ベテルギウスに愛を込めて




※七海と灰原の高専時代おおいに捏造しています。


七海くん、今ヒマ?明日もオフだよね?
冬の晩。そんなメッセージが届いたのが数分前。丁度任務を終えて補助監督の車で自宅まで走ってもらっている時だった。
今任務が終わったところです。明日はオフですが。そう返信をすると、今度は着信があった。

『星を見に行こう』

その一言で私の今晩から明朝の予定が決まった。


ミョウジナマエという人は、呪術師に相応しい奇人変人の類だと思う。高専の同期で、今となってはたったひとりのそれだ。
彼女の突拍子もない奇行は生来のものなのか、在学中から良く発揮されていた。
いい例が一年のころ叩き起こされて行った天体観測だ。

「七海くん、七海くん、起きてる?」

コンコンと寮室の扉をノックする音と彼女の声が聞こえてくる。時計を確認すると深夜一時だ。とっくに寝ている。
起きてしまった手前、女性の同級生を男子寮の廊下に放置することも出来ず、私は仕方なく扉のほうへ向かった。

「寝てましたけど、何ですか」

扉を開けると、コートとマフラーで目一杯着膨れした彼女が、小学生の使うような星座早見表とトートバッグを持って立っていた。これは早まったな、無視しておけばよかった、と思ったがもう遅い。

「星を見に行こう」
「お断りします」

ちょっと待って!と声を上げるミョウジを無視して扉を閉めようとすると、隙間に足をねじ込んできた。悪徳セールスマンの手法だ。

「待って待って、ほんとに!灰原くんにはもう声かけたんだって!」

卑怯だ。これはもし断っても後から灰原を連れてきて何としてでも同意させる算段なんだろう。あと何よりうるさい。二階には五条先輩や夏油先輩もいる。ミョウジに下手に騒がれて上級生から文句を言われるのは面倒だ。

「…わかりました。準備をするので少し待っていて下さい」

諦めてそう言うと、やったー!と大きな声でいうものだから、思わず手で口を塞いだ。
「静かに待っていてください」と念押しをして扉を閉め、一旦彼女のことを廊下に追いやる。掌に当たった唇の感触なんかは、決して意識していない。
私はクローゼットからダウンジャケットとマフラーを取り出し首にぐるぐると巻く。よし。一回息をついてから扉に向かった。

「お待たせしました」

廊下にはもこもこに着膨れたミョウジが行儀よく「待て」をしていて、その様子があまりにも犬みたいだから笑いそうになった。
玄関ですでに用意を済ませていた灰原と合流し、緊急天体観測へ出発する。幸いにも、高専のある筵山は東京とは思えないほどの田舎にあるので星は観察し放題だ。

「ミョウジ、どこまで行くの?」
「あそこ、あの、先輩たちが交流会で使ってた森のあるほう」
「結構歩くね?」
「うん、だからミルクティー用意してきたよ」

前を行く灰原とミョウジが全くかみ合ってない会話をしている。星を見るならここで充分だろうに、どうしてわざわざそんなところまで行くのか。まったく理由はわからなかったが、こうなってしまえば理由を考えることなんて何の意味もない。
じゃーん、と効果音を口で言いながらミョウジはトートバッグから水筒を取り出した。しかも夏に運動部が使っていそうな大きいやつ。まさかアレにミルクティーを入れてきたんだろうか。いや、それ以外考えられない。

「たくさん持ってきたからみんなで飲めるよ」

やっぱり。

結局真っ暗な中を30分程度歩き、到着した雑木林は彼女の言っていた通り交流会のあったところだ。
こっちこっち、と誘導をするミョウジについていくと、不自然に真新しい野原が見えてきた。

「何ですか、これ」
「9月の交流会で五条先輩が地面えぐったって学長に怒られてたじゃん。それを埋め立てていろいろ植えたんだって」

ああ、あの。と秋のことを思い出した。
五条先輩はもともと規格外の強さを持っているとんでもない先輩だが、春にあった一連の任務以降、他の追随を許さない成長を見せている、らしい。
伝文系なのは、私たちがそれ以前の五条先輩のことをよく知らないからだ。

「話には聞いてたけど、この範囲全部?」
「らしいよ。硝子先輩が言ってたもん」

灰原も驚きを隠せない様子で真新しい野原を見渡す。
ミョウジは野原の真ん中あたりまで歩き、トートバックからレジャーシートを取り出すとポンとその上に座った。

「ほら!灰原くんも七海くんも!」

また用意周到な、とは思ったが、地べたに座るよりはましか。とその申し出を素直に受け入れた。
右からミョウジ、灰原、私の順で横並びになって、ミョウジの持ってきた大量のミルクティーを回し飲みする。水筒は大きくても、コップがひとつしかないのだから当たり前なのだが、ミョウジは「盲点だった…」と悔しそうな顔をしていた。
結局二杯程度ミルクティーを飲んで満足したのか、ミョウジは蓋を閉めて、ごろんとレジャーシートに仰向けで寝転がる。
それを灰原が真似て寝転がって、お前はやらないのか、とばかりに二人そろって見つめてきたのでしょうがなく私も真似た。

「すごいね、めっちゃ星きれい!」
「どこで見ても変わらないでしょう」
「そんなことないよ、ねぇ灰原くん」
「みんなで見ると一人で見るよりもキレイに見えるよね!」

さっすが!灰原くんわかってるー!ミョウジがきゃっきゃと笑う。
この二人は同類というか、同じ波長が出ているというか、なんとなく感覚が似ている。私とは正反対にいる人間だと思う。
まぁ、灰原はミョウジみたいな奇行に及ぶことはないけれど。

「死んだら星になるって言うじゃん」

ふと、ミョウジがそんなことを言い出した。
また非科学的なことを…と思ったが、あまりにも真面目な声だったので口を挟むことが出来なかった。

「あの赤い星が灰原くんで、その下の青っぽいのは七海くん。それで赤い星の左にある白が私。どう?」

ミョウジは星空を指さし、ひとつひとつをなぞる。
それは冬の空に大きな三角形を描いていた。

「いいね!」
「灰原……。私たちまだ死んでませんよ」
「あはは、確かに」

ミョウジの言葉に灰原が容易く同意して、だから彼女の奇行はどんどん悪化するんだ、と溜め息をついた。
死んで星になるというなら、どの星になったか決めるのはせめて死んでからにしてくれ。

「でもさぁ、良くない?どうせ長生きなんて出来ないじゃん。死んで星になったら毎晩会えるよ!」
「何も良くないです」

ぴしゃりとぶった切ると、ミョウジは拗ねて「ちぇー」と不服そうに言った。
それからミョウジはトートバッグから星座早見表を取り出す。
灰原は「懐かしい!」と興奮した様子で、二人して星空に翳し位置を合わせて星座を探し始める。

「ほら!七海も!」

そう言って灰原が腕を引き、小さい星座早見表を三人で覗き込んだ。窮屈なほど近くて、それが温かかった。
ひとしきり冬の星座を数えて満足したのか、ミョウジが星座早見表を自分のそばに下ろして言った。

「ねぇ流れ星さがそ!誰が一番最初に見つけるか競争ね!」


結局あの時、誰が一番最初に見つけたんだったろうか。
私は懲りもせずダウンジャケットを着込んでマフラーをぐるぐる巻きにし、ミョウジと奥多摩湖のダムまできて星空を見上げていた。

「迎えに来てくれた時も言ったけどさぁ、七海くん、ダウン似合わないよね」
「似合う似合わないの問題じゃありません。これくらい防寒しないと凍えるでしょう」

たださえもう冬が始まっているというのに、よりにもよってここは山の中だ。冬装備で来ても足りないくらいだろう。私を揶揄ったミョウジもしっかりコートとその中にダウンベストを着てマフラーを巻いている。あの時の異様な着膨れもこういう構造だったんだな、というのは、突発的に開催される彼女の天体観測に付き合いだして三回目のことだった。
この天体観測は灰原が死んだ翌年も行われ、私が呪術師に復帰してからも不定期にこうして開催されている。
そしていつも座るときには右からミョウジ、ひとり分のスペースをあけて私の順で座ったが、今日はぴったりと隣り合って座った。

「おお、見える見える。ねぇ七海くんも見える?」
「あのベテルギウスですか」

うん。そう返事をした彼女は、少しも星空から視線を動かさなかった。
あの夜、初めて行った天体観測。その日のまま、冬の大三角は同じ場所で光り続けている。
不意にミョウジが星空に向かって指をさし、ベテルギウスとシリウスとプロキオンを繋いだ。灰原は本当にあの星になったのだろうか。と、有りもしないことを考えた。

「灰原くん、私これから七海くんと生きていくよ」

澄んだ空気の中に消えていくような、透き通った声だった。
私は先週、ミョウジにプロポーズをした。付き合ってもいない相手にどうしてそんな突拍子もない真似ができたのか、先週のことのはずなのにうまく説明ができない。
ただそれまでずっと積み重ねていた感情がついにあふれ出てしまったような、そんなかっこ悪いプロポーズだった。
ミョウジは笑って「私でいいなら」と言ったので「アナタじゃなきゃ意味がない」と返せば、珍しく照れたように顔を赤くしていた。

「今なら何だってできるって、そんな気がしてる。七海くんは馬鹿だって笑う?」
「いえ、まさか」

着膨れした肩に手を伸ばし少しだけ力を入れると、なんの抵抗もなくその身が預けられる。
温かい。そう思っていたら、ミョウジが「あったかいね」と言った。

「アナタのためなら何でもできる。私もそんな気がします」

じんとした彼女の体温を肩に感じながら、白くなる息を見つめる。
私は並んで星をなぞりながら、自分も誰かにとって、抱きしめると温かい存在なのだと思い出していた。


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