冬の熱源


刺すような寒さの中、私は伏黒とふたり、高専のから続く石段を下っていた。
ダウンジャケットにマフラーになんならイヤーマフまでしてきた伏黒を私は寮の玄関前で笑ったが、笑われるべきは私のほうであったとその10分後に反省した。

「伏黒ぉー寒いー」
「だからマフラー巻いてこいって言っただろ」

寒い。山ん中っていっても東京だし大丈夫だろ、と舐めていた私をぶん殴りたい。
舐めた適当なニットの上にPコートという服装で東京の冬に挑んだ私は、見事に肩を震わせていた。

「だいたいさぁ、なんで冬ってこんな寒いの」
「地球の自転軸が傾いてるからだな」
「はーい、大正解、伏黒くん。その通り。でも今はそんな正論求めてねーんですよ」

ずび、と鼻をすすって空を見上げる。ちょっと曇ってきてるなぁ。
おひさまがないから曇りの日は余計寒い。ともすると雪が降りそうな天気だ。


虎杖と野薔薇ちゃんは任務に出て、私と伏黒は先輩たちと組手の稽古をしていた。
こういうとき、いつもなら単独任務で不在がちな伏黒が残ってるなんて珍しいこともある、と思ってちょっとだけテンションが上がった。
パンダ先輩に数え切れないほど投げられ、狗巻先輩にすばしっこく逃げられ、真希先輩にこっぴどくやられた組手も、伏黒がいるといつもとちょっと違う雰囲気だな、と思った。気のせいかもしれないけど。
そんなこんなで組手を終えて戻った寮の前で私は、誰かが一箇所にまとめてくれた落ち葉を見てひらめいた。

「伏黒、焼き芋しよう」

案の定伏黒は「はぁ?」と呆れた声を出して、私をじとりと見ている。

「もう焼き芋するしかない。見て、この落ち葉。焼き芋しなさいってお告げとしか思えない」
「いや、普通に掃かれた落ち葉の山でしかないだろ」

頑として譲らない私に伏黒はそれはそれはでかい溜め息をついて「やるならさっさとするぞ」と言ったのだ。速報大勝利。
伏黒は意外とノリがいい。
私が早速さつまいもとアルミホイルと新聞紙を寮室から持ってきたら、なんで部屋にそんなもんあるんだよ、と突っ込まれた。うるさいな、私は小腹がすいたら焼き芋を食べる派の人間なんだ。
てきぱきと準備を進めて、新聞紙にライターで着火すると落ち葉の山に埋めてその火を分ける。あっという間に焚き火の出来上がりだ。

「はぁ、あったかいねぇ」

ぱちぱち燃える焚き火に伏黒と並んで手をかざす。焚き火ってだけであったかいのに、この中にアルミホイルに包まれたさつまいもがあると思うと、体感温度は増し増し。
さつまいもの向きを変えたりしながらおよそ40分。待ちに待った焼き芋の出来上がりだ。
私が軍手をして火バサミで焼き芋を取り出そうとすると、横から伏黒の手が伸びてきた。

「貸せ。俺がやる」

おお、ついに伏黒も焼き芋に積極的に!
危ないから代わってあげるって意味だったら嬉しいけど、それは期待しないでおこう。

「ありがと」

お礼を言って火バサミを渡す。同じ軍手をしているはずなのに、私と違って伏黒の指先は布が余ってない。いつも隣にゴリラの虎杖とか規格外の五条先生がいるから線が細く見えるけど、伏黒も男子なんだよなぁ。
そんなことを考えていると、焚き火から火バサミによって救出された焼き芋が姿を現した。
ぺりぺりアルミホイルを剥がし、新聞紙ごと取り出せば、軍手越しでもわかるくらいあつあつだ。

「おおー!いい感じじゃん!」

皮ごと半分のところで折ると、塊根は鮮やかな黄金色になっていた。見るからにホクホクな出来で、少し粉を吹いているのがまた焼き芋らしくていい。
一人で一本は多いので、半分に折った片方を伏黒に手渡すと「ん」と言って受け取った。二人揃って黄金色に歯を立てる。

「は〜美味し〜。煮てもよし、焼いてもよし、お砂糖使ってないのにこんなに甘い。さつまいもを産んでくれた大地に感謝」
「原産地は南アメリカらしいぞ」
「そうなの?私これから南アメリカに足向けて寝れないわ」

しょうもないことを言いながらハフハフと焼き芋を堪能していると、前方から長い人影が見えた。五条先生だ。
今日は終日任務だって言ってたのに、もう帰ってきたのか。特級怖い。ひらひらと手を振りながら私と伏黒のところまでくると、手に持っていた紙袋を伏黒に差し出す。高そうなブランドのロゴが印刷されてる。

「はい恵、お誕生日おめでとう」
「…ありがとうございます」

えっ、今なんつった?お誕生日?誰の?

「伏黒、今日誕生日なの?」
「ああ」
「はぁ?ちゃんと言ってよ!何で私と焼き芋なんかしてんの?ケーキ!ケーキ買いに行こう!」

お前が言い出したんだろ。とまた呆れた顔をされたが、そんなことはもうお構いなしだ。
急いで残りの焼き芋を食べないと。

「ミョウジ、あんま急いで食べると喉に詰まらせるぞ」

そんな雑魚いマネ私がするわけ…。

「ン…ンンゥ!!!」

あるんですね、これが。
はぁ、と溜め息をついた伏黒が自分のミネラルウォーターを差し出してくれたので、遠慮なくごくごくと飲み干した。
五条先生は私を見ながら「お約束過ぎでしょ!!」と言ってゲラゲラ笑っている。腐っても教師ならちゃんと助けて欲しい。


そんなこんなで出発したケーキ屋への道中。
寒いなぁ、なんでこんなに寒い日に、と一瞬思って、そもそも自分の誕生日なのにケーキを買いに付き合わされてる伏黒のが可哀想でしょ、と尤もな意見が脳みそを過ぎり、諸手を挙げて降伏した。

「東京の寒さ舐めてた…」
「東京っつってもここ郊外だからな」
「郊外っていうかただの山の中では」
「確かに」

文句を言いながら頭の中ではこれから向かうケーキ屋さんでどんなケーキを買うかのシミュレーションを開始する。
まずホールケーキを買うか人数分の小さいケーキを買うかから始める。もうすぐクリスマスだし、なんかホールケーキは軒並みサンタが乗っていそうでちょっと気に入らないな。
小さいケーキ人数分買うとしたら何個買えばいいんだっけ。

「ねぇ伏黒、どっちがいいと思う?ホールケーキか小さいケーキ人数分買うか」
「別に俺はどっちでも…」
「何言ってんの、伏黒がいい方じゃなきゃ意味ないじゃん!」

あまりにも興味なさげに返事をされたもんだから、思わず語気が強くなった。
誕生日は一年で一番ワガママを言って良い日だというのに、全く何を考えているのか!
そもそも私と焼き芋をしている場合ではなかったんだ。誘ったのは私だけど。
今日が誕生日だって知ってたら皆で部屋を飾り付けて、プレゼントを用意して、ケーキだって事前に買ってきておいて盛大にお祝いするのに。

「私は俄然小さいケーキを推すね。伏黒そんな甘いの好きくないでしょ?だから甘さ控えめのんにしなよ」
「…ミョウジ、楽しそうだな」
「そりゃあ楽しいよ、伏黒の誕生日なんだから」

当たり前でしょ、とばかりに言えば、伏黒はぽかんとした顔で動きを止めた。
うん?私なんか変なこと言った?

「あー、でもやっぱマフラーはしてくるべきだったなー。首からの冷気がやばい」

びゅん、と感じた風に思わず身を竦める。出かけるときは焚き火で存分に温まっていたから大丈夫だと思ったが、ただただこう歩いているだけでは中々温まらない。
くしゅん、とくしゃみをしたら、ふいに首元がほわっとあったかくなった。え、と思って顔を上げると伏黒が自分のマフラーを私にぐるぐると巻いていた。
柑橘系の匂いがほのかに広がる。伏黒の匂いだ。

「なん、で」

石の階段を、伏黒より私が一段遅れて歩いているせいで、いつもと違って視線が近い。
伏黒の長い睫毛とか、澄んだ瞳とか、それから薄い唇なんかが私の視線を次々奪う。

「こんなとこで風邪引くとか、馬鹿すぎるだろ」

脳みその処理がなんにも追いついてなくて相槌の言葉さえ詰まらせる私に、伏黒はそう言ってちょっと笑った。
肌触りのいいネイビーブルーのマフラーが、私の首からまるで心臓まで締め付けるようだった。

「ほら、行くぞ」

伏黒はぼけっとしている私の手をあっさり掴むと、前を向いて歩き出してしまった。
外気に晒されて氷みたいに冷たくなっていた手が、今はまるで焚き火にあたってるみたいに、ああ、熱い。


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