ラブレター、フロム


夏油傑はモテる。それはもうムカつくくらい。

「夏油、あんた宛に預かったんだけど」

任務のついでに立ち寄らされた京都校で、帰り際学生から紙袋を預かった。夏油先輩に渡してもらえませんか。という口ぶりから、恐らく後輩であろうことは想像するに難くない。

「ああ、すまないね」

夏油はそう言って、いけしゃあしゃあと紙袋を受け取る。なんで私がこんなことをしなくちゃならないんだ、と思っても、断れない性格なんだから仕方がない。
こういうことは初めてではなかった。
夏油傑という男は、どうしてだかめちゃくちゃモテる。
いや、どうしてだかというのは語弊がある。術師の先輩後輩、補助監督、窓、果ては一般人まで。五条と並んでいると少し霞むが、確かに背も高くて顔も綺麗で、話してみれば紳士的で優しい。逆にこれでモテないなら誰がモテるというのか、という話だ。

「ちなみに誰から?」
「知らない。京都の後輩の子」

そう答えると、夏油は「うーん」と少し考えるような素振りをする。思い当たる節でもあるのだろうか。
私は夏油の同期というだけで、こうやって宅配便やらメッセンジャーやらとして頼まれごとをする機会が多い。
まぁ煙草吸ってる硝子は近寄り難いだろうし五条はもってのほかなので、人選として妥当な判断だとは思う。

「で、今回の中身は?」
「手作りっぽいクッキーと手紙だね」
「ふぅん」

興味の無いフリをしながら、内心では興味津々だ。
中身はどうでもいい。それを受け取る夏油の反応を、ちゃんと見ておきたい。

「ラブレター?」
「そうだね」

だって、万が一夏油が嬉しそうな顔したら嫌なんだもん。

「どうするの?」
「え、断るけど」

どうやって?と思って夏油のほうを見ると「手紙に連絡先書いてあるから」と答えが返ってきた。

「連絡するんだ」
「まぁ一応ね。断るにもきちんと言わなきゃ失礼だろ」

あーやだやだ。こういう真面目で真摯な態度がモテる要因なんだって。

「別に無視しちゃえばいいじゃん」
「そしたらナマエが渡してないと思われるからね」

夏油はそう言って、カコカコとケータイを操作し始めた。
私はその場に居辛くなってしまって「飲み物買いに行ってくる」とだけ言い、席を立った。


はぁ、と私は溜め息をついて自販機までの道中、高専の中を歩く。
結局あの京都の後輩からのラブレターは断るようだけど、いつ夏油の気を引くような女の子が現れるのかと思うと気が気じゃない。
夏油がそんなにモテると知ったのは、比較的最近のことだった。
大体五条と二人で並んでいると、あの馬鹿みたいに良い顔で女の子は五条に目を引かれる。けれど隣に立つ夏油が劣るなんてことは絶対評価の中ではあり得ないことなので、関われば関わるほど、女の子は夏油に惹かれていく傾向がある。

「お、ナマエじゃん」
「あ、五条。任務上がり?」

お疲れ、と言って道中遭遇した同級生に挨拶をする。今日は五条が単独で近場の任務に出ていた。
じっと私の方を見ると、五条がニヤッと笑う。嫌な予感しかしない。

「なに、傑またどっかの女から告られた?」
「なんであんたが知ってんの…」
「ナマエが死ぬほど嫌そうな顔してるから」

私はその言葉を聞いて、思わず自分の顔にばっと両手を当てる。うそうそうそ、そんなにわかりやすかった!?

「オマエ、傑が告られるといつもつまんなそーな顔してるよ」
「マジ?」
「マジ」

はぁ、マジか…。私は大きく溜め息をついた。
この言い方だと、この男は私が夏油に気があることなんてお見通しのようだ。

「…ジュース1本でどう?」
「いや、2本」

どこまでも足元を見る気か!と思いながら、2本で口止めが済むなら安いものだと私は渋々了承した。
自販機まで移動して、買わされたのは炭酸飲料2本。おなか膨れそうだな。

「イチイチそんな顔するくらいならオマエも告ればいいじゃん」
「はぁ!?そんなこと出来るわけないでしょ!」
「うっせ…」

私が五条の言葉に思わずめちゃめちゃな大声で返すと、キーンと響いたようで五条が咄嗟に耳を塞いだ。ごめんて。

「無理だよ、断られてこれから気まずくなったら最悪じゃん。生きていけない」
「大げさだな」

大げさなもんか。普通の高校とかならいざ知らず、私たちはたった4人っきりの同級生なのだ。せっかくいい距離感の友人になれたというのに、告白なんかして気まずくなったら困る。

「じゃあナマエは知らない女に傑取られてもいいんだな?」
「えっ!だめ!絶対イヤ!!」
「なら告っとけって。マジでそのうちどっかの女に取られても知らねーぞ」

うっ、五条の癖に正論…。
確かに、今までは告白されたら断っているようだけど、それだっていつまでそのつもりかなんてわからない。もしかしたらもう好きな子がいたりして、それで断っているのかもしれない。
どっちにしろ、黙って見ててもきっと彼女が出来たら死ぬほど落ち込む。

五条にきっちり2本奢らされた私は、もんもんと考えながら寮室へ戻った。
入学した頃はそう多くなかったけれど、夏油への仲介を頼まれる頻度は初めのころよりだいぶ増えたように思う。
このままずっとこれを続けるというのもしんどいし、いっそフラれてしまうほうがラクに慣れるのでは?いやいやいや、それはないか。

「でもなぁ」

けど、やっぱり黙って見ていたって、行動を起こしたって、フラれることには変わりないな。
いっそきっちりフラれてしまった方が気持ちよく次の恋に向き合えるかもしれない。
私はすっかりマイナス思考を振り切った変なプラス思考になって、引き出しからレターセットを取り出した。

「げ、とう、へ」

好きだという気持ちを、全部ここに閉じ込めてしまおう。


翌日。私は教室に夏油がひとりであることを確認してから、さりげなさを装って近づく。
夏油は自分の席に座っていたので、私はその前に椅子を引っ張り出して腰掛けた。

「夏油、これ」

そう言って手紙を差し出すと、夏油は少し驚いた顔をしてから「誰から?」と尋ねた。
ああ、そうか。夏油にとって、私が手紙書くだなんて、少しも考えに無いのだ。
拍子抜けしてしまったのと、突きつけられた事実に打ちのめされて、フラれたあとはどうしようなんて思っていたのはすっかり頭の中から消えてしまった。

「…知らない子。あんま可愛くなかったよ」
「…へぇ」

少し間を置いた相槌のあと、夏油は私からの手紙を受け取る。
何ともない顔で封筒の裏を確認し、差出人の名前を探そうとした。そんなの書いてないのに。

「夏油、めっちゃモテるよね」
「悟のほうがよっぽどナンパされてるだろう?」

そうじゃなくって。
ナンパなら確かに悟のほうが断然多い。あの顔だし。黙っていれば美形だし。
夏油には、本気の女の子が多いからイヤなんだ。見た目とかじゃなくて、夏油の優しさとか真面目さとか、そういうところをちゃんと見て好きになってるような子。

「まぁでも、実際好きじゃない相手から好意を向けられるっていうのも中々厄介なものさ」
「え、どういうこと?」

珍しく夏油が言及しだして、私は思わず話の続きを求めた。
すると夏油はまるで解説をするかのような丁寧さで私に説明を続ける。

「業界の人間だったら今後も付き合いはあるだろうから後腐れなく上手に断らなきゃいけないし、そうじゃなくても拗れて下手に呪いなんか発生されても面倒だろ?」
「確かに…」
「その気も無いのに変に気を持たせるのもいけないしね。それを毎度上手くやるっていうのは中々骨が折れるんだ」

モテる人間にはそんな悩みがあるのか、と私は妙なところに関心をしてしまった。
夏油はそれからにんまりと笑い、机の上に適当に遊ばせていた私の手にそっと触れると、するすると指を這わせて絡めていく。

「え、げ、夏油…?」
「それはあくまで好きじゃない相手から好意を向けられた時の話」

手紙は所在無さげにもう片方の夏油の手によって表と裏とひっくり返されて弄ばれている。
あんまり急に夏油に触れられて、私の頭はパンク寸前だった。どういう意図で、こんな。

「で、ここからは好きな子に好意を向けられた時の話になるんだけど、先にこの手紙の相手を聞いておこうかなと思って」

あ、これはばれてる、とすぐに理解をした。
私は火が出るほど顔が熱くなって、絡め取られた手を引こうとしたけど、夏油の力が強すぎてびくともしなかった。

「…どこでわかったの?」
「差出人を、あんまり可愛くなかったって言ったところ」
「なんで?」
「だって、ナマエが告白してきた女の子を悪く言うこと今までなかったからね、すぐにわかったよ」

私がもう逃げないことを確信したのか、夏油の指は緩められ、代わりに指先を動かしてするりと何度も私の指の間をさする。
まるで擦り合わされた部分から侵食されて、溶け出してしまいそうだと思った。そんなことあるわけないのに。

「このラブレターの返事だけど」
「ラブレターとは限らないじゃない」
「そうなの?」

いや、ラブレターなんだけどさ。
何もかも見透かされていたのが全部恥ずかしくって、逃げたいのに夏油はそれを許してくれない。
私の顔はいつの間にか下へ下へと落ちていて、じっと繋がれた指を見つめていた。

「私も、ナマエが好きだよ」

じんわりとかけられた優しい声音に、私はそろりと視線をあげる。夏油はにんまりではなくてふんわり笑っていて、その切れ長の目がもっとすうっと細められた。
心臓がどくどく鳴って、どうしよう、嘘だ。そんな。

「嘘だ」
「本当だよ」

夏油が私のことを好きだと言ってくれるなんて信じられない。思わず否定するような言葉を投げれば、即座に本当だと返されて、私はもうなんて言えばいいのか分からなくなってしまった。

「好きな子にいつも他の女の子のラブレターやらプレゼントやら渡されるの、結構複雑だったんだよね」

「そうなの?」と言えば「そりゃそうさ」と返事が返ってきた。
複雑だったって、そんな顔ひとつもしたことないくせに。

「今までは好きな子がいるからって断ってたんだけど、これからは彼女がいるからって断れるようになるね」

ふっと夏油がみたこともないくらい優しい顔をするから、私の瞳はそれに釘付けになってしまう。
夏油はモテる。ムカつくくらい。きっと付き合ったって夏油への告白がなくなるわけではないし、私はイチイチそれにやきもきするだろう。
だからこうやって、特別優しい顔を見せてくれるのは、これから先も私にだけだと良いなと思う。

「ラブレター、読んでいいかい?」
「…やだ。恥ずかしい」

私がやだって言ったって、どうせ読むくせに。
夏油のそういう、ちょっとだけ意地悪なところも好きなのは、いわゆる惚れた弱みというやつなのだろう。
私の返事を聞いたくせに、やっぱり夏油は遠慮なく、手紙の封に手を掛けた。


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