ライフ・イズ・ビューティフル




※灰原を全力で捏造しています。


私たちの代は、全員非術師の家系出身だった。
私は小学生のときに巻き込まれた事件で自分の術式を自覚し、見えるものとしての生き方を学ぶべく高専に入学した。七海くんも同じようなものだ。
もう一人の同級生、灰原くんだけがちょっと変わっていて、人の役に立ちたいとか自分の力で貢献したいとか、そういうちゃんとした目標みたいなものを持っていた。
私は同期の中で一番の劣等生で、二人にはいつも迷惑をかけてばっかりだった。

「ミョウジ、大丈夫?」

校舎のすみっこで泣いていると、決まって声を掛けにきてくれるのは灰原くんだった。

「は…灰原くん…」

灰原くんはいつも、蹲る私の隣でぽんぽんと背中をたたいてくれた。
呪霊から非術師を救えなかった日は、余計に落ち込んだ。きつい任務のあとは二人で泣いたりもした。最後は七海くんが迎えに来てくれて、私たちは三人揃ってご飯を食べた。

「ミョウジ、きつくない?術師、やっていけそう?」

一年生の夏の終わり、灰原くんが自販機の前でそう声を掛けてきた。
例年より長かった繁忙期がやっと終わって、任務と授業が半々になってきたころだった。
忙殺される任務の中より、こういうふと時間が空いた時のほうがいろいろなことを考えてしまうもので、丁度昨日も補助監督志望への転向の話で先生に意見を聞きに行ったところだった。

「正直今はきつい…けど、私にできることがあるなら、精一杯やりたいって思う、から」

まだ諦めたくない。そういうと、灰原くんは「そっか」と言って私の頭を撫でた。
補助監督に転向するとか、あといっそ高専を辞めてしまうとか、そういう話も何度も考えたし、話を聞きにも行ったけれど、私は灰原くんと七海くんと同じ場所に立っていたくて、術師を諦めることが出来なかった。
生き方を学ぶために入学したはずだったのに、私はすっかり灰原くんに感化されていた。

「…ミョウジのことは、僕が守るから!」

笑わなきゃ、と下手くそな作り笑いをすると、灰原くんが私の両肩をがっちり掴んで真っ直ぐな目で言った。
その目があんまりにも真っ直ぐだから、私はどうしてだかほわほわした気持ちになって、気がついたら笑っていた。ああ、私、灰原くんが好きだなぁ。

「灰原くん、優しいね」
「誰にでもじゃないよ」

そうだろうか。灰原くんは誰にでも優しいと思う。
道を歩けば車道側を歩いてくれるし、重い荷物は持ってくれる。美味しいお菓子は三人で分けようって言うし、上手いこと七海くんと先輩たちの緩衝材にもなってくれる。
妹さんがいると聞いたことがあるけれど、本当になんというか、お兄ちゃんが板についているんだと思う。
そんなことを考えていたら、灰原くんは言い淀んだ続きを言葉にした。

「ミョウジだから」
「えっ…?」
「僕、ミョウジが好きだ」

うそ、灰原くんが、私を?
どきどき心臓は鳴るのに、頭の中は真っ白だ。返事を、ちゃんと返事をしなきゃと「私も」と何とか声にした。
灰原くんが「ほんとに!?」と大層大きい声で言うものだから、飲み物を買いにと通りがかった七海くんに「うるさい」と窘められていた。


二年生の夏の日、寝苦しい夜が続いていた。
慢性的に寝不足気味ではあったけれど、その日私はことさら寝付けなくて、時計の針がてっぺんを回ろうかという時間に雄くんの寮室のドアをノックした。

「雄くん?まだ起きてる?」

そう声を掛けると、がたがたと小さな物音がして、ドアがガチャリと開かれる。スウェット姿の雄くんが目をぱちぱちさせながら立っていた。

「ナマエ、どうかした?怖い夢でも見た?」
「ううん、違うんだけど、その、寝付けなくて…」

私はここまで口に出してから、先にメールをすれば良かったのに、と気づいたけれど、もう遅いことだった。
何となく、雄くんの顔がみたくなっちゃって、雄くんならそんなワガママも許してくれるかなって、私はきっと甘えたかったんだ。

「じゃあちょっと話そっか。僕まだしばらく起きてるし」

そう言って雄くんは私を部屋に上げてくれた。
起きていると言うのは本当みたいで、煌々とした明かりの室内にはノートとテキストが広げられている。
起こしたわけじゃなくて良かった、と思っていると、雄くんが部屋の冷蔵庫からよく冷えた麦茶をコップに注いで渡してくれた。

「今日そう言えば、特級の九十九さん?に会ったよ」
「えっ、私噂しか聞いたことない…高専に来てたんだね」
「うん。夏油さんに用があったみたい。僕もあとから夏油さんに名前聞いたんだけどね」

夏油先輩は、雄くんが尊敬しているひとつ上の先輩だ。
先輩も特級術師になったらしいし、何か特級同士の話でもあるんだろうか。しがない下っ端術師の私には関係のないことだろうけど。

「今日さ、夏油さんに術師続けられそうかって聞かれたよ」
「雄くんはなんて答えたの?」
「自分に出来ることを精一杯頑張るのは気持ちがいいって答えた」
「ふふ、雄くんらしいね」

雄くんと私は隣同士に座って、今日の他愛もない話をした。
今日の組手のこと、来週行こうって約束している水族館のこと、この間一緒に行った夏祭りのこと…。今年は一等呪霊が多かったけれど、雄くんは何かと都合をつけて二人で過ごす時間を作ってくれた。

「そういえば、先週夏油さんから美味しいお店を聞いたんだけど――」

忙しい中でも私と会う時間を作ってくれる恋人思いの雄くんに、私は些細な不満がひとつだけあった。

「それで夏油さんが僕でも出来そうな戦術を教えてくれて――」

そう、何を隠そう"夏油先輩"だ。
雄くんに何の悪気もなくてお門違いなのもよくよくわかってはいるけれど、毎日毎日会うたびに夏油先輩の話ばかりされると、さすがに、ちょっと、妬ける…。

「…夏油先輩のこと、ほんとに好きだね?」

言ってもどうしようもないことだって知っているのに、私の口からは子供っぽい言葉がぽろりと出てしまった。
いけない、と思ったときにはもうだめで、はっと雄くんを見るとにこにこと満面の笑みで笑っていた。

「うん。夏油さん、かっこいいよね!」

伝わっていないのが、よかったのか悪かったのか。まぁいいや。雄くんと話していると、如何に自分がどうしようもないことでうじうじしているのかと気づかされる。
本当に、太陽みたいだ。

「そうだね。強いし優しいし、かっこいいよね」

私にとっては、雄くんだってそうなんだよ。その言葉は自分の中に置いたまんま、私が雄くんの言葉を肯定すると、雄くんは少しの間を置いてからなにやら難しい顔をし始めた。
雄くんの手が私に伸び、気がつくと、私は雄くんに肩を引き寄せられてその腕の中に納まっていた。とくとく聞こえる心臓の音が心地いい。

「…ナマエが夏油さんの話するのは、なんか、だめ」
「ふふっ、なにそれ」

ぱっと一瞬離されて、今度は雄くんの整った顔がそっと近づいてくる。あ、キス、だ。と思って目を閉じると、ふにっと柔らかい感触が唇にあたった。
雄くんとするキスは、とても気持ちが良い。
何度か押し当てられているうちに、雄くんが私の下唇を甘噛みして、びっくりした私が少しだけ口をあけると、その間から雄くんの舌が入り込んできた。漫画でみたことがある。大人のキスだ。

「んっ…ゆ、うくん…」

雄くんの熱い舌がとろけちゃいそうなくらい気持ちが良くって、もっとしていたいな、と思ったら、雄くんはさっと離れてしまった。

「雄くん?」
「いや、あの、これ以上は…やめられなくなりそう、だから…」

雄くんは顔を真っ赤にしていて、もごもごと言いづらそうに語尾を濁す。なにが、なんてことがわからないほど無知でもないので、彼がなにを言わんとしているかはすぐに分かってしまった。
私のことを考えて言ってくれてるんだな、というのが伝わってきて、私はたまらない気持ちになって雄くんに勢いよく抱きついた。

「わっ!ナマエ?」
「えへへ、雄くん、すき」

優しくて、強くて、かっこよくて、私の自慢の恋人。
雄くんがいるから、私は術師を続けていられるんだよ。雄くんにたくさん救ってもらってるんだよ。
気恥ずかしくて、言えなくて、夏の暑さでべたべたするってわかってるのにもっとぴったりとくっついた。

「明日は七海くんと二人で結構遠出の任務なんでしょ?」
「うん。そんなに大変な任務じゃないらしいけど」
「気をつけてね」
「お土産買ってくるよ、甘いのとしょっぱいの、どっちがいい?」

どっちがいい?って雄くんいつも聞いてくれるけど、私のために両方買ってきてくれるのを知っている。
帰ってきたら、また七海くんに「ミョウジのこと甘やかしすぎだ」って怒られちゃいそう。
私は雄くんの逞しい腕に抱かれて、明日のことを考えていた。


戻る






- ナノ -