アイスクリームナイトツアー
呪術高専に不良もクソもないと思うが、ナマエは間違いなく不良の部類だろう。一般の高校だったら退学ものだろうな、という素行不良を繰り返していた。もっとも、夏油だってひとのことは言えないのだけれど。

「…アイス食べたい」
「は?」

夜も更けた23時、談話室でだらだらと過ごしていると、目の前のナマエが不意にそんなことを言い出した。「食べれば?」と言えば「ストックないんだよね」とガッカリしたような声で返ってきた。

「じゃあ、我慢すれば?」
「ヤダ。もうクチがアイスのクチになっちゃってるもん」
「いや、知らないよ」

子供みたいなことを言い出して、じっと冷蔵庫を睨みつける。冷蔵庫を睨みつけたところでべつにアイスは勝手に増えたりしない。

「……コンビニ行ってくる」
「こんな時間から?」
「だって食べたいし」

ナマエのアイスへの情熱は夏油の想像の上をいっていた。一番近くのコンビニまでだとしても麓まで降りて15分はかかる。寮の門限だってすっかり過ぎているし、帰ってくるころには23時半を過ぎるだろう。まぁ、寮の門限なんてあってないようなものなのだけれど。

「私も行くよ」
「面倒なら来なくてもいいのに」
「夜の女の子のひとり歩きは危ないだろ」

ナマエが立ち上がって今にも出て行ってしまいそうだったから、夏油も慌てて立ち上がる。ナマエがきょとんとした様子で夏油を見た。

「コート取ってくるから、ナマエもあったかい恰好しておいで」
「ん。わかった」

そう言ってそこで別れ、一度自室に戻って夏油も防寒具の類いを持ってくることにした。東京都内とはいえここは山の中だし、十二月の夜は凍えるような寒さである。ダウンジャケットとマフラーを着込んで談話室に戻ると、ナマエも同じように防寒対策をして戻ってきていた。

「じゃ、行こっか」
「うん」

二人で並んで暗い高専の敷地の中を歩く。補助監督の事務室がある棟にはまだ煌々と電気が付いていた。呪霊に昼も夜もないし、それは働くこちら側も同じである。学生である夏油達だって任務で夜中に現場へと赴くということは珍しくなかった。

「やばー。まだ事務室電気ついてるじゃん」
「この業界は人手不足が常だからね」
「はぁーあ、私らも結局メッチャこき使われるのかなぁ」
「だろうね」

なんなら今だって充分こきを使われていると思うけれど。事実、同期ふたりは任務にかり出されている状態である。たまたま今日は夏油とナマエの任務が入っていないだけであって、夏油もナマエも先週夜間任務に出たところだ。

「あーあ、恋愛とかもできないまんま青春終わっちゃうんだろーなー」
「…青春したいんだ?」
「だって世の中の高校生はみーんな恋愛とか部活とかしてるわけじゃん?なんっか損した気分になるていうか…」
「…好きな奴でもいるのかい?」

ナマエが思いもよらないことを言ってきたから、少し心臓をどぎまぎと鳴らしながら平静を装って言葉を返す。ナマエは「別にいるわけじゃないけど」とつんと唇を尖らせながらそう言った。
特定の相手がいないことを聞き出してホッと胸を撫で下ろした。なんで撫で下ろしたかなんてことは夏油の中でも非常に明白なことで、つまるところ、夏油は彼女のことが好きなのだ。

「夏油は?好きな子いないの?」
「さぁ、どうだろ」

適当に相槌を打って流す。あなたです、なんて口が裂けても言えない。そのうち高専の敷地の端まで辿り着いて、鳥居をくぐって外に出る。ここから山道を10分ほど下れば最寄りのコンビニが見えてくるはずだ。

「そもそも何でこんな真冬にアイス?」
「わかってないなぁ。冬って濃厚系のアイスけっこう出るんだよ。こないだ私の好きなアイスの冬限定フレーバーが出たの」

びゅうっと風が吹きすさび、ひんやりと頬を撫でる。室内で蓄えていた熱はとうになくなってしまって、身体が芯から冷やされていくようだった。こたつでアイス、クーラーの効いた部屋でキムチ鍋など、季節感のちぐはぐになるような組み合わせがいいというのは理解できるけれど、わざわざこんな夜中に往復30分をかけてお目当てのものを調達しようというのは流石に気合いが違うと思う。

「夏油は何買う?」
「そうだなぁ…ホットコーヒー?」
「えぇぇ、アイス買いに来てるのにぃ?」
「コンビニに着くころには身体も冷えっ冷えだよ」

他愛もないことを話してると、ぼんやりとコンビニの灯りが見えてきた。店内に入れば、温かい空気が二人の気を緩める。眠そうなアルバイト店員を横目にアイスのフリーザーケースの方へと足を向けると、ナマエはさっそく目的のアイスを購入するべく商品を物色している。

「……ない」
「好きなアイスの新しいフレーバーっていうやつ?」
「うん。濃厚牧場生クリーム」

ナマエが残念そうにお目当てのフレーバーの名前を口にする。確かに冬っぽい濃厚さを売りにしているだろう商品名だ。新作だと言っていたし、どこのコンビニにもあるわけじゃないのかも知れない。残念だが今日は別のものにするしかないだろう。

「……もう一軒行く」
「は?」
「だって新作食べたいもん」

ナマエはむくりとフリーザーケースから顔を上げた。もう一軒というとまたここから15分以上は歩かなければいけないところにしかないはずだ。携帯の時計を確認する。23時25分。帰る頃には時計の針はてっぺんを回ってしまうだろう。

「夏油、帰ってもいいよ。付き合わせても悪いし」
「…どうせ次のコンビニになかったらまた次って行くつもりだろ?それこそ危ないからついていく」

どこまで深追いするつもりかはわからなけれど、一軒目でお目当てのアイスがなかったから次、となっているのなら、二軒目でも見当たらなければ三軒目と続けて行くに違いない。こんな時間にナマエをひとりで歩かせるわけにはいかない。

「じゃ、行こ!」

フリーザーケースから踵を返し、一軒目のコンビニを出る。コンビニで温められていた身体が外気に触れて一気に冷やされた。ナマエもぶるると身震いをする。

「やばぁ…めっちゃ寒いんだけど」
「そりゃ、十二月の深夜だからね」

麓から今度は駅の方に向かって歩いていく。並んで歩いて、ナマエのスピードに合わせているからいつもより何倍もゆっくりと歩いた。じっとナマエのつむじを見下ろす。髪の隙間から覗く耳が真っ赤になっていた。

「このへんめっちゃ暗いね」
「まぁ、街灯少ないしね。田舎はこんなもんじゃない?」
「夏油の実家のほうもこんなの?」
「いや、流石にもうちょっと住宅街かな」

田舎にある祖母の家のことを思い出しながら言ったけれど、あいにく夏油自身の実家はここまで山間部というわけではない。ナマエの実家の周りがどんな様子かは聞いたことがないけれど、ピンと来ていない様子から少なくともこのあたりのような田舎というわけではないのだろう。
のんびりとそのまま夜道を歩き、この間の任務の話とか、昨日の学食の話とか、他愛もない話をあれこれと続ける。そうしているうちに夜の暗闇の中でぽうっとコンビニの灯りが見えてきた。

「ここはあるかな?」
「あると良いね」

そんなことを言いながらコンビニに入り、二人とも一直線にフリーザーケースへ向かう。「濃厚牧場生クリーム」の名前を夏油は右端から、ナマエは左端から探した。

「……ない」
「……みたいだね」

端から端まで視線を巡らせてみたけれど、残念ながら「濃厚牧場生クリーム」の文字はどこにも見当たらない。ナマエは少し拗ねるような顔をした。その顔を眺めながら口を開く。

「…次のコンビニ行こっか」
「いーの?」
「だって、ナマエ食べたいんだろ?」

次のコンビニに行くのを提案したのは夏油の方からだった。ナマエはきらきらと目を輝かせる。ここまで来たらとことん最後まで付き合うほかないだろう。
夏油とナマエは二軒目のコンビニを出ると、さらに遠くのコンビニを目指して歩き出した。今度は徒歩どのくらいの距離だっただろうか。普段徒歩で行くような場所じゃないからもう距離感が曖昧だ。結局そこから10分ほど歩いたところのコンビニに入って、そのあとさらに15分歩いた場所のコンビニを目指す。

「もう何軒目?」
「五軒目?」

もっと街中のコンビニに行かないと入荷していないのだろうかと、うっすら諦めムードの中でコンビニに入店する。フリーザーケースの前に立ってお目当てのアイスを探した。

「あ!あった!」

ナマエが嬉々と声を上げる。指さす先には「濃厚牧場生クリーム」の文字を確認することが出来た。ナマエの探しているアイスはどうやらカップアイスだったらしい。ナマエのアイスと夏油のホットコーヒーを購入し、アイスはビニール袋へ、缶コーヒーは夏油のポケットの中へ。

「どこで食べる?この気温なら、寮まで持って帰っても溶けないとは思うけど…」
「すぐ食べたいし、どこかいい感じの場所ないかなぁ」

コンビニを出てそう尋ねる。ナマエはすぐにでもアイスを食べたい様子で、手ごろな場所を物色する。ナマエが「あ」と短い音を漏らしてどこかいい場所を発見したようだった。向かった先は近くにある児童公園だった。
さてどこか座れるところはないかと夏油が探していると、目についたのはブランコで、そこを提案するより前にナマエが小走りで駆け寄って二つあるうちのひとつに腰かけた。

「夏油!こっちこっち!」

手招きをされてナマエの隣のブランコに腰をおろす。ナマエがこちらに手を差し伸べてきて、ビニール袋の中からナマエの念願の濃厚牧場生クリームを手渡すと「冷たいっ!」と言いながらそれを受け取った。

「えへへ、いただきまーす」

ナマエは顔を緩ませながら蓋を開けると、コンビニで貰った木のスプーンを表面に突き立てる。流石にこの寒さの中ではフリーザーケースの中の固い状態を保っているようで、ひとくち目を掬うのに随分と苦戦しているようだ。どうにかスプーンに掬って、若干白くなりつつある唇を開いて口に放り込んだ。

「美味しい?」
「んーっ!美味しー!ミルクが超濃厚!これぞ冬のアイスってかんじ!」
「そりゃ良かった」

嬉しそうに笑うナマエを見ていると、こんなところまでテクテクと歩かされた疲労も、冬の寒さも、一気にどうでも良くなってしまった。本当に恋愛なんて惚れたほうの負けだ。前かがみになりなが自身の膝に頬杖をついて左隣にいるナマエを見つめる。

「夏油もひとくち食べる?」
「いいよ、寒いし」
「そ?寒い中で食べるアイスって美味しいのに」
「ナマエが嬉しそうでなにより」

ナマエは目の前のアイスに夢中で夏油の視線には気付いていないようだった。そのおかげでゆっくりとナマエの横顔を見ていられる。鼻の頭はすっかり赤くなってしまっていて、にこにことアイスを頬張っていることもあいまって余計に幼く見えた。

「寒くない?」
「寒い!でも美味しい!」
「はは、やっぱり寒いのは寒いよね。風邪ひかないでよ」

ただでさえ真冬に深夜の屋外にずっといて、その上冷え冷えのアイスを食べているのだ。身体は芯から冷えていることだろう。アイスクリームを全部平らげて、ゴミを回収しようと手に持っていたビニール袋を広げて構えると、ナマエがそこにころんとカラになった容器と木のスプーンを放り込む。

「はぁー、美味しかったぁ……っくしゅんッ!」
「あー、あー、言わんこっちゃない…」

すっかり冷えてしまったようで、ナマエが勢いよくくしゃみをした。コートの襟から覗く首筋が白々としている。夏油は自分の首に巻いていたマフラーを取ると、ナマエの首にくるりと巻きつけた。ナマエが目を大きく目を見開いて、自分の顔とマフラーを交互に見た。

「夏油が寒くなっちゃうよ」
「私は大丈夫。ちょっとはこれであったかくなったかな?」

自分の首は随分と寒くなってしまったけれど、ナマエが風邪を引くよりはマシだ。どうせナマエは、自分の胸中なんて気付いていないのだろうけれど。

「……夏油ってお人好しだよね」

案の定ぽけっとなんにも考えていなさそうな顔でのんびりとそう言った。まったく彼女は自分がただの良心でこんな時間にこんなところまでついてきたと思っているのか。冗談じゃない。一軒目だけならまだしも、深夜に何軒もこうやってハシゴするまで付き合うほど、お人好しじゃない。どれだけコッチがやきもきしたものを抱えていつも君の横顔を見つめていると思っているんだ。

「ほんっと…好きじゃなきゃこんなことしないよまったく…」
「え?」
「………なんでもない」

うっかりと本音が漏れて、慌てて誤魔化した。いつも抜けているんだから聞き逃してくれればいいのに、残念ながらナマエは聞き流してくれないみたいだ。缶コーヒーがポケットの中でじんわり熱を放つ。

「ねぇ、夏油」

ナマエがジッと夏油のことを見つめる。指先、これで温めたら?と、言い訳めいたことを言いながらポケットから缶コーヒーを差し出した。これで誤魔化されてはくれないだろうけれど、少しでも時間を稼いで、自分の心を落ち着ける時間を稼がなければ。

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