テーラーメイド


私の職業は、仕立屋である。
いわゆる町の仕立屋とはちょっと違う。私の家は代々呪術高専のお抱えのテーラーなのだ。

私は納品分を抱えて高専を訪れていた。春からの一年生の学生さんの分と、二年生の新しいカスタムの制服と、それから数人の術師さんのリピート品。
任務でよく破れたり汚れたりするため、注文頻度はかなり高い。私は一応呪いが視認できるので窓をやらせてもらっているが、戦闘能力は全くない。
自分の仕立てた服がいとも簡単に破れていくのは悲しいけれど、術師の皆さんは命がけで戦っているのだから、これくらいどうってことない。と、思うようになった。

「あ、ナマエちゃん」
「こんにちは、お世話になってます」

補助監督さんたちのいる部屋へ向かう途中、五条さんに遭遇した。五条さんはうちの店を贔屓にしてくれる術師さんのひとりだ。スタイルが良くてかっこいいけれど普段は包帯をぐるぐる巻きにしているちょっと変わったひと。
学生さんの制服はすべてうちが受け持っているけれど、それ以外の術師の皆さんはこの限りではない。自分で用意するひと、他のテーラーを利用するひと、うちの店を引き続き利用してくれるひと、様々だ。
五条さんのように贔屓してくれるお客様がいることは大変ありがたい。

「納品?」
「はい。新一年生の伏黒くんのものと、狗巻くんのと真希ちゃんのもありますよ」
「ああ、恵の制服もう出来たんだ」

五条さんは先生をしているので、生徒さんの分の納品があると伝えると、少しうきうきした様子だった。
五条さんは優しいひとだから、きっと良い先生なんだろうな。

「そうだ、僕も仕事着新しくしようと思っててさ、お願いしたいんだけど」
「もちろんです。どんな風になさいますか?」
「丈を短くしようと思っててさぁ。こんくらい」

そう言って、五条さんは両手で希望の丈の長さを指した。
今は膝の少し上まである長い丈のジャケットにしているが、それを腰ほどの長さまで短くしたいという。

「午後から工房にいる?」
「はい、その予定ですけど…丈の長さだけならわざわざ来ていただかなくても、いただいてる寸法でお作りできますよ?」

五条さんは忙しい。それに何度も採寸しているから、そんな簡単な変更ならわざわざ工房まで足を運んでもらわなくても、着丈だけ測らせてもらえば充分だ。

「最近ちょっとサイズ変わったからさ、採寸やり直してほしいんだよね」

ああ、そういう。
確かに、術師のみなさんは成人してからも肉体を鍛え上げ、特に首回りや胸回りなどがサイズアップすることもままある。
サイズが変わったと自覚があるなら、今のものはきつく感じていることだろう。

「承知しました。では、午後から工房でお待ちしてますね」

五条さんと別れて、私はまた補助監督さんたちのいる部屋に向けて歩き出す。
部屋をノックすると、扉を開けてくれたのは伊地知さんだった。

「お世話になってます、納品に伺いました」
「ミョウジさん、いつもありがとうございます」

ああ、伊地知さん今日も顔色悪いなぁ。補助監督さんは術師さんに負けず劣らず激務と聞く。
パーテーションで区切られた簡易応接でそれぞれの収められた箱を置き、ひとつひとつ納品書とつき合わせて確認をしてもらう。

「間違いなく頂戴します。ミョウジさんは早くて助かります。いつも無理ばかり言ってすみません」
「とんでもないです。こちらこそご贔屓にしていただいてありがとうございます。」

毎回してる会話を挨拶の代わりかのようにかわす。
それから伊地知さんはちょっと遠慮したような様子でA4の紙を差し出した。

「それで、あの、すみません、また発注をお願いしたいんですが…」
「ありがとうございます」

受け取った発注書にざっと目を通していく。あ、女の子の学生服がある。
ほとんどリピートの注文だなぁ、とリストを眺めていたけれど、五条さんから先ほどもらった件はさすがに含まれていなかった。

「あの、伊地知さん。ついさっき五条さんから採寸と新規発注を口頭で貰ったんですが、それは私費か公費か、どちらで対応すればいいでしょうか」
「えっ、採寸もですか?」
「はい。サイズが変わったからと仰ってました」

私費、つまり自腹なのか、公費で計上して経費で落とすのか、だ。
採寸も、というところに伊地知さんも少し引っ掛かったらしく、サイズが変わったから、とそのままのことを伝えたら何故だか苦笑された。

「その発注の件はこちらで一度確認しておきます。公費の場合の正式な発注書はメールでも大丈夫ですか?」
「はい。構いません」

それから受領印をもらって、パーテーションの向こうにいる顔見知りの補助監督さん数名に挨拶をして私は高専をあとにした。
運がいいと贔屓にしてくれている術師さんや学生さんに会えたりするけど、今日は五条さんにしか会えなかった。


私は納品の帰りにスーパーに寄って戻ると、早速今日貰った発注書にしっかり目を通す。なるほど、どうやら今年はもう一人新一年生がいるらしい。女の子だ。
上は詰襟で下はスカートか。ふんふん。昼食用のサンドウィッチを頬張りながら製作手順を思い浮かべる。
そうこうしているうちに時計の針は午後二時を指そうとしていた。
五条さんが「午後から」と言う時は二時から三時の間をさすことが多い。初めはきっちり時間を指定していたものだが、忙しい五条さんはスケジュールが押すことも多く、まぁ私の仕事はよっぽど自由が効くから、と申し出てラフな約束を交わす方向に切り替えた。
ピンポン。ちょうどインターホンが鳴って、おそらく五条さんが到着しただろうことが知らされる。

「はい、今出ます」

扉を開けるとやっぱり五条さんで「やぁ」と気安い態度で片手を挙げた。
さっきまでは仕事着だったけれど、私服に着替えてきたようだ。包帯の目隠しじゃなくてサングラス。これからオフなんだろうか。オフは貴重らしいのに、それなら悪いことしちゃったな。

「すみません、もしかして午後からオフでしたか?」
「うん、まぁそうだけど、オフの方が都合が良くってさ」

このあとどこかに出掛けるってことだろうか。それなら尚のこと手早く採寸を済ましてしまおう。
私はポケットからメジャーを取り出し、ピンと張った。

「早速ですけど、採寸させていただきますね」

採寸などを行う部屋は工房の出入り口のすぐ近くにある。
壁一面に見本の布やボタンが並び、それから男性用と女性用のトルソーを置いている。
これはお客様に見せられる用のちょっといいやつで、作業場で実際使っているトルソーはもっとくたびれているやつだ。

「じゃあ、よろしくね」
「失礼します」

メジャーを使い、まずは肩幅から順に。左肩の先から第七頸椎を通り、右の肩先まで。うん、変わらない。成人男性だし、前回の採寸から一年も経っていないから変動はなかった。
となると、やっぱり鍛えたとかでバストかな?

「…あれ?」

どこも変わってない?
私は前回の採寸表と見合わせてその数字を確認する。やっぱり変わってない。肩幅も、身幅も、袖丈も襟周りも。誤差程度の違いはあるが、本当に誤差だ。

「バレちゃった?」
「…五条さん、全くサイズ変わってないって分かってたんですね?」

うん。と悪びれる様子もなく頷いた。なんでまたこんな、わざわざ工房まで来て。
メジャーをひとまとめにして一歩下がれば、その距離を埋めるように五条さんが一歩前に出た。

「ナマエちゃんをデートに誘いたくてさ。君、ガード硬いから高専で誘っても絶対応じてくれないと思って」

デート?私を?
言われた言葉にぽかんとした顔しか出来ないでいると、五条さんがメジャーを持っていた私の手を握った。

「上野の美術館で今ナマエちゃんの好きそうな展示やってるんだけど、一緒に行かない?」

五条さんは空いている手にどこからともなく取り出したチケットを二枚持っていて、そこには先日から始まったイギリス王家の服飾をテーマにした特別展のタイトルが印字されている。

「え、え、なんで私なんかとデートに?ごめんなさい、本当に意図がわからないんですけど…」
「…マジで言ってる?」

こくこくと頷くと、五条さんが大きくため息をついた。
だって五条さんは凄い術師だ。私は術師ではないから細かいことはわからないけど、特級なんて等級のひと、五条さんと乙骨くんしか見たことがない。それだけ優秀で、優しくて性格が良くて、おまけにかっこよくてスタイルも良くて、とどめにお金まで持ってるなんてひとが私をデートに誘う理由なんて想像もできない。
本番の下見にしてももっと適任がいるだろう。

「ナマエちゃんを口説くためだよ。僕はぶっちゃけイギリス王家のファッションなんて微塵も興味ないけど、ナマエちゃんの喜ぶ顔が見たくていそいそ前売り券買ったわけ。健気でしょ?」
「…五条さん、私のこと好きなんですか?」
「えっ、この流れでその質問する?」

五条さんなんていう私とは月とすっぽんみたいな人が言うこんな言葉に少しも現実味がなくて、私がちょっと間抜けに聞き返すと、五条さんはまたため息をついた。
なんだか申し訳ない。

「まぁいいや。絶対口説き落としてみせるから、覚悟しておいてね」

繋いだままの手をひかれ、そのまま工房から連れ出されそうになったので、せめて出掛ける準備をさせて欲しいと主張すると「僕のためにお洒落してくれんの?」と五条さんがひどく愉快そうに笑った。
優しくて性格が良い、の部分に関しては、見識を改める必要がある気がする。

「美術館のあとは繊維街でも行こうか。ナマエちゃんが楽しくなれるなら、どこにだって連れて行ってあげるよ」

デートコースっぽくないけど。と言って今度は子供みたいな顔で笑った。
結局この現実味のないひとに一ヶ月で口説き落とされてしまうことになるとは、想像もしていなかった。
嘘。工房で手を握られた時から、私の気持ちが五条さんに奪われることなんて、本当は気付いていたのだと思う。


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