恋人燃ゆる




※祓本パロです。



何の気なしについているテレビを眺めていた。流れているのはいわゆるワイドショーというやつだ。特別興味があるわけではなくて、見ているというよりは視界に入っていると表現するほうが正しい。

『続いての話題はこちらです!』

元気よくアナウンサーがそう言って、正面のディスプレイに「続いての話題」とやらが表示される。どうやら芸能人の熱愛報道のようで、人気若手俳優と、これまた人気のアイドルグループの女の子が都内の自宅でお泊りデートをしたのだというスクープだった。

『じつはですね、○○さんの先月のSNSにはこんな投稿があったんです!』

本当に世の中のひとはゴシップが好きだなぁ、と深堀されていく情報を眺めた。アナウンサーいわく、女性アイドルの方が先月SNSに投稿したネックレスと同じものを俳優がインタビューでつけていたとかそんな話だった。それをきっかけに以前のSNSの投稿も女性アイドルのライブが大阪である日に俳優が大阪で肉まんを買ってきたという投稿があったとか、いわゆる「匂わせ」があったことを嬉々として垂れ流していた。

「匂わせ……」

ナマエはピタっと動きを止める。ここまでは成人した独身の芸能人同士の恋愛なんて他がとやかくいうことじゃないだろ、なんて思いながら対岸の火事のように思っていたが、匂わせというのは別に芸能人同士に限られた話ではない。
ナマエはスマホに飛びついて、自分のSNSのアカウントをチェックする。投稿は主に最近見た映画とか本、ゲームの話、メディア欄は道端で遭遇した野良猫と実家の猫のみ。大丈夫、彼氏の話も個人は特定できない内容のはず。

「うん、うん…問題ない。問題ないよね…」

投稿を上から順に全部見直す。SNSといっても一般人の個人アカウントだし、特に秀でた一芸があるわけでもないし、フォロワーなんて知り合いしかいないし数も2桁だ。それでも一応と思いながら、ナマエは自分のアカウントに鍵をかけることにした。

「ただいまー」
「あっ、お帰り!」

玄関の方から声がして、ナマエはバタバタと出迎えに行った。同棲中の恋人様のお帰りである。今日は収録が比較的早く終わると言っていたけれど、それでも充分夜中に足を突っ込んでいるような時間だった。

「傑くん、お疲れ様」
「ナマエ、ただいま。悪いね、遅くなっちゃって」
「ううん。お仕事忙しくなるのは売れてる証拠でしょ?あ、ご飯食べてきた?」
「いや、適当にカップ麺でも作るから大丈夫だよ」
「何言ってんの。簡単なのだけどちゃんと用意してるから」

こんな時間に帰ってくるのは日常茶飯事で、疲れるとインスタント食品で食事を済ませてしまうのも昔から。だから作り置きの類いは欠かさないし、なるべく帰宅は起きて待つようにしている。自分が一番に彼の夢を応援すると決めたからだ。
恋人の名前は夏油傑。祓ったれ本舗というコンビのツッコミを担当するお笑い芸人である。


夏油と出会ったのは高校生の時だった。クラスは違ったけれど委員会が一緒になって、なんとなく当時から彼のことが好きだった。学生時代はそれ以上進展もなく、再会したのは有志の小さな同窓会のようなもので、23歳のときだったと思う。
ナマエは好きだった人との再会に胸が躍ったし、彼も自分を好いてくれているようでもっと舞い上がった。

「あのさ、ナマエに言っとかなきゃいけないことがあって」
「え?ど、どうしたの、そんなに改まって…」

きっと今日告白をされる。そんな予感のあった日、彼が神妙な顔で切り出した。まさかとんでもない額の借金があるとか?ヤバい連中とつるんでるとか?じつは遊びでしたとか?と、頭の中を嫌な予想ばかりが高速で駆け抜けていく。ごくりと唾を飲みこんで続きを待っていると、彼が躊躇うような間のあとでそっと口を開いた。

「私、今フリーターだって言ってたけど、ホントは芸人やってるんだ」
「え?」
「祓ったれ本舗ってコンビ。あー、芸人じゃ食べていけないからバイトしてるのもホントなんだけど…」

予想のどれともまったく違う言葉が飛び出してきて一度思考が止まったが、自分の想像なんかより全然軽い事態だったと思って胸をなでおろす。その間黙ってしまったナマエの言葉を待つことなく夏油が自分の言葉を続ける。

「ごめん、言うタイミングがなくて。あのさ、先が分かんない駆け出しの私だけど、ナマエさえ良ければ付き合って欲しい」
「うん、喜んで!傑くんの夢、応援する!」

芸人なんて成功する人間の方が一握りだし、一度売れたとしても売れ続けるというのはもっと難しい。困難な道だとは分かっているが、何の根拠もなく、彼なら出来てしまう気がした。


お付き合いは順調で、もう付き合って五年目になる。プロポーズもされてまだ入籍はしていないけれど、来年の記念日に籍を入れるつもりだ。彼の仕事はここ数年順調だった。デビューそこそこから劇場ではある程度人気を得ていたけれど、漫才の賞レースで優勝したことが一気に追い風になった。とくに相方が類まれなる美形であり、そこを取っ掛かりに紹介しているメディアも少なくなかった。

「あ、そうだ。こないだのアムアム買ったよ」
「え、悟が表紙の?」
「そう。写真めちゃくちゃかっこいいのに悟くんだと思うと笑えちゃって」

悟とは他でもない夏油の相方、五条悟のことだ。アムアムは女性向けの雑誌で、男性タレントの際どいグラビアなんかを載せることで有名なのだ。先日発売されたものが正に五条のグラビアであり、興味本位だけでそれを購入してきた。

「悟のグラビアナマエが持ってるって複雑だな」
「何言ってるの。あそこまできたらもはやギャグでしょ」

夕食を終えて、ちょこっとだけ飲むという夏油の隣の隣に座る。残念ながらナマエは明日も仕事があるので、ノンアルコールノンカフェインである。最近は彼も忙しいし、ゆったり出来る時間は少ない。夏油がたぷたぷとスマホを触っているから「ねぇ、ちょっと構って」と甘えたことを言おうとしたときだった。

「…ナマエ、SNS鍵かけたのかい?」
「え?」

甘い声を準備していたのに出鼻を挫かれる。確かに今日自分のSNSのアカウントに鍵はかけたが、彼には自分のアカウントを教えていないはずである。

「かけたけど、なんで傑くんが知ってるの?
「そりゃ、調べたから」
「え、キモ」
「ひどいこと言うじゃないか。ナマエが時々彼氏って言って私の話してくれるから見に行ってたんだよ」

勝手に調べられていて非常に気持ち悪いが、まぁ本人に見られて困るようなこともない。夏油はコツコツとナマエのSNSを見ていたようで、鍵がかかって見られなくなったことにいち早く気付いたようだ。

「それで、何かあったの。鍵かけたこといままでなかったよね?」
「や、大したアレじゃないんだけど…」

勝手にSNSをチェックしていたという奇行が押しの強さで薄れていく。でもやっぱりこうして調べようと思えば調べられるものなのだ。自意識過剰かとは思うが、何かのはずみで彼女がいるとがどこかからバレたら面倒なことになりかねない。

「俳優さんとアイドルの子の熱愛報道が出たでしょう?アレでSNSの匂わせがーってワイドショーで言ってたんだよね。私は一般人だし自意識過剰だとは思うんだけど…万が一傑くんと付き合ってるって突き止められたりなんかしたらお仕事に支障出ちゃうと思って…」

ナマエは自分がアカウントに鍵をかけた理由をなるべく簡潔に説明する。幸か不幸か彼もナマエのSNSは見ていたようだし常識的な使い方をしていたのは分かっているだろうが、念には念を入れておかなければ。今や彼はテレビで見ない日がないほどの人気芸人になりつつあるのである。

「ナマエと付き合ってるってバレても私は問題ない。ナマエは抵抗ある?」
「私も平気だよ。芸人さんってよく家族もテレビ出たりしてるじゃん?だから、傑くんの笑いのひとつになれるなら顔出し出演も辞さぬ…って決めてたし。問題は傑くんのほうだよ。女の子のファン多いのに、カノバレなんかしたら人気落ちちゃうかも……」

彼の面白さのひとつになれるのなら、テレビでもなんでも協力するつもりでいた。だから自分のことが周囲に分かってしまうのはそれなりに覚悟している。しかし現状祓ったれ本舗の客層は若い女性であり、アイドル的とまでは言わないけれどビジュアルがそれに影響しているのは言うまでもない。

「傑くんのお荷物になりたくないもん。時期が悪かったらホントに入籍も先延ばしにしてもいいんじゃないかって思ってるよ」
「ダメ。それは絶対ダメ」
「で、でもさぁ…若い俳優さんとか熱愛報道とかでたいへんなことになったりしてるし…」

プロポーズは嬉しかったし、もちろん結婚はしたい。だけどそれが彼の芸の妨げになってしまうんじゃないかという不安が拭えなかった。祓ったれ本舗はちゃんと漫才の実力があると思うけども、芸能界なんて評判がいつもつきまとう世界だ。

「私はアイドルでも俳優でもなくて芸人だよ。正直まぁ、公表直後は多少騒がれると思うけど...そのうち良い旦那キャラとかでも売ってける自信あるし、ナマエが不安に思うことじゃない」
「傑くん…」

夏油がナマエの髪を柔らかく梳き、そのままそっと抱き寄せる。腕の中から彼を見上げると、ちゅっと軽く額にキスをされた。

「ところで、ナマエは私の芸人人生に悪影響が出なければべつに付き合ってること周りに知られても構わないって思ってくれてるんだよね?」
「え、うん。それはもちろん…」
「そっか。それが聞けて良かった」

にっこりと笑う。彼のこの顔は何か面白いネタを思いついた時にする顔だ。何を思いついたのか少し気にはなったけれど、彼の芸人人生なのだからここまで言われたら彼自身に任せるほかないのだろうとも思う。


一週間ほどあとのことだった。今日は土曜日で、夏油は番組の収録で昨晩からテレビ局に缶詰になっていた。少し寝坊してからのろのろと起き上がり、あくびをしてキッチンに立つ。あんまり朝食を食べる気分ではないけれど、とりあえずコーヒーだけ飲もうと電気ケトルで湯を沸かす。その隙間でスマホを開いた。ニュースアプリの通知がついている。

「え…!?はぁ!?」

人気絶頂祓ったれ本舗・夏油、恋人公表の文字は飛び込んでくる。慌ててニュースアプリを起動すると、今朝のトップニュースにドドンとその記事が載っていた。
記事によれば、夏油が昨晩SNSで写真をアップして、その写真にペアのマグカップだとか恋人とデートしているとしか思えないような画角の女性の後ろ姿だとか、そういう写真と共に「明日のモニモニサタデー生出演です。よろしくお願いします」と書かれていたらしい。一応知っている彼のSNSのアカウントを確認すれば、確かにその投稿があった。

「これ、先月デートしたときのやつじゃんッ!ていうか今モニモニサタデーの時間…!」

モニモニサタデーとは土曜の午前中に放送している生番組だ。慌ててテレビをつけるとちょうどモニモニサタデーのチャンネルで、まさに夏油が昨日の意味深な投稿について司会者の先輩タレントから追及されていた。

『夏油くん、昨日の投稿すんごい話題だよねぇ!あれって匂わせ?』
『あはは、匂わせっていうかむしろ嗅がせにいこうかなと思って。自慢の彼女なので』

番組は番組のハッシュタグをつけたSNSの投稿をリアルタイムで流すようになってて、画面の上を「傑に彼女いたとか信じたくない泣」「やっぱり彼女いたのか。夏油に彼女いないほうが信じられんくない?」「彼女一般人?」「悟と付き合うにはどんだけ徳積んだらいいんですか?泣」「彼女とかいいからネタ見たい」「幸せならオッケーです」等々、好き勝手な言葉がつらつら流れていく。

『彼女学生時代の友達で、来年入籍するんですよ』
『仕事安定してきたらからみたいなカンジなの?』
『半分はそうですね。劇場でも売れてないときから支えてもらってたので』
『もう半分は?』
『週刊誌にすっぱ抜かれる前に先手打っとこうかと思って』

ドッとスタジオが沸く。流れてくる司会者と夏油の会話が右から左にするする流れていく。司会者がテレビを彼女は見ているのかと確認して、それに夏油が『多分見てくれてると思います』と返せば『じゃあテレビの前の彼女に一言!』と振られていた。画面の向こうの夏油と目があう。

『牛乳なくなりそうだったから買って帰るよ』
「そうじゃないッ!」

思わずテレビに向かって突っ込みを入れた。確かに牛乳はなくなりそうだけども。ナマエとほとんど同じような突っ込みを司会者が入れて、また少しスタジオが沸いた。

『もちろん単独ライブとかこれからも力入れていくので、よろしくお願いします。次のライブのチケットが絶賛発売中です』
『いや、めっちゃ自然に告知するじゃん!』

そのまましれっと今度の単独ライブの告知がされて、夏油と五条のちょっとしたやりとりで盛り上がる。尺はそこで終わりを迎えたのかそこから次のコーナーが始まって、テレビ局のアナウンサーが人気観光スポットの最新情報を伝えた。
今日はモニモニサタデーが終わったら帰ると言っていたと思う。確かに交際がバレたって構わないとは言ったけれど、まさかこんな手に出てくるとは予想もしていなかった。ああ、あと数時間、どんな顔をして待っていれば良いんだろう。ワイプでしれっとリアクションを取っている夏油を意味もなくじとっと睨み付けた。


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