京都発、東京行き


久しぶりの東京。俺は意気揚々と東京校に足を踏み入れた。
実に二ヶ月ぶりや。石段を登っていくと、物々しい雰囲気の門がバーンと出てくる。この辺のつくりは京都とあんまり変わらへん。

一級術師として高専を卒業して、所属は京都校。やから京都以西の任務を割り当てられることが多いし、東京校に出張なんてそうそうあらへん。
そりゃあ、可愛い後輩兼想い人に逢いに個人的に休み使うて東京まで足を運ぶこともあるけど、こう、経費でこれる東京ってのは格別やなと思う。
補助監督の事務室にまず顔を出そうと足を踏み入れると、見知った顔が何人分かあった。

「ご無沙汰してますー、ミョウジですー」
「あ、ミョウジさん、お疲れ様です。すみません、学長でしたらあと一時間くらいで会議からお戻りになると思いますので…」
「ホンマですか?ほんならちょっと外の空気吸って待ってますわ」

早々に出鼻を挫かれ、俺はしゃあなしに手土産だけ渡して事務室を出る。
応接なんか通されて仰々しくお茶出されてもかなわんしな。
そそくさと校舎を出て、適当に歩いていたらグラウンドにたどり着いた。おうおう、学生が三人で組手してるやんけ。

「あれっ、あの子が宿儺の器くんかぁ?」

ピンク髪の一年生。目の下に傷みたいな痕。体格がいい。元気。事前に聞いた印象そのものやなぁ。
思わずじぃっと見てたら気づかれて、隣のボブの女の子がこっちをめっちゃ睨んできた。
ひらっと手を振ってみると、三人で何事か相談したあと、ピンク髪の推定宿儺の器くんがひょこひょこ寄ってきた。

「あの、すんません、何か用っすか?」
「あー、君らにちゃうねん。夜蛾学長に用事で来てるんやけど、会議押しとるみたいで時間潰しとってん」
「お兄さん、京都校の人?」
「せやで。卒業はしとるけどな。京都高専所属のミョウジ」

そんな自己紹介をしているうちに、残りの二人もとことこと寄ってきた。
あ、男の子のほうは多分伏黒くんちゃうかな。五条さんとこの。

「君は宿儺の器くん?」

ピンク髪の学生にそう言うと、後ろの二人の雰囲気がぶわっと変わった。
あ、あかん。これはやってもうたな。

「ちゃうねんちゃうねん、殺気しまって!君らのことはコッチの補助監督に聞いたんやって!」

細かいことはようわからんけど、多分楽巌寺学長あたりがけしかけたんちゃうんか。あの人保守派やしな。
まだ厳しい視線のままやけど、殺気はなんとか納めてくれたらしい。東京の学生物騒やな。

「明ちゃんに聞いてん。君ら三人優秀な学生さんやって」
「明ちゃん?」

俺が明ちゃんの名前を出すと、三人は揃ってきょとんとした顔になる。ああ、そうか。

「新田明ちゃん。君らの任務について行ったって聞いたんやけど、覚えてへん?」
「アンタ、新田ちゃんの知り合い?」
「まぁそんなとこやね」

フルネームでやっと伝わって三人は聞き知った名前が出たことで警戒心を解いてくれたようで、女の子は俺にそう尋ねた。
京都やと新くんがおるから明ちゃんって呼びがちやけど、こっちやったら名字呼びで通じるもんなぁ。

「明ちゃん、今日おれへんの?」
「新田さんならさっき銀行回るって言って出て行くところ見かけましたけど…」

そう推定伏黒くんが言った。なるほど、夜蛾学長の話終わったら、タイミング良きゃ会えそうやな。

「君らは組手?」
「うっす。先輩たち任務なんで、俺たちだけっすけど」

なるほどなぁ。真依ちゃんのお姉ちゃんとか道理でおれへんわけや。
俺はスマホで時間を確認する。一時間で戻るって事は恐らく一時間半くらいかかるやろう。

「おっしゃ、俺も一緒に組手しよかな。偶数のほうが効率ええやろ」
「一緒にって…アンタ強いの?」

女の子がじとっとした目でこちらを見る。お、気が強くて結構結構。俺気ぃ強い子のほうが好きやし。

「一級。邪魔にはならへんと思うよ」


組手やってみてまず出た感想は「さすが五条さんの教え子やなぁ」や。
まず伏黒くん。噂では小さい頃から五条さんが担当みたいになって育てとったらしいけど、式神使いやのに体術もちゃんとしとる。まぁ体重軽そうやし威力とかは改善の余地ありやけど、その辺は体が完成してこればまた話は変わってくるやろう。
次に釘崎さん。一年の、しかも女の子とは思えへん動きのよさ。あと受身の上手さ。京都の学生は女の子でこんなに体術そのものが上手い子はおれへんような気ぃする。
最後に虎杖くん。この子やばいな。センスもええし、身体能力がバケモン級や。宿儺の影響でもあるんやろうかと尋ねたら、地でこの身体能力らしい。エグいな。
そんでこの子の体術も恐らく五条さん仕込みやろう。組み立てが上手いし、あと外したあとのフォローも見事や。

「いやー、君ら強いなぁ」
「いや、俺らミョウジさんにボロ負けなんだけど…」
「そりゃあ呪術なしの組手で学生さんに負けとったら一級術師剥奪やで」

いや、剥奪なんて制度あるんか知らんけど。
流石に呪術なしなら勝てるが、これに呪力上乗せされたり術式ありにしたマジバトルやったら正直わからへん。末恐ろしいな、三人とも。

「みんなちょっと休憩しようや。ジュース奢ったるから」

三人を引き連れて、一番近い自販機に向かった。
一番近い自販機は入り口付近で、こういう不便さは京都も東京変わらへんねんなぁ。
四人分のスポドリ買うて、キャップを開けてイッキ飲み。あー、生き返るわー。一年生三人もちゃあんとお礼言うたあと同じようにぐびぐび飲んだ。奢り甲斐あるなぁ。
時計を確認すると、もうすぐ一時間と少しが経過しそうなところだった。

「お、そろそろええ時間やな。夜蛾学長のとこ行ってくるわ。皆また組手しよなー」
「おう、ミョウジさんあざした!」
「ありがとうございました」
「ありがとね」

虎杖くん、伏黒くん、釘崎さん。みんな素直でええこやな。

「せや、明ちゃん見かけたら俺が探しとったって言うたって」


それから事務室のほうへ戻ると、しばらくで夜蛾学長が会議から戻って来た。おエラ方と話すんはさぞ神経使うやろうなぁと思う。俺なんか楽巌寺学長でさえ結構神経使うもんな。
京都校で預かった用件は主に定例の報告と呪物の引渡しでやったから、夜蛾学長との面談はものの10分程度で終わった。

「じゃあ自分はこれで失礼します」

学長室を出て、さてこれからどうするか。
明日は昼前から任務が入っているので、今日中に京都まで戻ればいい。とりあえず昼飯食いたいな、と思って視線を上げると、校舎の入り口に良く見知った顔があった。

「明ちゃん!」
「どうもッス」

いやぁ、今日も可愛らしいなぁ。

「待っとってくれたん?」
「釘崎さんたちにナマエ先輩が探してたって聞いたんスよ」
「あ、あの子らに会うたんや」

一年生ズはどうも俺のことを「胡散臭い京都校の一級術師が探していた」と伝えたらしい。嘘や、組手までしたやんけ。胡散臭いって言うたの絶対釘崎さんやろ。
ていうか明ちゃんもそれで俺やってわかったんかい。

「まぁええわ。明ちゃんメシ食った?まだやったら食べに行こうや」
「いいッスよ。伊地知さんに昼休憩とるって伝えてきます」

伊地知さん…伊地知さん…。あ、あの五条係のめっちゃデキる補助監督か。
噂でしか聞かない伊地知さんのイメージはぼんやりとしていて、うーん確かメガネやったと思うんやけどなぁ。と思いながら「校門で待ってるわ」と明ちゃんを見送った。
しばらくして、明ちゃんと校門で合流した。「お店紹介してや」と言ったら、どうやらあんかけ焼きそばが美味しい店に連れて行ってくれるらしい。
東京来ても小洒落たメシ屋行かへんとこが明ちゃんらしいなぁ。

明ちゃんおすすめのお店は東京校からそこそこで行けるめっちゃ町の定食屋という風情の古い店で、どうやら老夫婦で切り盛りしとるらしかった。二人であんかけ焼きそばが出てくるまでの間、ぽつぽつと最近のことを報告しあう。

「東京校の一年ヤバいな」
「釘崎さんたちッスか?」
「そうそう。組手しとったんやけど、皆上手いなぁ。末恐ろしいわ」

今日の組手のことを思い出しながら明ちゃんに言えば、「ナマエ先輩、相変わらず面倒見いいッスね」と言って笑った。

「明ちゃんのその話し方慣れへんわ。なんでそんな口調にしとるん?」
「関西弁抑えたいんスよ」

ええぇ。そんなことせんでもええのに。学生のころはもっとゴリゴリの関西弁やったやんか。

「新、最近どうッスか」
「結構いい線いってるんちゃうかなぁ。新くんは術式も面白いし、まぁ鍛え方次第で強なるで」
「ナマエ先輩が見てくれるなら安心ッスね」

明ちゃんの弟の新くんは、現在京都校の一年生である。
非術師の家系出身やし、本格的な訓練は始めたばっかりやからまだまだやとは思うけど、真っ直ぐやしいい子やし、俺は何かと構い倒している。
明ちゃんは術式を持っていない。見えるだけで、在学当時からずっと補助監督志望やった。新くんを心配して高専に入ったはずやけど、卒業後の勤務地は東京校。
だから今はこうして京都校に所属し続けている俺が、新くんの近況を伝えているというわけである。

「新くんとは最近話さへんの?」
「…最近ちょっとウザがられるんスよね…」
「ありゃ、思春期かねぇ」

明ちゃんの弟を心配する気持ちも解るけど、高専入っても未だ心配されどおしっていうのを少し煩わしく思う新くんの気持ちも解らんでもない。
男の子やし、姉ちゃんにずっと干渉されとるのはあんまり居心地よぉないやろな。
まぁ俺が差し支えない程度に新くんの話はしとるし、いい感じに明ちゃんも弟ばなれしてくれるとええねんけどなぁ。

「明ちゃん、京都戻って来たらええやん」
「いや、そりゃ新のこともありますし戻りたいッスけど…」
「京都におったら毎日明ちゃんの顔見れるのになぁ」

俺がそう言うたら、明ちゃんがあからさまに眉間にシワを寄せる。あらら、可愛い顔が台無しやで。いや、眉間にシワ寄っとっても可愛いけど。

「…ナマエ先輩、誰かれ構わずそういうこと言うのいい加減やめた方がいいんじゃないッスか?」

明ちゃんの言葉を聞いて、俺はカッと目を見開いた。うそやろ、明ちゃん、俺が誰にでもこんなこと言うてるって思っとったん?

「明ちゃん、俺が誰かれ構わずこんなこと言うてる思ってんの?」
「だって先輩昔からノリ軽いじゃないッスか」

いやいやいや、それは否定せぇへんけども。
俺はハァーと特大溜め息をついて、今日に至るまでの自分の素行と想い人の鈍さを呪った。たぶん三級呪霊のやつならくらい出せそうやで。

「あんなぁ明ちゃん、流石の俺でも休みの日ぃ使うてわざわざ東京足繁く通ったり、ノリだけですると思う?」
「ナマエ先輩ならやりかねないと」
「なんでやねん」

明ちゃんの中の俺の評価どうなってんねん。

「俺はずうっと明ちゃんに会いに来てんねんで」

俺がはっきりそれを口にすると、明ちゃんは「え」と言ってカチコチに固まった。
当たり前やろ。俺がいくらお人好しキャラやってるからって、わざわざ東京来てまで弟の近況報告なんかするか?
そんなんやったるにしてもメールでええやん。

「ホンマに気付いてへんかったん?」
「…ッスね」
「まぁええわ。ほんなら今日から意識したって。俺は明ちゃんに会いたくて2時間以上かけてなんべんも東京来てるんやってこと」

ここまで意識されてへんとは思ってへんかったけど、まぁ明ちゃんに俺のストレートな気持ちが伝わってへんことは折り込み済みや。
もうちょい雰囲気あるとこで言いたかったけど、こういうんは勢いも大事やし、シチュエーションについてはこれ以上贅沢は言われへん。

「え、ナマエ先輩ガチっスか?」
「おう、ぎったんぎたんのガッチガチやで」

へらっと笑えば、明ちゃんがぼっと顔を赤くする。ぴっしー動き止まってお人形さんみたいや。
そうこうしてるうちにあんかけ焼きそばをおばちゃんが運んできてくれたから「おーきに」と言って受け取った。おおきになんて普段使わへんけどな。都民に向けたサービスっちゅー話や。

「ほら明ちゃん、焼きそば冷めるで」

止まったまんまの明ちゃんにそういうと、もたもたした動きで箸に手を掛ける。
ヤンキーみたいやけど、この子ホンマにウブやもんなぁ。
可愛い後輩の焦る姿を眺めながら、俺はあんかけ焼きそばを大きな口で頬張った。
明ちゃん、それ箸逆になってんで。


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