五条が笑う。ムカつく。ああムカつく。
私はこのイライラを悟られないように努めて冷静に口を開いた。

「それはそうでしょ、仕事なんだから。社会人として当たり前。ていうかそういう潔高の真面目なところ好きだし?私は潔高に無理させたいわけじゃないし?だいたい私と潔高は定期的に会ってるんだからそんな?たかが一回仕事を理由に断られたくらいで?別になんとも思わないし?」
「本音は?」
「…めちゃくちゃ悔しい!」

悔しいに決まってんでしょ!この性悪男め!
そりゃ潔高のちゃんと仕事を優先するようなところは尊敬してるしとても良いところだと思う。でも五条に負けたってことを目の前で見せつけられると腹立たしいことこの上ない。

「伊地知って誕生日いつだっけ」
「…4月20日だけど」
「ふぅん」
「なに、五条。邪魔する気?」
「流石に僕もそんなにヒマじゃないって」

どうだか。この男の嫌がらせというものにかける情熱は凡人の予想をはるかに超えてくる節がある。これは当日まで油断できないな。
何としてでも良い感じのプレゼントを用意して潔高とのラブラブなバースデーパーティーを過ごしてやるんだから。


そう息まいていたのに、当日までの日々は目まぐるしく過ぎて行った。
主な原因は私の突発的な任務である。
私は術式と研究者という立場により、あまり高専を離れて任務に就くことはないのだけれど、珍しい呪物が見つかったとか人手不足だとかで現場にガンガン駆り出された。
潔高ともメッセージのやりとりは出来てもろくに会えもせず、あっという間に4月は20日間過ぎ去ってしまった。

潔高の誕生日の4月20日。快晴の春爛漫。
二十数年前、こんな日に潔高が生まれたのだと思うと、それだけで何か言い得ぬ感情が湧き上がり、意味もなく泣きそうになる。
そんな麗らかな今日も、潔高は仕事だった。
まぁ呪いに土日も年末年始も関係ないのだから、人の誕生日なんて知ったこっちゃないと言うことだろう。
腹が立つのは、今日潔高が補助ついている術師が五条という点だ。なんであいつがこんな大事な日に私より長く潔高と一緒にいんのよ。
私は潔高に朝イチでおめでとうメッセージを送り、今晩は潔高のおうちにお邪魔して夕飯を用意するから一緒に食べようという話になっている。

「食事オッケー、ケーキオッケー、プレゼント…」

ノットオッケー…。
結局私は、悩みに悩んだ結果迷走しまくり、しかも急な任務で時間を取られ、潔高のプレゼントを用意出来ないまま当日を迎えてしまった。
はぁ、馬鹿。私の馬鹿。
今からでもなんとか…いや流石に時間ない。でも潔高、どうせ五条に連れ回されんなら少なく見積もっても夜の10時は超えるだろう。充分時間はある…けどこんな時間に空いてる店で用意できるプレゼントってなんだ。差し入れじゃないんだから。
そうこう考えていると、かちゃん、と鍵の開く音がした。

「うそ!早くない?まだ7時じゃん!」

でも鍵開けて入ってくるなんて潔高本人か合鍵持ってる私しかいない。あたふたしていると潔高がリビングのドアをかちゃりと開けた。

「ただいま戻りました」
「お、お帰り!潔高!お疲れ様!」

潔高は仕事終わりの疲れた様子だけど、いつもよりかは軽減されているような気がする。五条と一緒だった日に珍しい。

「潔高、珍しいね。もっと遅くなるのかと思ってた」
「ああ、今日は五条さんが用事があるとかなんとかで早めに送って行ったんです」

五条が用事ぃ?そりゃなくないだろうけど、今日このタイミングで?
まさか私と潔高に気を遣ったとか?いやいやナイナイ。そんな気を遣える男のはずがない。

「ごちそうですね」
「うん。だって潔高の誕生日だもん」
「ナマエさんの手作りですか?」

い、一応…。不器用な私がお店のみたいにっていくら頑張っても、やっぱり見た目でバレるようなぁ。
そう思っていたら、潔高は「苦手なのに頑張ってくれたんですね。嬉しいです」と言って笑った。私は潔高の、ふにゃっとした笑い方が好きだ。
スーツ諸々を脱いで部屋着に着替えてくるだろう潔高を待つ間、私は仕上げに取り掛かる。今日はお魚料理なので白ワイン。潔高はお酒に強いわけじゃないけど、飲めないわけでもないから、二人で飲むときは良いお酒をちょことだけと決めている。

「すみません、お待たせしました」

数分で潔高が戻ってきたから「座って座って」とダイニングチェアに座ることを促す。
テーブルの上には白身魚のムニエル、カルパッチョ、新玉ねぎのサラダに春野菜のスープエトセトラ。不器用な私にも実現可能なメニューが並んでいる。

「いただきます」
「召し上がれ」

ワインとお魚料理のごちそうの日でも、ナイフとフォークとかは使わない。お箸のほうが食べやすいから。そういう気の抜けたところを共有できるのが心地いい。
今日の任務、最近の五条の無茶振り、それから新しく出来たらしいデートスポットの話。取り留めもない話をしながら食事は進む。
その間も、私の頭の中をチラついていたのは用意できてない潔高へのプレゼントのことだった。

「ナマエさん、どうかしたんですか。今日はちょっといつもと違うような…」
「えっ!いや、そんなこと…ないよ」

私は誤魔化すのが下手くそだから、図星を突かれてしまってはもう上手いこと言い逃れることができない。
もういっそ、潔高に言ってしまったほうがいいんじゃないか。だってここで黙ってたってプレゼントを召喚できるわけでも妙案が思いつくわけでもない。

「あの、実はね…プレゼント、何にも用意出来てないの」

私は思わず俯いた。こんなことなら、もう早い段階で潔高に欲しいものを聞くなり、無難に消耗品の類を用意するなりしておけばよかった。
そう思っても後の祭りだ。私は正直に、潔高の誕生日プレゼントを選びあぐね、その上任務が続いて無難なものも用意できなかったことを告白した。

「え、それを気にしてたんですか?」

別に構わないのに。と潔高が言った。多分そう言うだろうことも予想済みだ。
ハァ、と私が溜息をつくと、潔高は「じゃあ」と言って切り出す。

「ひとつだけ、わがままを言っていいですか」

珍しい。潔高がわがままなんて前置きして言うなんて。
そんなのいくらでも聞くに決まってる。
私は嬉々と身を乗り出して潔高の次の言葉を待った。

「なぁに?」

潔高は身を乗り出す私の手に、そっと自分の手を重ねてこちらをじっと見つめる。顔が真っ赤になってる。

「…今夜はナマエさんのこと、抱きしめて眠りたいです」

私の心臓がきゅんと音を立てた。そんなことお安い御用に決まってる。むしろこっちがお願いしたいくらい。
付き合って5年。大人の男女だしそれなりのことだってそりゃしてる。なのに潔高はこうやって、顔を真っ赤にしちゃうんだから可愛くって仕方ない。

「抱きしめるだけでいーの?」
「それは…」

潔高は言葉では言わずに、重ねた手にぎゅっと力を込めた。潔高の、口下手だけど態度で示してくれるようなところも大好きだよ。
私も同じ気持ちだと伝えるために、手をひっくり返すと潔高の手を握り返す。

「潔高、お誕生日おめでと」

生まれてきてくれて、ありがと。


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