愛の力とやら
私の恋人は双子である。それも超そっくりの。
恋人は双子のうちのお兄ちゃんで、お兄ちゃんだけどちょっと弟の洋平くんより甘ったれ。みかんが好きで、月寒あんぱんが嫌い。そんな特定して嫌いになるものだろうか、とも思ったけど、何やら二人はその月寒あんぱんに因縁があるらしい。

「あれ、ナマエの彼氏?」

友達の声にひょいっと道の向こうを見遣る。男の子が学内の掲示板の前に立っていた。

「ああ、違うよ。あれは弟の洋平くん」
「えっ?」

友達は私の言葉に驚いて、じっとその男の子を見る。掲示板の前に立っているのはよく似ているけど、私の恋人の浩平くんではなくて、その双子の弟の洋平くん。
友達が隣で「全然わかんない…」と声を漏らす。そう、二人の見分けをつけるのは大変難しいことらしい。

「よくわかるね。愛の力?」
「どうだろう、付き合う前からだからなぁ」
「そこは愛の力って言っときなさいよ」

友達がからから笑った。
私は元々洋平くんと同じ学部で、浩平くんとは話したこともなかった。たまたま学内で洋平くんだと思って話しかけた相手が浩平くんだったと気づき、それが浩平くんとお話した一番最初。
つまるところ恋愛感情の「れ」の字もないような時から見分けられてしまっていたわけではあるが、皆に出来ないことが出来るというのは嬉しかった。

「でも、他の女の子には出来なくて私にだけ出来ることがあるのは、嬉しいよ」

へらっと笑うと、友達が私の顔を見ながら「うわぁ」と言って「あんたも大概良い性格よね」と、名誉だか不名誉だかわからない評価を得たのだった。


日曜日。駅前で待ち合わせをして、今日はデートだ。洋平くんの誕生日プレゼント選びに付き合ってほしいと言われている。洋平くんの好みなんて私より浩平くんの方がもちろんよくわかっていて、これは浩平くんの口実であると心得ていた。浩平くんはちょっとだけそういうところが不器用。

「浩平くん、お待たせ」
「ナマエちゃん」

待ち合わせ場所にはいつも先に浩平くんがついていて、今日はオレンジ色のニット帽で頭をすっぽり覆っている。浩平くんは洋平くんよりもちょっとだけ寒がりだから秋冬の外出にはニット帽を欠かさない。だからこの時期は私以外の人間でも見分けがついてしまうことがあって、ちょっとだけ残念。

「今日冷えるね」
「一気に秋になったね」

どちらともなく歩調を合わせ、私たちはゆっくりと歩き出した。
浩平くんと洋平くんの見分けをつけるのは、彼らのご両親でも難儀していることらしい。
本人たちは別にそれを困ったとも思わないし、似ていることは二人にとって誇らしいことでもあるらしかった。

「浩平くんと洋平くんって似てるじゃない?大変なこととかなかったの?」

私が脈絡もなく不意にそう尋ねると、浩平くんが「うーん」と何かを思い出すような仕草で手を頭に当てる。しばらくして「あ」と思い当たったようで思い出話をしてくれた。

「高校二年の時ね、クラスの女子に調理実習で作ったクッキー貰ったんだ。俺、その子の事可愛いなって思ってて、二階堂君、これ良かったらって言われたときはめちゃくちゃ嬉しくてさ」

あっ、もちろん今はナマエちゃんだけだよ。と、私のことを気遣ってあわあわと追加する。大丈夫だから続けて、と伝えると、浩平くんは頷いて続きを話した。

「そのときメッセージカードまで入っててさ、もしかして俺のこと好きなのかなって期待したんだけど、カードに【洋平くんへ】って書いてあったんだ」
「あちゃあ」

内容は告白のようなものだったらしいけど、宛名を見てもう何も頭に入ってこなかったと言った。その女の子は「洋平くんに渡しておいて欲しい」ではなくて、完全に浩平くんを洋平くんだと間違えて渡してきたのだろうということだ。
浩平くんは洋平くんに自分宛だと勘違いしてメッセージカードを勝手に読んでしまったことを謝って、洋平くんはそれを笑って許してくれた。洋平くんはクッキーを大事に食べて、告白は断っていたらしい。

「間違えられることなんてしょっちゅうだったから、別になんてことなかったはずだし、洋平と仲悪くなるなんてこともなかったけど…なんかその子のことは俺と洋平の見分けつかないんだと思ったら興味なくなっちゃって」
「そうだよねぇ、好きな子に見分けてもらえないのは傷ついちゃうよね」
「だから、ナマエちゃんが見分けてくれたときはびっくりした」

浩平くんはにこにこ笑って私を見つめた。あれはいつだったっけ。そうだ、大学一年の冬のことだった。
私は洋平くんと同じ学部だからというだけの理由で教授の伝言を預かって彼を探していた。見つけた彼は全然関係ない校舎の前にいて、何でこんなところにいるんだろうと思いながら声をかけたのだ。

『二階堂くん』
『なに?』

あれ、違う。
振り返った瞬間にわかった。二階堂くんじゃない。ああ、そうか、彼は同じ大学にいる二階堂洋平くんの双子のお兄さんだ。遠目からしか見たことがなかったけれど、顔を合わせると全然違って見えた。

『あっ、ごめんなさい。洋平くんかと思って』
『は?』
『えっ、洋平くんのお兄さんだよね?』
『そうだけど…』

浩平くんはきょとんとして、私もどうしてきょとんとされるかがわからなかったからきょとんとし返して、なんだか妙な間が出来たことをよく覚えている。

「俺の中では一大事だったのに、全然ナマエちゃんわかってなかったから」
「だって、何を驚かれてるのか全く分かんなかったんだもん…」

私にとっては浩平くんと洋平くんは似ているけれど、ちゃんとこれぞれ別の男の子だと認識できたし、それは浩平くんと付き合い始めてからより一層顕著になった。
浩平くんはお兄ちゃんだけど、一見すると弟っぽい。二人ともお箸の使い方が綺麗だけど、浩平くんはちょっとだけお魚を食べるのが苦手。対して、大豆みたいな小さいもの摘まみ上げるのは浩平くんのほうが得意。

「ナマエちゃんなら俺のこと洋平の中からでも見つけてくれそう」
「ふふ、なぁに、洋平くんの中って」
「洋平ばっかり99人いるの。で、その中にひとりだけ俺が混ざってるの」
「えぇぇ、見つけられるかなぁ」

私がわざと難色を示すと、浩平くんが「見つけてよ!」と言ってちょっと拗ねた。私はこれ以上機嫌を損ねてしまわないように慌てて「見つけるよ」と浩平くんの手を握った。
それからも他愛もない話をして歩く。並木道はすっかり秋の色だ。
浩平くんにどこへ行くのかと尋ねれば、目的地はスポーツ用品店らしい。そうだ、洋平くんってば野球サークルに入ってるんだっけ。

「二人とも野球ずっとやってたの?」
「小学校の少年野球からずっと。高校までは俺も一緒にやってたよ」
「そうなんだ」

うちの大学は特別野球が強いというわけではないから、さすがに大学野球のリーグに出場なんかはしていないけれど、テニスサークルという名の飲みサークルとは違って結構硬派に頑張っているサークルだ。

「浩平くんはサークル入らなかったんだね」
「うん。まぁ、甲子園行ったし、もういいかなって」
「えっ!甲子園行ったの!?」

びっくりして思わず大きな声を上げてしまい、私ははっと口を手でふさぐ。
まさかそんなにすごいところまで行ってるなんて思わなかった。浩平くん自身は私の驚きなんて意にも介さない様子できょとんと小首を傾げている。

「ご、ごめん大きな声出して。まさか甲子園に出てたなんて思わなかったから」
「洋平はすごいんだぜ。先発のピッチャーだったんだけどさ、地元じゃ洋平より速い球投げられるやつなんか先輩にもいなかったんだ」

浩平くんはきらきらとした目で洋平くんについて話し始めた。
静岡の高校では県内で一番速い球を投げていたこと、洋平くんはピッチャーで、浩平くんはショートを守っていたこと。ショートから見る洋平くんの背中が大好きだったこと。
だけど三年の甲子園が終わったあと洋平くんが故障してしまって、それ以上の過酷な練習は出来なくなってリーグを目指すような選手は望めなくなったこと。

「そうかぁ…」
「…話、つまんなかった?」
「ううん。洋平くんの話してるときの浩平くん、楽しそうで好きよ」

少し不安げに私の様子を伺って、私はそんなことないよと言うことをすぐに伝える。
浩平くんはたくさん洋平くんの話をした後に時々こうして尋ねてくるから、もしかしたら今まで「洋平くんの話ばかりでつまんない」とでも言われたことがあるのかもしれない。もしそうだとしたらそんなひとには針千本飲ませたい。だって洋平くんの話をしている浩平くんはこんなに可愛いのに。

「見てみたかったなぁ。浩平くんと洋平くんが一緒に野球してるとこ」
「…だめ」

珍しくそんなにきっぱりと言われて、私は思わず「なんで?」とそのまま尋ねる。
すると浩平くんは言いずらそうにうろうろと視線を泳がせ、私はそれを下からじっと覗き込んだ。そのあと観念したように「だって」と言うから「だって?」と聞き返し、そこでやっと浩平くんが続きを話し出した。

「だって、洋平かっこいいからナマエちゃんが洋平のこと好きになったら困る」

浩平くんがそんなこと言いながらぷいっとそっぽを向いて、私は堪らずふふふと笑いを溢してから浩平くんに体当たりでもするように腕を組んだ。
浩平くんと洋平くんは双子でとっても似ていて、だけど私の恋人は天地がひっくり返っても浩平くんだけなのだ。

「私には、浩平くんしかいないよ」
「ほんと?」
「ほんと!」

浩平くんと洋平くんもふたりでひとつだけど、私と浩平くんだって、案外ふたりでひとつかもしれない。なんちゃって。
ね、信じてよ、愛の力とやらをさ。

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