やっぱり僕のほうがイケメンでしょ


春から初夏のにかけての所謂繁忙期とは関係なく、僕のスケジュールはだいたいギチギチだ。
僕じゃなくてもいい任務はなるべく他に振るようにはしているが、それでもひっきりなしに任務は舞い込んでくる。
しかも、僕の恋人は一級術師で、ちょっと特殊な術式を持っているために海外出張が多い。
一ヶ月会えないなんてことはザラで、痺れを切らした僕が同棲をしようと半ば強引に物件を決めた。

高専に一回の乗換えで済むJRの駅から徒歩3分。郊外と分類される場所に買った新築マンション。
契約をして二ヶ月、ようやく僕とナマエのスケジュールを合わせることが出来て引越しの荷物の荷解き作業がすることになった。

「悟〜、こっちの部屋が悟の寝室でいいんだよね?私の寝室は?」
「何言ってんの、一緒に決まってんでしょ」
「えぇ…一緒のベッドだと窮屈じゃない?」

悟でかいし。と全く色気のないことを言う。
そのためのキングサイズですけど?と内心文句を言いながらナマエの荷物を運び入れた。
ナマエが本気で嫌がることはないとわかってはいるが、もう少し色気のあることを言ってほしいものである。
あまり物を持たない主義だったはずのナマエの荷物は少し見ない間に増えたように思う。
ダンボールを彼女専用の部屋に積み上げていくと結構な量になった。

「結構荷物増えたね」
「そう?ああ、でもここ半年くらいで増えたかも」
「ふぅん」

そう言えばこの半年は会うにしても僕の家か外でナマエの家には行ってなかったなぁとここ最近の忙しさを振り返る。
任務の合間を縫って二人で選んだ少し毛足の長いラグ、テレビは大きいほうがいいと言ったナマエの希望で買った70インチの大型テレビ、大きいソファももちろん置くことが出来たけど、ひっついて座りたいからソファはあんまり大きくない座り心地のいいものを僕が選んだ。
今日からここでナマエとの生活が始まるのかと思うと、なんだかむず痒い気分になる。
任務を終えて高専から帰宅すれば、ナマエがリビングで待っていて、二人であったかい食卓を囲む。
まぁ実際彼女も任務で不在がちにするだろうし、そう上手くいかないことはわかっているけれど。

「ナマエ、ご飯にしよっか」
「えっもうそんな時間?」

自室をせっせと片付けているナマエに声をかけにいくと、思いのほか集中していたらしく驚いた顔をしている。
共同スペースからお互い片づけを始めたから、残るは各自の部屋の整理だけだ。

「え、なに、この状況…」

ひょいと覗いた彼女の部屋で、僕は絶句した。
大きなラックにこれでもかと並べられるDVD、壁に掛けられたライブTシャツとタオル、整然と並べられたペンライト複数本…。アイドルにさほど詳しくない僕でもわかる。これは某男性アイドルグループのグッズ他諸々だ。

「キスマニだよ」
「キスマニ」
「そ。私は玉ちゃん推し」
「玉ちゃん」

僕は唖然としておうむ返しをすることしかできず、その間にもナマエはせっせとグッズの整理を続けている。
ちょっとまて、僕が運んだあのダンボールの中身、殆どこのグッズだったってこと?

「うっそでしょ??」



結局僕の台詞はガン無視され、十分後、二人で食卓を囲みながら僕は複雑な気持ちでデリをつついていた。
アイドルはおろか、芸能人にもろくに興味がなかったはずだ。高専の時だって俺の待ち受けのグラドルの名前すら当てられなかった。それがどうして急に。

「ナマエってアイドル好きだったっけ…?」
「いや?」
「じゃあなんでまた…」
「半年くらい前にさぁ、たまたま中学時代の友達に会ったんだけど、その子がキスマニ好きでさぁ。ご飯したときにライブ映像見せてもらって、めちゃアツくてね。DVD買っちゃった」

DVD買っちゃった、というレベルの収集じゃなかった。
ナマエにはあまり物欲がない。だから預金額がえげつないことになっているのも知っている。なので半年で集めたと言われてもまったくおかしくない量だ。
まぁ、ほっとけば仕事しかしない無趣味の彼女に趣味が出来ることはいいことだと思う。

「玉ちゃん、歌もダンスも上手いし、何より顔がいいんだよね。推せる」

いや、前言撤回。
僕以外の男を褒めるのは認めるわけにいかない。

「あ、そう言えば私来月から高専内勤務選任だって」
「え、マジ?」
「マジマジ。今日夜蛾さんと打ち合わせしたから」

キスマニの話が一気に飛んだ。
ナマエの術式は呪物の封印を強めたり解いたりすることに長けている。だから地方や海外によく派遣されて、そういった内容の任務を一任されることが多い。
それを効率化するためにここ2、3年余計に忙しくしていたことは知っていたが、思ったよりも随分早い。

「ネットワークがようやく作れてさ、来月からほとんど遠隔で出来るようになんの。だから高専まで通勤生活だよ」

へらっと笑っているが、これは結構重大事項なんじゃないのか。いや、いの一番に言えよ。
僕の頭の中など露知らず、ナマエはここのデリ美味しいね、などと暢気なことを言っている。
いや、まあでも嬉しい。帰ったらナマエがリビングで僕を待ってる夢の生活じゃん。
ちょっと目を放した隙にアイドルを好きになってたり、あまつさえ僕以外の男を顔がいいとのたまっていたりするのも最早クソどうでもいい。


食事を終えて残りの片付けは明日にしようと二人で話をし、ナマエ、僕の順でシャワーを浴びた。僕としては一緒でも良かったんだけど、悟と一緒に入ると狭いから嫌。と真顔でNGを食らい、仕方なく各々だ。

「悟、はい、カフェオレ」
「砂糖10杯入れてくれた?」
「いーや、5杯」

ちぇー、と口先だけで文句を言ってマグカップを受け取る。
コーヒー豆の味がわからなくなる、とナマエと七海に言わしめた飲み方だが、僕にはこれが一番美味いんだから問題ない。隣のナマエは相変わらずブラックを啜っている。
座っただけでぴったりくっつくことが出来る。ソファ最高。僕はマグカップをローテーブルに置くと、同じシャンプーの匂いがするナマエの髪に鼻先を寄せて、僕より何倍も華奢な肩に手を回した。

「あ、MMステ始まっちゃう」

ムードを一気にぶち壊し、ナマエがテレビをつけお目当てのチャンネルに設定をすると、丁度オープニングミュージックが流れ出す。長寿音楽番組だ。「これ音楽変わってないんだね」と思わず気の抜けた感想が出てしまった。
僕を驚きの雑さで流し、オープニングからナマエはテレビ画面に釘付けだ。
程なくして、キスマニのメンバーが主演を勤めるという月9ドラマとタイアップした新曲が流れ出す。特徴的なドラムが先行し、メロディラインが溢れた。えっめっちゃ普通にいい曲じゃん。
ドラマの内容は知らないが、コアなロックでいて歌詞は随分と甘い。ダンスは結構ハードで、特に後ろ4人が難易度の高い振りをしているのが素人にもわかった。ちらりと横目でナマエを見ると、うっとりした様子で曲に聞き入っている。
まぁ確かにいい曲だな。ナマエが気に入るのもわかる。

「はぁ、顔がいいな〜〜!」

前言撤回パート2。

「ちょっっとまって、いやいや、僕のほうがイケメンでしょ!?」

歌の出番が終わりCMに入ったところでナマエがそんな爆弾を落とすから、僕は前のめりになってナマエの肩を掴んだ。もはや色気などない。
きょとん、と僕の顔を見て、う〜ん、と考えるような仕草をする。えっ考えないといけないレベルだった?嘘でしょ?

「いや、悟は全人類が認める美しさだとは思うけど…推しは推しなんだよ」

わかる?と言われたが、わかるわけがない。わかってたらそもそもこんなこと言ってない。
全人類が認めるって、え、そこまで僕の顔買ってくれてたんだね?知らなかった。
CM明けの気配がして、ナマエはまたテレビに首ったけだ。

「トークの出番始まっちゃう!はい、悟、静かにしててね!」

今晩覚えてろよ、と僕は画面の中の煌びやかな男とそれに目を輝かせる自分の恋人を交互に見た。
いや、やっぱり僕のほうがイケメンでしょ。


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