私だけのあなた
彼氏の夏油傑は、いままで私が出逢ってきた人間の中で一番である。

「あの、ずっと見てました!手紙読んでください!」

何が一番かというと、異性からのモテ方が、だ。


今日も今日とて知らない女子から告白をされた傑は、涼しい顔で自席に座っている。
告白されたんだけど、とか、そういう報告はない。まぁ別に義務じゃないとは思うが、それなら事実そのものを知らないままでいたかった。
今日は残念ながら任務帰り、高専近くの道を通りがかったときに見てしまった。不可抗力。
何で今日に限って電車で任務に行かされたんだとか、何で傑まで徒歩で移動してるんだとか思ったものの、そんなことを考えたところでもう手遅れた。
女の子は高専から比較的近い高校の制服を着ていた。つやつやのロングヘア。それ以外は分からなかった。

「はぁ…」

傑、なんであんなにモテるんだろう。いや、考えるまでもない。
悟ほど万人受けする美形ってわけじゃないが、塩顔で切れ長の目元がかっこいい。前髪は変だけど、背は高いし足は長いし、鍛えてるから体格もいいし。
まず見た目でこれだけのいいところがある。性格は言わずもがなだ。
真面目で誠実。マメだし、女の子に優しい。その上聞き上手で話しているとすごく心地がいいのだ。傑がモテなかったらこの世の人間は誰もモテないんじゃないかと、そう突拍子もないことを考えてしまうくらい、傑はいい男なのである。

「ナマエどうかした?元気ないね」
「…別に」

傑は私の視線に気が付いたらしく、ケータイを置くとこちらをじっと見る。
なんで私ばっかりこんなに嫉妬しなくちゃいけないんだ?
そりゃ私は傑と違ってモテる方じゃないし、そもそも傑以外にモテたって意味がないとは思ってる。だけどなんかあまりにも不公平な気がしてきた。

「傑、なにそれ」
「え?これ?」

ふと、傑の机の中に白い手紙が入っていることに気が付いた。それを指摘すると、傑はそれをぺらりと取り出して見せる。まさか。

「寮の個人郵便受けに入っててさ、差出人が書いてないんだよね」

絶対ラブレターだ。間違いない。そうに決まってる。
私は「ふぅん」と返事をして、眠いから寝るとかなんとか言って会話を切ると机の上に突っ伏した。やっぱり私ばっかりこんなに気にして、不公平だ。


傑にだって嫉妬して欲しい。思いをかけた分だけ返ってくるなんて考えではいけないとわかっているけど、この格差はあんまりじゃないか。
ということで、私は翌日から作戦を決行することにした。名付けて悟にべたべたして傑を嫉妬させちゃおう作戦だ。内容はタイトルのまま。

「悟、チョコ食べる?」
「あ?何でだよ」
「いいからいいから。これ新作なんだって」

そう言って、私は季節限定新作チョコレートを悟に手渡した。
なぜ相手に悟を選んだのかというと、他に大して仲のいい男子がいないからである。同級生なら授業も任務も一緒になりやすいしね。

「うま」
「ね。苺が安っぽくない感じでよくない?」

私は悟の机の前に椅子を持ってきて、向き合うようにしてチョコレートを食べる。硝子はただいま一服中。
すると、丁度傑がドアを開けて教室に入ってきた。

「珍しいな、二人でお菓子囲んでるなんて」

傑は少し驚いた顔をして、それから自分の席に座った。私はまたひとつチョコを悟に渡して、傑のほうはあえて見ないままで言う。

「このチョコ、悟が好きそうだから買ってきたの」

傑がどんな顔をしていたかは分からない。とりあえず悟が美味しそうにチョコレートを食べる姿をにこにこと見つめてやることにした。いや、悟のやつまつげ長いな。


私の作戦は順調だった。
まず、朝起きたら傑より先に悟におはようと声をかける。ちなみに一番は女子寮の洗面所で一緒になる硝子。
それから努めて悟のそばに行って、いつもなら傑に話しかけていたようなどうでもいい話を振る。悟は私の態度の変化に驚いていたようだったけど、そんなことはこの際お構いなしだ。
お昼もなるべく悟の向かいを陣取る。隣じゃないのは、向かいに傑が座ってきたときに強制的に目があって気まずいから。
そして極めつけは夜である。
いつもなら硝子とお喋りするか傑と一緒に過ごすかというところを、私は悟の部屋を訪ねることにしたのだ。

「さとるー、あーそーぼー」

コーラとお菓子を貢物として持ってきた私を、悟は珍妙なものを見るような目で見下ろした。

「傑ならいねぇけど」
「知ってるよ」

お邪魔しまーすと半ば強引に室内に侵入し、コーラとお菓子をテーブルに置いてクッションを陣取る。テレビにはプレスタ2が繋いであって、なんのゲームかはわからないけど悟はゲームをしていたらしい。
いつもなら悟の部屋に来るときは傑も硝子もいるから、なんか広く感じる。

「オマエ、傑と喧嘩でもしてんの?」
「してない」
「じゃあなんだよ」

さすがの悟も不審に思っているらしく、私を訝し気な目でじぃっと見た。
私は勝手にお菓子を開け、悟の言葉を無視して「ねぇ、これ何のゲーム?」と尋ねる。

「エフエフの12」
「難しい?」
「オマエにはな」

悟は私と傑のことを追及するのは諦めたのか、二人分のコップを持ってくるとゲーム機の前に座った。
私はお菓子を食べながら悟の操作する金髪のキャラクターを意味もなく見つめた。途中から見てるからストーリーはよくわからなかった。


傑中心の生活から悟中心の生活に切り替えて四日。
傑は単独任務に出たりとかしてたから体感でいうとまだ二日目くらいの感覚。
悟のゲームも毎日見ていたらなんとなくストーリーがわかるようになってきた。続きが気になる。

「悟ー、おはよー。昨日の夜悟の部屋にブランケット忘れてたよね」

今日は確か傑は昼過ぎに戻るはずで、私はそんなんことを言いながら教室に足を踏み入れた。
するとそこには悟と、どうしてだか傑もいて、傑が驚いたようにこちらを見ている。

「おー、さっさと取りに来いよ」
「うん、今日の夜行くね」

傑の驚いた顔には気づかないふりをして、私は事も無げに悟にそう返事をする。
ちょっとやりすぎかなって思ったけど、だって傑の机には今日も可愛らしい紙袋が乗っていたから。

「ナマエ…」

傑に名前を呼ばれて、びくっと一瞬身構える。
「傑だって女の子と話してるじゃん」「ラブレター受け取ってるでしょ」「悟と遊んで何が悪いの?」いくつか言い訳を考えて、傑からの追撃に備えたものの、そのどれもを言う前に夜蛾先生が教室に入ってきたことによって話は打ち切りになった。
言い訳、と思っている時点で悪いことをしている自覚はあるのだ。けれどなんだか後には引けなくなってしまって、私は傑からの痛い視線に気づかないふりを貫き通した。


その日の夜。私は懲りもせず悟の部屋を訪れていた。
だってここで引いたら私が悪いことしてるって全面的に認めることになってしまう気がする。
悪いことと言っても、悟と何かあるわけじゃない。部屋に行ってお菓子を食べながら悟のゲームを隣で眺めているだけ。悟のゲームは大体深夜まで続くようで、私は時計の針がてっぺんを回る前に退散する。本当にそれだけ。

「さーとーるー」

悟の部屋までついて、扉をこんこんとノックする。かちゃんという音がして扉が開かれたら、そこにいたのは悟じゃなくて、怒りを隠そうともしない形相の傑だった。
その向こうで悟がべぇっと舌を出して憎たらしい顔をしている。やられた。

「…ナマエ、話がある」
「なに、私、悟の部屋に用事なんだけど」

ふいっと視線を逸らしてそう言うと、傑の大きな手が私の手首を掴んだ。傑は悟に「手間をかけたね」とだけ言って、有無を言わさず私を引っ張り寮の廊下を歩いていく。
辿り着いたのは数部屋先にある傑の寮室で、乱暴に扉を開けると私を壁際に追い詰めた。

「ナマエ、一体どういうつもりだ」
「何が?」

傑がまた私の手首を掴み、ぐっと力を込める「痛い」と抗議しても、それが緩められることはなかった。
ただでさえ切れ長の目は睨み据えるように細められ、一度もこんな視線を向けられたことのない私はヒュッと喉が鳴った。

「悟がいいならそう言えばいいだろう。あんなに当てつけみたいなことをしなくても」

…なんで。なんでそんなこと言うの。
目頭が熱くなって、鼻の奥がつんと詰まる。
べつに悟がいいなんて言ってないじゃん。私には傑しかいないのに。

「なんで…そんなふうに、言うの」
「…ナマエ?」
「わ、私だって」

気が付いたら、堪えきれなかった涙が堰を切って溢れていた。
みっともない、泣きたくない。でももう止められなくて、涙は次から次へと溢れていく。

「え、ちょ、ナマエ!?」
「…す、すぐるがモテるから、私ばっか嫉妬して、私ばっか好きみたいで嫌だったんだもん」

言葉にしてみると、ひどく子供っぽい言い訳に辟易した。ああ、なんであんなことしちゃったんだろう。
あんなことされて、こんなふうに泣かれて、傑だって迷惑に決まってる。

「…私に嫉妬させたかったの?」

そう言われて、私はこくりと頷いた。もう恥も外聞もない。こんなにみっともなく騒いだしまったんだし。
傑は力を抜くようにハァァ、と息を吐き出し、私のことを引き寄せて抱きしめた。抱きしめる力はさっき手首を掴まれていたより弱く、だけどよっぽど逃げ出し難かった。

「嫉妬したよ、すごく」
「…ほんと?」
「本当」

傑は耳元でそう言って、顎を私の首にうずめるとそのまま息をする。くすぐったくて、なんか変な声が出ちゃいそうで恥ずかしい。

「さっきつい話も聞かずに悟を問い詰めたんだ。ひとの彼女にどういうつもりだって。そしたら悟がナマエに聞けって言うからさ、ナマエはもう私に飽きてしまったのかと、すごく焦った」

私が傑に飽きるなんて、そんなことあるはずないのに。しかも、傑がひとの話も聞かないで問い詰めるなんてらしくない。悟には悪いけど、傑が私のためにしてくれたんだと思ったら言い得ぬむず痒さが胸を刺激する。
でもやっぱり、考えれば考えるほど、嫌なことしちゃったな、私。

「…ごめん。私傑にひどいことした」
「別に悟と何かあったわけじゃないんだろ?」
「うん。お菓子食べて悟のゲーム隣で見てただけ」

正直にそう言うと、傑は「健全でよろしい」と先生みたいなことを言った。当たり前じゃん。そういうことしたいなんて思うの、傑だけなんだもん。
私は傑の分厚い身体に抱きついて、胸に頬を寄せた。

「告白も今まで通り断るし、ラブレターも差し入れも受け取らないから、ナマエも悟の部屋で二人っきりにならないで」

うん、と返事をしようとして、ひとつだけ心残りが首をもたげる。

「…エフエフ12のエンディングは見たい」
「…なら私も同席する」

私の間抜けな心残りに傑が拗ねたような声を出すから、私たちは思わず顔を見合わせて笑った。
嫉妬してもらえたのは正直嬉しかったけど、やっぱり怒ってる傑より、笑ってる傑を見ていたいな。

「傑、もうモテないでね」
「いや、モテたくてモテてるわけじゃないんだけど…」

嫌味か。
私がムッとしたのがわかったらしく、傑はうーんと少し考えるような素振りをしてから言った。

「…今度ペアリングとか、買いに行く?」
「私、ピンクゴールドのやつがいい」

果たしてそのペアリングがどこまでの効果を発揮するものかは分からないけれど、傑はちゃんと私の彼氏なんだぞって主張できる感じがいいから即採用。
悟の部屋に行ってエフエフの続きが見たいから傑も同席すると話をしたら、心底嫌そうな顔をされたあと「俺を巻き込むな」とゲーム機ごと追い出された。
そのあと傑とふたりでプレイしてみたけど、ゲームをしない私とRPGが苦手な傑には難しくて、結局傑の部屋で悟と、それから硝子まで呼んでエフエフを進めることになった。

「傑オマエ下手くそすぎだろ!あ!死んだ!」
「私は格ゲー専門なんだ!」
「ナマエ、煙草吸っていい?」
「傑の灰皿持ってくるよ」

コーラとお菓子をテーブルに並べる。傑と悟がコントローラーを手にぎゃーぎゃーと言い争って、硝子は我関せずと煙草を吸いだした。
傑のこと好きだと告白してきた女の子たちは、きっとこんな子供っぽい傑の姿なんて想像もできないんだろうな。

「傑、今日泊まっていい?」
「いいよ、着替え持ってきな」

悟と硝子が「げぇ」という顔をして、こんなところで惚気るなと怒られた。ええぇ、ちょっとくらいいいじゃん。
私がだらしない顔で笑っていたら悟に小突かれて、傑が「私の彼女に手をあげるなんていい度胸だね」なんていうから、私はまただらしなく笑った。
ふふ、私の彼女、だって。
ねぇ傑。多分これからも嫉妬しちゃうけどさ、それよりもたくさん、私のことを好きでいてくれるって、教えてね。

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