異類恋愛致しましょう


「ねぇー漏瑚、一緒におやつ食べよー」

私は陀艮の生得領域の中のビーチでビーチチェアに寝転がりながらマシュマロを食べていた。
今日は夏油と真人が出てしまっていて、ここには漏瑚と花御と陀艮と私の4人だけ。4人?1人と3体?まぁどっちでもいいや。
花御と陀艮は波打ち際で遊んでいる。陀艮可愛いなぁ。

「貴様焼き殺すぞ」
「ふふっ、それは出来ないでしょ。夏油の前で縛りを結んだじゃない」

漏瑚たちが夏油と手を組むと決めたとき、私を含む数名の呪詛師と漏瑚たちは、お互い損なわないという縛りを設けた。
私は、隣で大きい目を細めながら水平線を眺めている漏瑚の顔を盗み見る。

「うぅん、でも漏瑚の呪力で焼いてくれるなら、それもアリかも」
「ぬかせ」
「あ、嘘だと思ったでしょ?」

心外だなー。と言って私は口先を尖らせる。
あ、陀艮が風船みたいに膨らんでる。可愛い。

「私、ほんとうに漏瑚のことが好きなんだよ、信じてないでしょ」
「そんな突拍子もない話信じられるか」

私は、漏瑚が好きだ。


私は呪詛師である。
高専でのお勉強はしたことがない。父も母も呪詛師で、人を殺して得たお金で育ち、人を殺すことで自分もお金を得る生粋の呪詛師。
映画とかならアサシンとか呼ばれてちょっとかっこいいのに、現実はそうはいかない。呪術師、主に高専から派遣される人たちにまま追われる日々である。

そんな私に転機が訪れたのは、今年の1月のことだった。
ゲトウと名乗る男が、呪詛師を集めていると噂で聞いた。
フリーランスの呪詛師の私は、丁度このとき次の宛てを探していて、これは面白そうだ、と接触を試みたのだった。

「あなたがゲトウ?」
「おや、客人かな」

廃墟の中、気配を殺して近づいた私に少しの驚きもなくゲトウは言った。

「夏油というのは外側の名前でね。私はちょっと彼の身体を拝借してるんだ」

暗がりの中私に向き合って、ゲトウは言った。
真っ黒な服を着ているから、闇に溶けてしまいそうだった。

「じゃあ、なんて呼べばいい?」
「夏油で構わないよ。これも数ある名前のうちのひとつだ」

夏油でいいんじゃん。何、いまのやりとり。
あからさまに嫌そうな顔をする私に、夏油は喉だけで笑って、一歩、また一歩と私に近づく。
丁度月明かりの照らす場所へ足を踏み入れたとき、その顔がひらりと光を受けた。
あっ、と思った。
私はこの男の顔を知っている。

「ちなみに、志望動機は?」
「うーん、じゃあ、復讐にしとこうかな」

突然始まった面接に、私はこてんと首を傾け、宙を見ながら答えた。
復讐?と目の前の男が言って、私はその額の縫い目を数える。

「私、夏油に父親殺されたみたい」

10年前、私の父は高専の術師に殺された。
その時の夏油とこの夏油の中身が一緒なのかは知る由もないが、復讐が志望動機なんて映画みたいでかっこいいでしょ。

「それだと私の敵ってことになるんだけどね」
「あ、そっか。じゃあやっぱり今のナシ」

間抜けなやりとりのあと、結局「次の雇い主がいないので食うに困っています」という率直でとろい理由を述べ、私は無事面接試験に合格したのだった。


私は元々呪霊が好きだ。
だって人間と違って呪霊は裏表がないもの。
裏しかないの。それはもう表しかないのと同じでしょ。
夏油はあんまり呪霊のことが好きではないみたいだけど、別に夏油の目的なんてどうでもいいので私には関係のないことだ。

「貴様は気味が悪いな」

呪霊たちが手を組むと決めて数日後の拠点の中で、漏瑚が私を見下ろして言った言葉。
私はソファで寛いでいて、出し抜けに漏瑚がそんなことを言ったのだ。
脈絡もない言葉に私は目をぱちくりとさせ、漏瑚の顔をじっと見た。大きな瞳に私の姿が映っている。

「人間はみな嘘を塗り固めた愚かしく浅はかなものだが、貴様は読めん。それが殊更気色悪い」
「漏瑚、私に興味があるの?」
「ぬかせ。そんなわけがあるか」

漏瑚はそう言ったけれど、本能しかない呪霊がこんなことを言うなんて、興味があるとしか思えない。

「あは、漏瑚かわいい」

漏瑚は大地の呪霊である。強大な力を持ち、術師にその存在を知られる前から自我を芽生えさせ、来たるときを待ちながらひっそり隠れていた。
そんな、ともすると神様みたいな存在が、私のことを気にしているなんておかしくって、私はその日からとりわけ漏瑚に興味を持つようになった。


燦燦と日が差しているけれど、これは陀艮の生得領域のものなので紫外線は含まれていない。
だから日焼けもシミそばかすの心配もいらない。実にありがたいパラダイスだ。
私はまたマシュマロをひとつ口の中に放り込んで、もきゅもきゅと噛みながら隣の漏瑚へ視線をやった。

「漏瑚のね、強いところが好きよ。あと、案外仲間に優しいところ。頭だけになっても死なないところ。それから大きな一つ目も魅力的だし、すべすべした青い肌も好き」

私は漏瑚の好ましいというところをいくつか並べたて、そろりと手を伸ばす。
青く節くれだった指の一本一本を、きちんと確かめるようになぞった。

「気色悪い、離せ」
「えぇ…漏瑚の意地悪ぅ」

予想通り指はすぐに振り払われてしまって、私は拗ねるように抗議をする。
やれやれしかたがない。漏瑚に払われた手をそのままマシュマロの袋に突っ込み、新しいのをひとつ取り出す。あ、そうだ。

「漏瑚、マシュマロは焼いて食べると美味しいのよ」

そう言って、私は木の枝にマシュマロを指してそろりと漏瑚の頭の上に持っていく。
じろりと大きい目が私を見た。

「貴様…何をしている…」
「えっ、漏瑚で焼きマシュマロ作ろうと思って」

私がへらへらそう言うと、案の定漏瑚は怒って、頭の火山から勢いよく火が吹きだす。あ、マシュマロいいかんじ。
私は漏瑚のありあまる火力からマシュマロを避難させると、ひょいっとビーチチェアを飛び降りて駆け出す。

「こら!待たんか!貴様!」
「貴様じゃないよ!ナマエ!」

私を追いかけてくる漏瑚にそう言って、浜の砂を蹴り上げながら進む。
漏瑚、速いから本気出されたらすぐ追いかけっこが終わってしまう。
ちらりと波打ち際をみると、花御と陀艮がこちらを見ていたのでひらひら手を振る。陀艮はぶぅ、と返事をして、花御は手を振り返してくれた。

「余所見とはいい度胸だな」
「あっ!」

その隙に漏瑚が私に追いついて、足払いをされて敢え無く砂浜に転倒する。
マシュマロは…無事だ。よかった。

「もう、漏瑚。マシュマロ落ちちゃうじゃない。ダメだよ、食べ物を粗末にしちゃ」

私が頬を膨らませてそう言うと、漏瑚は左手の親指と人差し指でがしっと私の頬を掴む。私はすかさず木の枝を伸ばし、マシュマロを漏瑚の口に突っ込んだ。

「んぐぅ!貴様…!」

へへ、隙ありだ。
こんがり焼かれてとろとろになったマシュマロはすっぽりと漏瑚の口の中に納まった。反射的にもぐもぐと食べてしまって、漏瑚はしばらくでごくんと飲み込む。
別にそんなに嫌なら吐き出せばいいのに、律儀に食べちゃうところがお人よしで大好き。ん?お人よし?お呪いよし?

「…美味いな」
「でしょ?」

漏瑚はそう言うと、私の頬から手をどけて「まだあるのか」と聞いた。
そう来なくっちゃ。

「まだいっぱいあるよ、花御と陀艮にも食べさせてあげようよ」

「ふん」と鼻を鳴らして、漏瑚は元きた道を戻っていく。
これは「いいよ」であると私は勝手に解釈をしている。
私はその背中を追いかけて、半歩後ろを歩いた。少し先の波打ち際で、花御と陀艮はまだ水遊びを楽しんでいる。

「本当に、気色悪いな、貴様は」
「貴様じゃなくてナマエだってば」
「誰が呼ぶか、馬鹿者」

ちぇー。と、拗ねてみたが、漏瑚にこれが効かないのはもう流石にわかっている。
ぶぅ、と陀艮の声が聞こえ「一緒におやつ食べよー!」と声をかけたら、ぶぅぶぅと少し嬉しそうな声になって返ってきた。

「ねぇ、漏瑚。私がこれから、うんとあなたを愛してあげる」
「いらん。人間の愛など反吐が出る」

あら残念。
覗き込んだ漏瑚の顔はこれでもかと言うほど歪んでいて、私はおかしくって笑ってしまった。
それが気に入らなかったらしく、漏瑚が大きな舌打ちをする。

「あ、じゃあさ、呪霊同士ならいいってこと?」
「呪いは愛など持たんぞ」

まぁそりゃあ、そうなんだけど。

「でも私、呪霊になっても漏瑚を好きでいる自信あるよ」

呪術師でも、まぁ私の場合呪詛師だけども、本人が死後呪いに転ずれば呪霊になることができる。
私の呪いってどんな姿かたちになるのかな。
手や足は残るのかしら。それとも無くなって芋虫みたいな形?それとも顔がなくなって、のっぺらぼうになってしまうかしら。
ふふ、ちょっと楽しみになってきちゃった。

「死んだら呪いになって、漏瑚のこと助けに行ってあげる」

例えば超強敵に遭遇して火力勝負なんかになっちゃって、私が颯爽と現れて漏瑚に助太刀するわけ。
漏瑚はきっと大きな目をぱちぱちさせて、私の愛を見届けてくれるのよ。

「ふん、貴様で助けになるわけがあるか」
「ふふ、漏瑚は愛され慣れてないのね」

漏瑚の手の甲にちょこんと触れる。小指同士をそろりと絡めたら、今度は振り払われなかった。
そうだ。目も鼻も口もいらないけれど、手は一本だけでも残っているといいなぁ。だって私、呪霊になってもこうして漏瑚と手を繋ぎたいもの。

「愛されなれてないのは、貴様も同じだろう」

漏瑚が小さくそう言った。私はぽかんと馬鹿みたいな顔をしてしまって、その瞬間繋がれていた小指が離れてしまう。

「鈍間め、何をしておるナマエ」

え!え!!うそ!

「漏瑚!いま名前…!」
「知らん。口が滑っただけだ」
「口が滑ったってことは言ったってことだよね!」
「ええい、鬱陶しい!離れんか!」

漏瑚を引き止めるように抱きつくと、すぐに怒って頭の火山から火を噴出した。

「あ!噴火は待って!マシュマロの用意出来てないよ!」

漏瑚はもう一回盛大に火柱を上げて、すたすたと歩いていってしまった。
自分の呪力でマシュマロを焼くなんて奇想天外な光景を真人に目撃された漏瑚がまた怒り狂うのは、この20分のちのことである。


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