高たんビーム、継続中
葵さんとはのんびりとしたやりとりが続いていた。劇的な発展があれば嬉しいとは思うけれど、臆病者の私はそんなことで共通の趣味を持つ友人を失いたくないという気持ちのほうが強かった。

『今度東京に行く予定があるんだが、ナマエさんの予定が合えば聖地巡礼をしないか?』
「エッ…!」

届いたDMに思わず大きな声を上げる。一緒にいた友人が何事だという視線を投げてきた。彼女は私の高田ちゃん推し活動を知る数少ない人間であり、冷ややかながらもそれをいつも応援してくれている子だ。何度か葵さんの話もしていて、なんなら私の葵さんへの恋心まで知っている唯一の友人である。

「あ、あの。葵さんが今度こっちに来るから遊ぼうって誘てくれて…」
「え?マジ?デートじゃん!」
「いやぁ、デートっていうか聖地巡礼っていうか…」

私から飛び出たオタク用語に友人が一瞬で苦い顔をする。あんただってこのあいだドラマの撮影地行きたいって下北沢行ってたじゃん、と反論をしようと思ったけれど、基本的に彼女に口で勝てる覚えはないから、反論したい気持ちは心の中でそっと着席していただいた。

「で、聖地巡礼ってどこ行くの?」
「どうしよ…ロケ地巡りとかだったら結構街ブラ番組とかでいろんなところ行ってるし…迷う…巣鴨とか阿佐ヶ谷とかさ」
「うわぁ、なんかデートっぽくない…」

友人が顔を歪める。高田ちゃんは結構手広く活動しているうえに、このところは街ブラ系の番組にもよく出ている。こないだは巣鴨とかも行ってたし、あの番組神回だったから、高田ちゃんの行っていたお店とかに行くのもいいかもしれない。

「デートっぽいとこ行きなよ」
「だ、だからデートとかじゃないってばぁ…」

デートなんて言われたら余計に緊張して行く先も迷ってしまう。結局迷いに迷った末、先週放送されたばかりの街ブラ番組のロケ地である阿佐ヶ谷に行こうという話でまとまった。


当日、私は目一杯のお洒落をしようと新しい服を買って、友人にメイク術を教わって、前日には高田ちゃんの現場と同じくらいの気合でスキンケアもしっかりしてきた。今日のメイクは上手くいったと思う。高田ちゃんの華やかさには足元にも及ばないけれど、私の中では最高の出来になったと思う。

「うっ……緊張してきたぁ…」

高田ちゃんの現場とはまた違う緊張感だ。高田ちゃんの現場だったら握手擦する瞬間とか、ハイタッチする瞬間とかに狙い撃ちで全力投球すればいいんだけど、今日はそうとはいかない。葵さんと会ってる時間すべてに全神経を集中していなければならないのだ。時計を見ると、待ち合わせの時間まで残り30分というところだった。葵さんの声が背後からかかる。

「ナマエさん、すまない、待たせたか?」
「葵さんっ!いえ!全然!さっき来たところで…!」

さっき来たなんて真っ赤な嘘だけれど、葵さんに会うの緊張し過ぎて20分も待ってましたなんて言えるわけがない。忘れがちだけれど、葵さんは私よりも年下なのだ。まぁそれもたった1歳なんだけどヘンな年上のプライド?みたいなものが働いて、余裕があるような素振りを理想にしてしまっている。

「ナマエさんは行きたいところとかあるか?」
「えっと、どうしてもってわけじゃないんですけど、例えばこないだ高田ちゃんが行ってた阿佐ヶ谷のジェラート屋さんとかどうかなって思ってて…」
「おお!あの店か!いいな、俺も気になってたんだ」

計画していたお店のことを伝えると、葵さんも同意してくれた。私たちは待ち合わせの東京駅から青梅駅行きのオレンジのラインが入った電車に乗り、阿佐ヶ谷を目指す。道中の会話はもちろん高田ちゃんのことだ。

「葵くん、こないだのカラオケ配信見ました?」
「ああ、高田ちゃんの歌唱力がバラードによっていっそう引き立っていたな…」
「アイドルソングも最高だけど、バラードになったら歌のうまさそのものが際立ってましたよね!」

最近高田ちゃんはよく配信をしてくれる。その一回で、高田ちゃんがいろんな歌を歌ってくれるカラオケ配信をしてくれたのだ。その中で有名歌手のバラードをカヴァーしていて、それがいつもと違う雰囲気でファンたちの間でめちゃくちゃ話題になっていた。

「葵さんは歌得意ですか?」
「それなりにな。高田ちゃんのお気に入りはすべて振り付きで頭に入っているぞ」
「さ、さすが…!」

前と違うことと言えば、高田ちゃんの話をするときに葵さんの話まで広がるようになったことだ。だけどそれも今みたいに結局高田ちゃんの話に戻っていくことは多い。べつにそれだって楽しいんだけど、もっと葵さんのことを知りたいなと欲が出てしまうこともあった。
電車に揺られて阿佐ヶ谷の駅に着くと、北口から出て目的のお店に向かって歩き出す。目的のジェラート屋さんは駅の目の前、というわけではなくて徒歩でそれなりの距離にあるはずだ。

「店はどのあたりなんだ?」
「えっと…駅から徒歩7分らしいです。北向きに坂を上っていくみたいで…」

私がスマホのマップアプリを開いてお店の場所を指し示す。葵くんにも見やすいようにと思ってスマホをそちら側に向けようとすると、それより先に葵くんが私の手元を覗き込む。ぐっと縮まった距離にどきっと心臓が鳴った。

「なるほどここか。427号を少し北上してから松山通りを進めばいいようだな」
「う、うん…そう…だね…」

どきどき心臓が激しく鼓動する。ぐっと近づいた葵さんからはふんわりと清潔感のある香りがした。洗剤の匂いかな、それともお気に入りの香水か何かなんだろうか。嫌味とか不快感とかはなくて、好感の持てる香りの種類と強さだと思う。

「よし、行くか」

葵くんはスマホから顔を上げ、北向きに身体を向ける。私もスマホをポケットに仕舞うと、彼の斜め後ろをついていくようにしながら歩き出した。しばらく歩いていると緊張感が少しだけ和らいできて、またさっきまでみたいに高田ちゃんの話で盛り上がれるようになってきた。

「来週の高田ちゃんの番組、確か北海道だったよね」
「ああ、雄大な北の大地の自然と高田ちゃんのコラボレーションは素晴らしいだろうな」
「私、北海道行ったことなくって…葵くんはある?」
「まぁ、高専の関係で一度はあるぞ」

宗教系の学校だとは言っていたけれど、その一環で北海道まで行くこともあるものなのか。やっぱり私とは住む世界が違うような気になってしまう。何となくなんだけれど。

「そっかぁ。いいなぁ。私もいつか行ってみたい」
「なら、今度一緒に行くか?」

えっ!?と自分の声が盛大に裏返った。北海道旅行なんてまず間違いなく日帰りじゃない。何ならに二泊三日はしないとちゃんと観光も出来ないような広大な場所だ。そんなところに今度一緒に行くか、なんて、葵くんはどういうつもりで言ってるんだろう。心臓が変な音を立てる。

「高田ちゃんのロケ地巡りは北の果ての地でも充実するだろうからな」
「そ……う、だね…」

葵くんの当然のように出てきた言葉に残念なような、ホッとしたような気持ちになる。そっか、そうだよね、高田ちゃん関連に決まってるよね。そうだ、それ以外に私を誘う理由なんてないよね。平常心平常心。そうして自分をなんとか言い聞かせた。

「む、ここか」
「あ、本当だ。結構距離あると思ったけど、喋ってたらあっという間だったね」

坂道はけっこう足にきたけれど、想像よりもお店には早く到着した。きっと葵さんと話しながら歩いていたからだと思う。だって葵さんと話している時間はすごく楽しくて、いつもいつも時間が足りないくらいなのだ。
すっきりと小洒落た店内に入ると、ジェラートの入った四角い箱が行儀よく並ぶショーケースが私たちを出迎えてくれた。前に数人並んでいて、丁度考える時間がありそうだ。

「ナマエさん、何味にするんだ?」
「高田ちゃんの食べてたピスタチオはマストなんだけど…たくさんあって迷っちゃうなぁ…」

せっかくここまできたんだからトリプルとは言わずともダブルくらいにしてふたつのフレーバーを楽しむつもりなのだけれど、ひとつは高田ちゃんが番組で絶賛してたピスタチオにするとして、もうひとつが悩みどころなのだ。

「どれとどれで迷ってるんだ?」
「ノッチョーラっていうのとフレッシュミルクで迷ってて…」

ノッチョーラってたしかヘーゼルナッツのことだ。ピスタチオとノッチョーラにしてナッツ系でまとめるのもいいし、ミルクでふんわりバランスを取るのも魅力的だ。結局私は迷った挙句、ナッツ系でまとめることにした。葵くんはピスタチオとミルクのダブルにしていて「やっぱりピスタチオはマストだよね!」と言って二人で意味もなくうんうんと頷いた。
店内奥にあるイートインスペースが空いていたから、小さなテーブルを囲んでふたりしてジェラートに向き合う。お洒落重視のテーブルと椅子はただでさえ小さいのに、大柄な葵くんが座っていると余計に小さく見えておかしかった。

「ひとくち食うか?」
「え?」
「さっきミルクと悩んでただろう」

葵くんが私に向かってカップを差し出す。ひょっとして、もしかして、私がミルクと迷ってたからミルクにしてくれたのかな。いや、それはさすがに都合のいい考えだろうか。視線をうろうろと迷わせる。

「い、いいの…?」
「ああ。急がないと溶けるぞ」

そう急かされて、私は意を決して葵くんの差し出したカップの中からスプーンでミルクを掬い取り、ぱくっと頬張る。甘さよりもミルキーさが勝つそれはまるで牧場のしぼりたてミルクを彷彿とさせた。

「んっ!美味しい!」
「さすがだな、高田ちゃんがあれだけ絶賛していたのも頷ける」

葵さんも自分のジェラートをくちにして、二人してうんうんと感想を言い合う。そもそもこのジェラート屋さんは高田ちゃんがお気に入りのお店を紹介するという趣旨のロケで来たのだ。推しと同じものを同じ空間で食べることが出来たという喜びがジェラートに乗って身体中を巡っていく。

「葵くんも良かったらノッチョーラひとくちどうぞ」
「いいのか?」

溶けちゃうよ?と今度は私が言う番で、葵さんは私のカップから遠慮がちにジェラートを掬った。溶ける前に、という気持ちももちろんあるんだけれど、それ以上にもうあまりの美味しさにスプーンが止まらなくって、ふたりともあっという間にジェラートを食べ終わった。カップをゴミ箱に捨て、小洒落た店をあとにする。すると、随分遠くからだけれど祭囃子のようなものが聞こえた。どこかでお祭りでもやっているのかな。和太鼓のリズムが心地いい。

「そういえば、この前高田ちゃんが番組の企画で和太鼓を叩いていたな」
「あれ凄かったね!やっぱり高田ちゃん和太鼓すっごく似合う!」
「ああ、ナマエさんの好きなタイプだもんな」

それは葵さんに「好きなタイプ」を聞かれたときに葵さんのことを言っているのだとバレちゃうかと思いながら白状した内容だった。あの時は「女でもいいぞ」と付け加えられたこともあってか、葵さんはそれを高田ちゃんのことだと解釈していた。あのときは動揺し過ぎてちゃんと話を続けることが出来なかったけれど、葵さんはどんなひとがタイプなんだろう。

「あ、の…葵さんの好きなタイプって…どんな人、ですか?」

私は意を決し、絞り出すような声で尋ねた。あからさまだったかな。面倒なこと聞いてくると思われて、友達としての付き合いも距離を置かれたらどうしよう。でも吐いた唾は飲み込めないように、尋ねてしまった質問をなかったことにはできない。私はぎゅっと両手を握った。

「尻とタッパのデカい女だな」
「え…あー。そう…ですか…」

葵くんから出てきた答えにひゅるるっと魂が抜けていくような気分になる。少しも私に掠ってない。おしりが大きいかどうかはあんまり自分ではわからないけれど、少なくとも身長は高くない。葵くんの目を見ようとしたらしっかり見上げないといけないくらいの身長である。
ため息をついてしまいそうになって慌てて飲み込む。ため息なんかついたって暗い空気になって葵さんを困らせてしまうだけだ。何か他の話題を振らなければと思って考えていると、私が口を開くより先に葵さんが口を開いた。

「しかし、好みのタイプというのが必ずしもそのまま好きな女性になるというわけではないんだと…最近気が付いたところだ」

それってどういうこと、と聞きたかったのに、舌はもつれるわ頭は熱くなって回らなくなるわでなにも言えなかった。「祭囃子の方、覗いてみるか」と言って葵さんが歩き出す。私はこんがらがる頭を抱えたまま、彼の広い背中を追いかけた。

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