好みのタイプかきくけこ




※アニメじゅじゅさんぽネタです。


「パンダ、聞きたいんだけど」
「なんだよ、藪から棒に」

休日だというのに、俺は教室に篭ってパンダと顔を突き合わせていた。

「俺ってさ、こときれてないよな」
「まぁ、生きてるな」
「ケチじゃないか?」
「違うと思うけど」
「臭くない?」
「あくまでパンダ基準でもよければな」
「金欠じゃない?」
「それもあくまでパンダ基準だけどな」
「甲斐性ある?」
「それは…どうだろうな…」

俺はガーン、と打ちひしがれた後、教室の床に膝をついた。
そこか…そこか…。
甲斐性、それ即ち、かいがいしい性質。けなげな性質。物事を立派にやりとげていく能力。
ていうかパンダ基準じゃなくて呪骸基準だろ。

「だから一体なんなんだよ、急に」

パンダは心底迷惑そうな顔をして、いやパンダに表情があんのかって話なんだけど、まあとにかく顔を最大限に歪めた。

「野薔薇の好みなんだよ」
「はぁ?」
「だから!野薔薇の男の好みなんだよ!!」

野薔薇、つまり釘崎野薔薇とは、高専一年の俺の想い人である。
この前の交流会で葵のよくわからん「どんな女がタイプだ」大喜利の流れでまさかの女子の好みを聞く機会が出来てしまった。
ちなみに真希は「少なくとも私より強い」だそうだが、そんなやつ片手で数えられるくらいしかいないと言ったらマジの正拳突きを食らった。死んだかと思った。

「ナマエ、オマエ野薔薇のことまだ諦めてなかったのかぁ?」
「あったりまえだろ!あんなに俺の好みにぴったりな子探したってそうそういるもんか!」


野薔薇に会ったのは、この前生き返った虎杖がまだ死んでいた頃だ。
三年の停学により一年を交流会に引きずり出そうぜ、と言う話になったらしく、組手に合流すると恵ではない見知らぬ女の子が混ざっていた。

「あれ、真希、あの子一年?」
「ナマエ昨日任務だったな。そうだよ、ボンクラ三年の代わりに引きずり出してやんだ」
「へぇ。うっわ、パンダ容赦ねぇー」

ひょいっとパンダによって女の子は投げ飛ばされ、受け身もそこそこにずざざと芝の上へ転がる。

「あ、ミョウジ先輩」
「お、恵。お前も今から合流?」
「そうです」

背後から恵が現れ、じゃあ二人で組んでやるか、という話しになった。
パンダ組とある程度の距離を取って組手を始め、数分。背後からパンダの「ナマエすまん」という声が聞こえてきた。

「なに、がぁ!?」

振り返ると、投げ飛ばされた女子が俺に向かって一直線に落ちてきていた。
パンダの馬鹿、と思いながらなんとか女子を受け止めたものの、体勢を崩した俺は敢え無く女子を受け止めたまま後方に転んだ。

「いってぇ…あ、大丈夫だった?」
「大丈夫なわけないでしょ!?あのパンダァ!!」

充分大丈夫そうな様子で、女子は俺の上から立ち上がると一目散にパンダのほうへ戻っていった。

「あの、ミョウジ先輩大丈夫ですか?」
「め、恵…」
「はい?」
「あの子、名前は?」
「釘崎野薔薇ですけど」

野薔薇ちゃん、そうか、野薔薇ちゃんっていうのか。
俺は立ち去った彼女の背中をじっと眺める。俺はこの瞬間にずががーんと雷に打たれ、あっという間に野薔薇に恋をしてしまった。

「ミョウジ先輩?」


真希にどうしてだか懐いているという野薔薇をどうにかゴリ押しして連絡先を交換した。
メッセージを送ると二日後くらいに返ってくる。

「ナマエ、そういうの世間じゃ脈なしって言うんだぜ」
「はぁ?パンダに人間の恋の機微がわかるかよ!」
「いや、逆にパンダでもわかるっつーの」

俺は野薔薇に一目ぼれをした。まず単純に顔が可愛い。いままで芸能界にスカウトされてない理由がわからん。
次に気が強い。ほんわかした子も可愛いとは思うが、俺は断然気の強い派だ。
それから東京に来た理由も好きだ。田舎が嫌で東京に住みたいって理由で命張ってるのめちゃくちゃ健気。

「一個目二個目はわかるんだが、三個目が完全にイカれたナマエの趣味ってかんじだよな」
「よせやい」
「褒めてはいないぞ」

他にも仲間思いなところとか、可愛いものが好きなところとか、まぁいろいろあるけれど、そんなものはすべて後付けのような気もする。
問題は、片思いを始めてもうすぐ二ヶ月、まだ野薔薇とのデートの約束を一度も取り付けられていないということだ。

「なぁ、どうやったら野薔薇のことデートに誘えると思う?」
「生まれ変わって真希になる」
「はいパンダくん座布団一枚」

こうして、これといった突破口も見つからないまま教室でぐだる。今日は真希と棘のペアで任務のため、俺とパンダはお留守番だ。
はぁ、どうしたもんかねぇ。と窓の外を眺めていると、廊下からぱたぱたと足音が聞こえてきた。

「あ、いた。ちょっとミョウジ、顔貸しなさいよ」
「えっ、野薔薇!?」
「このカフェ、カップル限定メニューがあんの。今日までなのよ」

野薔薇はさくさくと二年の教室に足を踏み入れると、そのままスマホの画面をずいっと俺に見せる。
そこには女子の好きそうなおしゃれな外観のカフェの写真が載っていた。

「じゃあパンダ先輩、この人借りてくわね」

背後でパンダが「おー」とだけ言い、俺に親指を立てた。
うそだろ、こんなラッキーなことある?二ヶ月取り付く島もなかった野薔薇が俺をデートに誘ってくれるなんて!
まあ野薔薇にとっちゃデートでもなんでもないんだろうが、今はそれでもなんでも良い。


私服に着替えた後、俺たちは高専を出て電車に乗り、お目当てのカフェのある渋谷までがたごとと揺られる。
ドアに背を預けてる野薔薇の正面に立ち、その長い睫毛をじっと見つめた。化粧もそりゃああるんだろうけど、野薔薇はやっぱり可愛い。

「何よ」
「いや、野薔薇は可愛いなって思ってた」
「当然でしょ?」

野薔薇はすいすいスマホをいじってまた何やら情報収集をしているらしい。途中「ここどう思う?」とか「この色とこの色どっちが可愛いと思う?」と質問を投げられたので素直に返していると、まぁ考えておいてやるわ、と返ってきた。
渋谷の駅を下りた俺たちは公園通り口から出て北上する。野薔薇は6月から東京に来たばかりだけど人混みを歩くのが上手い。まぁ、何度か道は間違えてるみたいだけど。

「あった、ここよ」

しばらくして、スマホで見たのと同じ外観のカフェにたどり着いた。
白いレンガ調の外壁で、植物が中にも外にも沢山ディスプレイされている。ドアを開けるとカランと小さい音がして店員さんの「いらっしゃいませ」と言う声が聞こえた。
通りから一列内側の二人掛けの席に通されて、野薔薇と向かい合って座る。食堂でもこんなふうに向かい合うことあんまりないなぁ。

「あ、あった。カップル限定メニュー」

メニューの一番裏、野薔薇のお目当てであるカップル限定メニューが写真付きで載っている。ハートの形をしたココア生地のパンケーキに生クリームとかフルーツソースとか、まぁ女子の好きそうなものがバッチリ乗っているプレートだった。
通りがった店員さんを呼びとめ、野薔薇が「このカップル限定メニューひとつください」とオーダーをする。
カップル限定メニュー。良い響きだ。

「えっと、ドリンクはカフェラテと…何にする?」
「野薔薇の好きなので良いよ」
「ん。じゃあカフェラテとブラックで」

そう言って、野薔薇はメニューを店員さんに渡した。
野薔薇、ブラックなんて飲めたか?

「野薔薇、ブラック好きなの?」
「違うけど。あんた、いつも自販機でブラックばっかり買ってるでしょ」

まじか。野薔薇、俺がブラック買ってるの覚えてたのか。
意外なことを覚えられていて、むず痒くほかほかした気持ちになる。野薔薇はよくわがままぶった振る舞いをするが、本当はそんなタチじゃなく、優しくて周りを良く見ることが出来る性格だと俺は思っている。
しばらくでプレートが運ばれてきて、野薔薇は早速撮影を開始する。斜めから撮ったり真上から撮ったり、様々な角度からそのデザートプレートを写真に納めていく。

「お待たせ。さ、食べましょ」

思いのほか短い時間で撮影会は終わり、フォークとナイフを手に取った野薔薇に倣う。

「写真、もういいの?」
「料理が冷めちゃったら台無しでしょ」

なるほど。パンケーキとは、あつあつの生地と冷たいアイスクリームの調和を楽しむものらしい。
それぞれの皿に取り分け、ふっくらとした生地にナイフを入れる。メープルシロップのじゅっという音が聞こえた。

「美味しい!見た目も可愛いけど、やっぱりこのカフェは間違いないのよね」
「前も来たことあるの?」
「まぁね。この前は暇してた虎杖連れてきたのよ」

悠仁。まぁ、そうか、同級生だしな。うん、まぁ…。悠仁いいやつだし。

「あいつは全然ダメ。甘いもののセンスがないわ」
「そうなの?」

野薔薇の一言で、モヤモヤした気持ちが少し晴れる。嫉妬なんてかっこ悪いが、悠仁はいいやつだし、根明だし、身体も鍛えてるし、男の俺から見ても充分カッコいい。ので、二人でカフェに来たなんて話を聞けば当然気にする。
野薔薇はそのあとも同級生の話や真希の話を続け、パンケーキのプレートを少しずつ崩していった。
しばらく食べ進めれば、パンケーキはすっかりなくなってしまった。はぁ。野薔薇とのデートもこれで終わりか。

「ミョウジ、このあと予定あるの?」
「いや、ないけど」
「じゃあちょっと買い物寄っていくから付き合いなさいよ」

マジで?まさかの延長戦?
俺はテーブルの下でバレないようにこっそりガッツポーズをした。「行くわよ」と野薔薇にかけられた声でハッと我に返り、俺もいそいそとジャケットを着る。
俺が伝票を持って立ち上がると、野薔薇がじとりと下から睨む。ちょっと、言って俺の腕を掴み、小さい声で言った。

「仲間内で奢りとか嫌いなんだけど」

あ、野薔薇らしい。まぁでも、そこは同級生たちと一緒にされては困る。

「仲間内じゃないって。俺が野薔薇のこと好きだからご馳走したいの」

野薔薇を押して会計を済ませて店を出ると、野薔薇のお目当てのショップがあるというほうへ向かって歩く。
女子の買い物は長いと噂に聞くが、比較対象が真希しかいないからピンとこない。ちなみに真希の買い物は俺と同じくらい速い。

「また誘ってあげてもいいわよ」
「マジ?」
「…あんたと一緒にいるの、悪くはないわ」
「えっ、ごめん、車の音で聞こえなかった」

ボリュームの下がった野薔薇の声を通りがかった車が掻き消してしまった。
聞き返そうとすると、野薔薇はむっとした顔をして口ごもる。

「…荷物持ちに丁度良いって言ったのよ!」

ぷんっと顔を逸らし、野薔薇は先に歩いていく。俺は見失わないようにすぐに追いかけ、その凛とした背中を見つめた。
上等だ。荷物持ちから彼氏まで、なんとしてでも出世してやる。


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