答えは決まっちゃってるの
生真面目なところとか、融通の利かないくらい真っ直ぐなところとか、そういうところが怖かった。だから二人きりで任務に出なければいけなくなったとき、本当にどうしようかと思った。

「か、霞ちゃん…どうしよ…」
「ナマエ!が、頑張って…!」

同期の霞ちゃんに泣きついてみたけれど、任務の組み合わせが変わるわけではない。霞ちゃんは私の手をぎゅっと握って励ましてくれる。どうせ上級生と一緒に任務に出るなら桃先輩が良かったなぁ。だって東堂先輩もなんかついていけないし。でも東堂先輩はアイドルの高田ちゃんの話をしてる間はまだ楽しく会話が出来る気がするし、それに引き換え加茂先輩はどんな話をしていいかも分からないから正直もっともっと困るのだ。

「ミョウジ、時間だ」
「ヒッ…!い、今行きますッ!」

霞ちゃんと話をしていたらいつの間にか背後に迫っていた加茂先輩に声をかけられた。私はびくりと肩を震わせて、凛と伸びたその背中を急いで追った。

「あのぅ…加茂先輩…私、今回の任務どうしたら……」
「任務の概要を確認してないのか?」
「しっ…したんですけどっ…あの、私が下手に動いたら加茂先輩の邪魔になるのかと思って…」

現場までの移動の最中に私はびくびくとしながら尋ねた。加茂先輩は準一級術師だ。三級の私と違ってとっても強くて、だから一緒に任務に出たって私ばかりが足手まといになって迷惑をかけるに決まっている。加茂先輩の戦い方を熟知しているというほど一緒に任務に出たことはないし、聞いておかないと邪魔になる気がして仕方なかった。

「今回はミョウジの自由にやればいい。危険な状態に陥るようであれば私すぐに対処するから心配するな」
「え……」
「現場も数をこなさなければ慣れるものも慣れないぞ。筋は良いんだし、実戦で経験を積むのも効果的なことだ」

想像もしていなかったことを言われて目を丸くした。そんなことを言われると思わなくてびっくりした。筋はいいって、そんなこと思ってくれてたんだ。私はちょっといい気になって、その日はいつも以上に張り切っちゃって、結局最後は加茂先輩にフォローしてもらうことになっちゃったけれど、この日確実に、劇的に、私の中の加茂先輩のイメージは大きく更新されることになった。


生真面目で、融通が利かないくらい真っ直ぐで、案外面倒見が良い。ずばっとした物言いはちょこっと怖いままなのだけれど、それでも苦手意識のようなものは随分と薄れていった。

「ナマエ最近加茂先輩と一緒にいること多いよね?」
「えっ!」
「私も思ったわ。なんで急に憲紀について回ってるのよ」
「つ、ついて回るってほどでは…」

霞ちゃんと真依ちゃんとご飯を食べているときに急にそう言われた。べつについて回るというほど一緒に過ごしているわけじゃない。空き時間とか、加茂先輩が自主練しているときとかにちょこっと稽古をつけてもらっているだけだ。

「自主練見てもらったりしてるだけだよ。加茂先輩、すっごく教えるの上手いんだよ」

私がそう言うと、霞ちゃんと真依ちゃんはもっと目を丸くして驚いていた。加茂先輩が教えるのが上手いというのは本当のことだ。呪術は才能が殆どと言われて、加茂先輩には相伝の立派な術式がある。それでも多分とんでもない努力と研鑽を重ねて今の実力を得ていて、だからどう努力すればいいのかを教えるのが上手いのだと思う。

「はぁー、まさかアンタが憲紀とねぇ…」
「え?」
「ナマエ、私も応援する!」
「エッ!そ、そんなんじゃないってばぁ!」

そんなつもりじゃないのに、まるで私が加茂先輩に気があるみたいな言い方をされて焦りながら否定した。だってきっと私みたいな可愛くもなくて弱っちいのに好かれたって加茂先輩も迷惑に決まっている。

「わ、私なんかに懐かれたって…加茂先輩も迷惑でしょ……」

ツンと唇を尖らせながらそう言った。真依ちゃんがジトっと瞼を半分くらいまで閉じながら「その考え方がもう答えでしょ」と言って呆れたようにため息をついた。


たまたまなのか、相性がいいと思われたのか、加茂先輩とツーマンセルで任務に向かう機会が増えた。加茂先輩は準一級術師だから単独での任務ももちろんできるんだけれど、呪霊の数が多いときやなんかはサポートとして私も呼ばれることがままあった。

「今回は少し呪霊の数が多い。それから不確定要素もあるから決して無理はしないように」
「はい、わかりました」

移動の最中にいつも通り概要を説明され、私はそれに真剣に耳を傾けながら頷いた。加茂先輩は丁寧で、いつもわかりやすく私に要点や気を付けるべき点を教えてくれたし、時にはそれを私自身が気付けるように問題を出してくれた。なんていい先輩なんだろうと本当に感心する。ジッと加茂先輩の視線を感じて、私は何か抜けでもあっただろうかと視線を返した。

「えっと、あの……?」
「ミョウジは…私と組まされることが増えて迷惑していないか」

えっ。というリアクションだけがポロッとこぼれたた。迷惑だなんてとんでもない。むしろ等級の低い私と組まされる加茂先輩の方が負担が大きいはずなのに。私は一瞬なんと言ったらいったらいいのかわからなくて逡巡して、すると加茂先輩の方が先に口を開いた。

「私はあまり気を遣うとか、空気を読むとか、そういうことが出来ないだろう。だからミョウジには負担をかけているのではないかと思ってな」
「ふ、負担だなんてそんなの全然っ!むしろ私の方が弱くて迷惑かけてばっかりで…!」

加茂先輩に、そんなことはないのだと伝えたくて舌をもつれさせながら何とかそう言った。すると加茂先輩は少し驚いたような間のあと「そうか、それなら良かった」と小さく笑ってくれた。キュン、なんて音を立てて胸が締め付けられたような感覚になる。加茂先輩ってこんなふうに笑うんだ。


そうこう話しているうちに現場に到着して、私は浮足立つ気持ちを鎮めて目の前の呪いの気配に集中する。報告では二級呪霊が一体と三級、四級の呪霊が複数体。問題なのは、その複数体の正確な数が把握できていないことだった。
現場は朽ちた旅館のような場所で、打ち捨てられて長いのか、瓦がほとんど落ちてそこかしこから木の柱が覗いている。

「思ったより気配が多いな…ミョウジ、索敵のあいだは私のそばから離れるな」
「は、はい…」

現場に出ることが多くなってある程度は場数を踏んでいるつもりだけれど、こんなに呪力が濃く満ちている場所は中々お目にかかれない。ごくりと唾を飲み込み、呪霊の数を数える。右奥に二体、左手前に一体、正面に三体。加茂先輩が自分の血液を矢じりに塗りこめた矢を準備して構える。ぐっと弦を引き絞り、放たれた矢は物理的な軌道を無視して左手前の呪霊を霧散させた。

「正面の三体に二級が混ざっている。ミョウジ、右奥を祓えるか」
「はい、わかりました」

加茂先輩の指示に頷き、私は右奥に向かって駆けだした。幸か不幸か崩れている部分が多いから、建物の中でやり合うよりは視界が広かった。右奥は恐らく大浴場か何かだった場所で、タイル張りの浴槽が風雨に晒されている。呪力を獲物である日本刀に込め、それを振って飛び掛かってくる呪霊を祓う。

「よし、一体…二体ッ!」

多分三級だろう呪いは流石の私でも簡単に祓うことが出来た。もちろん数で押されればその限りじゃないんだけど、このくらいなら手こずることもない。浴槽のふちを少々破壊しながら呪いを祓い終え、周囲にほかの気配がないかを確認してから加茂先輩のほうへと戻る。
最初に観測したときよりも呪霊の気配が増えていた。奥に踏み込むことによってより鮮明に索敵できているということだろう。
元の場所に戻るまで湧き出てくる呪霊を数体斬り伏せて、加茂先輩を探せば正面の呪霊と対峙しているところのようだった。二級にしては強い、というか、その周囲にいる低級呪霊がまるで共闘するかのように連携している。

「…報告より全然多いじゃん…」

べつに補助監督さんの怠慢というわけではないけれど、現場に入って報告と全然違うなんていうのはよくあることだ。呪いは強力になればなるほど狡猾になり、中には気配を消して潜伏しているなんてものもいる。加茂先輩が丁度正面の呪霊をすべて祓って、振り返って私に歩み寄った。

「ミョウジ、問題なかったか」
「はい。右奥の現場は大浴場の跡だったみたいです。予想より少しだけ多かったですけど、低級だったので問題なく祓えました」
「そうか。じゃあ、このまま中に進むぞ」

私は加茂先輩の言葉に頷く。最初に索敵した呪霊を祓ってもまだ呪いの気配は少しも収まらない。つまり、報告の呪霊がまだ奥に残っているか、別の呪いが潜んでいる可能性があるということだ。

「ミョウジ…用心しろ。何かいる」

宴会場に足を踏み入れたところだった。加茂先輩が一度足を止めてそう言った。呪いの気配は薄い。けれど不気味なくらい静かで、こちら側を観察しているようにも感じられる。土足のまま畳の上を進み、加茂先輩が私を庇うように右腕を広げた。

「来る」

その言葉の直後、畳を突き破って私たちの前後に二体の呪霊が出現した。どうやら気配を隠して潜んでいたらしい。加茂先輩は素早く弓を構え、まず背後の呪霊に矢を打ち込む。私は加茂先輩と入れ違うように目の前の呪霊に向かって飛び込み、襲い掛かってくる触手のような部分を切り落とす。このまま削れるかな、と思ったら、加茂先輩がこちらに三本の矢を放って呪霊にダメージを与えてくれた。私は呻くように縮こまる呪霊を袈裟掛けに両断する。

「加茂先輩、ありがごとうございます…」
「気を抜くな、まだ来るぞ」

加茂先輩はまた背後の呪霊に向き直り、今度は両手を捻るように構えて術式を展開した。赤血操術、苅祓だ。円形になった血液は丸く軌道を描きながら呪霊に命中する。それに悶えてぎゅうっと小さくなって、加茂先輩がもう一度苅祓でとどめを刺す。そのときだった。背後からぬっと別の呪霊が湧き出て加茂先輩に向かって襲い掛かった。

「加茂先輩……!危ない…!」

私はもう必死で、呪力を込めた日本刀を加茂先輩に襲い掛かろうとしていた呪霊に向かって投げる。それが呪霊の足のあたりに命中して、振り返った加茂先輩が赤縛を使ってそのかたちを捉える。押さえつけられる呪霊が言葉にも満たない叫び声を上げて最後には霧散した。

「ミョウジ、助かったよ。怪我はないか」
「は、はい…」

なんとかそう返事をして、加茂先輩に危害が加わらなかったことにホッと胸を撫で下ろした。加茂先輩は私の投げた日本刀を回収し、柄をこちらに向けて差し出す。

「それにしても見事な投擲だった。日本刀を獲物にするのもいいが、飛び道具を使うのも合っているかもしれないな」
「うッ…は、恥ずかしいのでやめてください…」

私はそれを受け取りながらまるで野蛮なことをしてしまったと内心凄く恥ずかしかった。命を懸けた戦いに野蛮もなにもないのかもしれないけれど、もっとスマートな方法だってあったはずだ。加茂先輩を守らなきゃという一心でやったことだけれど、絵面は相当荒っぽかったことだろう。

「何故だ?」
「だ、だって必死だったからって刀投げるなんて…呪力飛ばすなりなんなりして足止めしても良かったなと…」

言葉が尻すぼみになっていく。加茂先輩に乱暴な女だと思われたらどうしよう。いや、任務なんだから仕方ないんだけど、わかってるんだけど、無事に解決出来た今はそんなことが気になって仕方なかった。

「気にすることはないよ。正しい判断と行動だった。それにミョウジが成長するのをそばで見るのは楽しい」
「た、楽しい…ですか…?」
「ああ。そばにいれば、何かあっても守ってやれるから安心できるしな」

え、とか、あ、とか、なんかそんな言葉の中間みたいな声が漏れた。それってどういう意味なんだろう。育成ゲームみたいなそういう気持ち?でも加茂先輩にそんなゲームみたいな感覚あるんだろうか。加茂先輩って天然なのか確信犯なのかよくわかんない。言葉の意図が飲み込めずに私がグルグル頭の回路を目一杯に走らせていると、加茂先輩は薄く笑いながら留めの一撃を口にした。

「どうにも私は、君から目を離すことが出来ないみたいだ」

そんなこと言われたら好きになっちゃう。なんて、じつはもう私の中でしっかり答えの出ている感情を、言い訳が後押しした。

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