このあと、君の彼氏になる予定


「傑、オマエそろそろ告白しろよ」

出し抜けに悟にそんなことを言われた。
珍しく任務のない休日、カコカコとケータイを操作しながら悟は私の部屋のベッドの上で、まるで自分の部屋かのごとく寛いでいる。
告白、というのは所謂愛の告白というやつで、相手は同期のナマエだ。彼女にもうずっと好意を持っていることは悟や硝子には筒抜けであるのに、当の本人には今のところ1ミリも伝わっていない。

「私には私の計画があるんだよ」
「ふーん。ナマエ今日合コン行くって言ってたけど」
「…は?」

思ったよりドスの効いた声が出てしまって、目の前の悟がゲラゲラと笑う。それも腹が立ったが、正直それどころじゃない。
何て言った?合コン?

「…私、そんなこと聞いてないんだけど」
「カレシでもねーのに言う必要なくね?」

全くの正論過ぎて思わず押し黙る。今のところ私にはそれを咎める権利はない。

「…悟、場所と相手は」
「タダで教えろって?」
「プリン1週間分」
「乗った」

悟を買収し、ナマエの合コンの情報を聞きだす。
場所は渋谷の創作居酒屋、時間は18時から、相手は都内の私立大学の男4人。未成年を居酒屋に連れて行くって時点でろくでもない相手なのは確定だ。女の子はナマエの中学の同級生らしい。
壁掛けの時計を見ると、時刻はもうすぐ18時。そもそもなんで悟はそんなことを知っているのかと問い詰めたいところではあったが、今は諸々それどころではない。
私は財布とケータイを引っつかんで適当にコートを羽織ると、悟に笑われながら寮の玄関に向かった。
本当は呪霊でも出して渋谷までひとっ飛び、といきたいところだが、アラートを鳴らすわけにもいかないし、外でも下手に窓や関係者に見つかって時間をロスするのは避けたい。
戦闘中よりよっぽど早いのではないかと思えるスピードで、私は高専の最寄り駅を目指した。



「…ホント助かったぁ、ナマエが来てくれなかったらどうしようかと思ってたんだよー!」

友達がそう言ってくれれば、別段興味のなかった合コンに来た甲斐があるというものだ、と私は心の中で頷いた。
ただでさえ術師をしていると一般人との関わりが希薄になっていく。せめて中学時代に得た縁は切らさないようにしようと、人数あわせで呼ばれた合コンに足を運んだ。
居酒屋って…未成年なんですけど。とは思ったが、中学時代から派手なグループだった彼女の交友関係を知っているので、実際足を運んでみればそこまで違和感はないものだな、とある意味感心する。
友達と、その友達の高校の同級生が二人。馴染んで会話ができるものか不安だったが、彼女に任せておけば相槌だけで済みそうだった。

「ううん力になれたなら嬉しいよ。私こういうの初めてだからなんかいろいろ下手だったらごめんね」

店員さんに通された個室の引き戸を開けると、男性陣は既に到着していたようで、奥側に横並びに4人、なんというか、こう、今時の大学生と言った風体の男のひとたちが座っていた。
駄目だ、普段男と言えば浮世離れした傑と悟を見慣れているせいで、普通の男のひとを見てなんて感想を思い浮かべればいいのかもわからない。

「今日はよろしくねー。皆めっちゃ美人じゃん、カレシいないってマジで?」
「マジマジ。大マジです〜。今日はカレシ見つけるつもりで来たんで!」

調子の良い会話が目の前をぽんぽん飛んでいく。
末席に座り、始められた自己紹介に乗り遅れないように構えた。〇〇大経済学部の××、よろしくね。俺は心理学部の××。俺は△△大の××、法学部二年。△△大民俗学部の××です。
駄目だ、さっぱりついていけない。暗号か?
一般大学に進学する気なんてさらさらない私には、もう学部なんてなにがなにやらさっぱりだ。聞いたところで何の勉強をしてるのか想像もつかない。
そのうちに女の子たちの自己紹介が始まって、あれよあれよと言う間に私の番になった。

「高専三年、ミョウジナマエです」

コウセン?とハテナマークが飛んできて、その後何の勉強してるの?聞かれてしまった。まぁ、うん、そうなるよね。

「宗教学の勉強をしてます」

一般人に尋ねられたときは決まってこう言うことにしている。表向きは私立の宗教系学校ということになっているし、万が一神道や仏教系の専門的なことを尋ねられてもそこそこ答えられる。まぁこっちはその信仰由来のものを祓ったりしているわけだけど。

「へぇ、珍しいね」

ただ今回の場合、面倒な人間がひとりいたことにこの時私は気がついていなかった。最後に自己紹介をした民俗学部の男が、偶然にも伝承文学専攻だったのだ。
自己紹介の一通りの流れが終わると乾杯をして、わいわいと会が始まる。まさかお酒を飲まされたらどうしようと思っていたけど、普通に女の子はソフトドリンクだった。
この前の休みにボード行ったんだけど、そういえば代々木のイルミネーションが凄くてさ、正月に家族でグアムに行って。
目の前で交わされる話は、すべてが新鮮だった。普通を生きている人たちは、こんな世界を見ているんだなぁ。そして多分きっと、私がその世界に足を踏み入れることは一生ないんだろう。

「ナマエちゃん、楽しんでる?」
「え?ああ、はい」

ホントに?そう言いながら、男が隣に座る。なるほど、見回してみると一時間と少しが経過して、何か合図があったわけでもないのに皆それぞれ席を移動して男女ペアになっていた。
民俗学部だという男が、話が合いそうだなんだと勝手に言って、とても積極的に絡んできた。下手なことを言ってボロを出したくもないし、ああ、どうしよう。これは面倒なことになったぞ。

「ナマエちゃん、すげぇ話し合うし、どう?このあと二人で抜けてさ」

いえ、全く合ってないです。と言わずに曖昧に笑っていると不意に背後の引き戸ががらりと開く。
店員さんがなにか料理を運んできたのかと思ったら、よく見知った顔があった。

「すみません、ナマエ迎えにきました」



高専という東京の僻地から私鉄とJRを乗り継いで約一時間。渋谷駅ハチ公口から道玄坂方面へ走る。人ごみでさっきまでのような速度では流石に走れない。
文化村通りからひとつ北に入り、二つ目のブロックにあるビルの二階に悟に教えられた店を見つけた。
階段を昇って目に入った目的地は、女子の好きそうな小洒落た店構えの居酒屋だ。「いらっしゃいませー」という店員の声に「待ち合わせです」と返し、ナマエの姿を探す。
個室完備のそこは流石に何処にいるかまではわからないが、こういうとき呪術師は便利だ。ナマエの呪力を探せば良い。
すうっと意識を集中させると、入り口から程近く、よく馴染んだ呪力を見つけた。ナマエだ。
私はその個室の引き戸を開け、なるべく冷静に聞こえる声音で声をかけた。

「すみません、ナマエ迎えにきました」

中には男女合わせて8人。思っていたより素行の悪そうな大学生ではなかった。ナマエは引き戸の一番近くにいて、こちらを見上げてぱちぱちと瞬きをしている。

「あれ、傑?」
「や、ナマエ。そろそろいい時間だと思って」

ナマエは何か言いたげな様子ではあるが、それを無視して壁にかけてあるジャケットをハンガーから取り手渡す。わけのわからないままナマエは受け取り、大人しく袖を通した。

「申し訳ないんですが、明日も早いので」

明日の任務昼からだけど。とは思いつつ、そう言って自分の財布から会費に足りるであろう札を数枚テーブルに置く。
すると、一番奥に座っていた大学生が興味津々と言った様子でこちらに言葉を向けてきた。

「なになに、ナマエちゃんのカレシ?」
「まぁ、そうなる予定です」

きゃあ、という女子の声、それから「えっ!」と驚くナマエの声。
そういうことなので失礼します、とでも言えば、今度こそざわつきが大きくなり始めたので、これ以上何かを言われる前にとナマエの手を取って立ち上がらせる。
状況の飲み込めていないナマエを連れて居酒屋を出て、相変わらずひとの多い道玄坂まで移動する。ナマエはまだ何も言わない。
人ごみを避けながら、少し南に下ったわき道へ抜ける。やっと立ち止まって話が出来るようなところへ出て、私は握りっぱなしだったナマエの手を離した。

「…すまなかった」
「え、何が?」

断りもなく割り込んで連れ出したりして。と言うと、ナマエは「ああ、そんなことか」と気にしない様子の返事が返ってきて内心ほっとする。

「人数合わせだったの。1時間ちょっとはいたし、そろそろ帰りたいなって思ってたから助かったよ」

ありがとね。と言って、ナマエは頬を掻いた。丁度車が通りかかって、私はナマエの肩を引いて歩道側に避けさせる。細い道を走っている割にはスピードを出しすぎだろう。
大丈夫だったかい、と声をかけようとしてナマエを見下ろすと、夜の街灯でも分かるくらいに耳が赤くなっていた。やめてくれ、期待する。

「そ、それにしてもさぁ、そうなる予定なんて、傑みたいなかっこいいひとに冗談でもあんなこと言われたら本当に好きになっちゃいそう!」
「なればいいだろう」

はは、と他人事みたいに言うから、むっとしてそう返してやった。
驚いたナマエがこちらを見上げたから、今度はぱちりと目が合って、想像していたよりもっと真っ赤になっていることを知った。

「冗談なんかじゃないよ」

もういい、ここまで言ってしまったんならどうにでもなってしまえ。ナマエの真っ赤な顔を見ていたら、今日の夕方までは綿密に頭の中で練られていたはずの告白計画なんてどうでもよくなってしまった。
抱いた肩をもっと引き寄せて、華奢な身体を抱きすくめる。

「好きだ。私と付き合ってくれないか」

ここが往来だとか、道行く女子高生がこちらを見ているとか、そんなこともどうでもいい。
腕の中の真っ赤なナマエが、頷いてくれるのを待った。


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