関係者席より愛を込めて
※基本設定はそのままですが本編ルートとは完全に別ルートで伏黒→主人公の設定がありません。本編3話のその後くらいの時系列です。


私は目の前に十枚近い写真を突きつけられていた。そういえばこの前の舞台の加賀美くんのブロマ、まだ100年アルバムに仕舞ってないや。100年後も美しく写真を残せるというふれこみのあのアルバムだが、実際100年後はどんな感じになるんだろう。推しの顔の良さを後世に残したい。
あ、いかん。思考がそれた。

「さぁ、とくとご覧じろ!僕の生まれ持った美貌を!」
「いや、だから誰も疑ってませんって」

どうしてこんなことになっているのか。原因は100%私にある。
五条さんに加賀美くんの顔がそうでもないと言われ、私は推しというものが単純な顔面の良し悪しで決まるのではないということを熱弁した。そしてその時についでに五条さんの顔が整形っぽいと言って仕返しをしてやった。
五条さんはその時捨て台詞のように自分の幼少期の写真を持ってくると言い、あろうことかマジで実家まで取りに戻ったらしい。

「ほら、これ7歳の時ね。すでに顔が完成してるでしょ。で、これが10歳の時。顔が良すぎて女の子に超モテた」
「はぁ、そうですか…」

差し出された数枚の写真を見ながら私は相槌を打った。確かに五条さんの言う通り、幼少期から随分綺麗な顔をしている。
大抵小さいころに顔が整いすぎていると大人になったときそうでもなくなるという法則があるが、そんなものはこのひとには関係ないらしい。

「で、こっちが14歳の時ね。中学まではパンピーに混ざって私立の中学だったんだ。ブレザー似合うでしょ?」
「これでよくジョニーズとかに履歴書出されたりしませんでしたね?」
「クラスの女に4回出されたよ」

いや、出されてたんかい。
大手男性アイドル事務所のジョニーズの所属アイドルは、元は本人に入所の意思はなく、身内などが勝手に履歴書を送ってあれよあれよという間に採用されているという話を聞くけれども、五条さんも御多聞に漏れずそのクチらしい。
勝手に人の履歴書送るって倫理的にどうなんだという話は置いておいて、4回ってさすが五条さんだ。

「ていうか、五条さんってこんなにナルシストでしたっけ?」

単純に頭をかすめた疑問である。まぁ五条さんの造形美については自他ともに認めるところではあるが、こんなにムキになるなんて思ってもみなかった。
五条さんは私の疑問に「ハァ?」と呆れたような声を出してから言葉を続ける。

「ミョウジが言ったんでしょ。僕より七海のほうが好みだって」
「え…そりゃまぁ言いましたけど…」

そう。実際私の「好みの顔」と言われると、高専内で言うなら五条さんより絶対七海先輩だ。七海先輩は学生時代からかっこよかったけど、あのひとは年を取ってまた違うタイプにニョキニョキ進化している。
五条さんも綺麗だけど、なんかアプリで重加工済みの顔を見ているようなSFちっくな気分になるもんな。フィルターとエフェクトかけてるとしか思えない。
そんな失礼なことを考えていると、五条さんが上半身を折り曲げて私にぐいんと近寄る。肌のきめが細かすぎてこの人には毛穴という概念が存在しないんではないかと思う。

「好きな子から他の男のほうが好みなんて言われたら、悔しいに決まってるでしょ」
「はっ!?」

今このひと何て言った?好き?誰が誰を?
私が混乱してる間に五条さんは「じゃあね」と言って、私に写真の数々を残して大股で立ち去ってしまった。足長いな。

「じゃなくて!」

いやいやいや、この写真どうしろと。


そんなよくわからないやり取りがあってから一カ月半。特級術師はお忙しいので幸か不幸か顔を合わせずに済んでいる。
そしてさる木曜日の昼間、私は惨敗したはずの「舞台パラドックス第二夜」のチケットを手に、日本小年館ホールに向かっていた。辛うじて当てたというフォロワーが外せない急用で来られなくなり譲ってもらったのだ。
外せない急用というのが旦那さんの実家の用事らしく、本当に泣く泣くといった様子だった。自分の実家ならまだしも、旦那さんの実家となると逃れようがないだろう。
ガラス張りのホールの前に辿り着くと、妙な人の波があった。ランダムグッズをトレーディングをしているオタクでも、会場周辺で待ち合わせしているオタクでもない。物陰の一点を中心として半円を描くみたいになっている。

「ねぇ、誰だろ…SNSでも見たことなくない?」
「見たことない。めっちゃかっこいいね…てかあんな背の高い俳優っていた?」
「兄弟とか?関係者?」
「関係者ってこんなとこで待ってるかなぁ?」

人波の一番端の女の子の二人組がひそひそと言った。どうやら随分顔のいい男が客に混ざっているらしい。
男のひとってこういう系の舞台にはいるだけで目立つし噂されちゃうよね。私も昔たまたま隣に某俳優くんが座ってんな、と思ったら次回作からキャス変でその子が入ることになったということがある。ようは事前の勉強ってことだ。
正直ちょっと興味があって、私は不審にならない程度にその物陰の方を通り過ぎがてらその顔のいい男を見てやろうと思った。それが間違いだった。

「あ、ミョウジいたいたー」
「…え?」
「こういうのはファンたるもの開場前にくるもんじゃないの?知らないけど」

物陰に背を預けて女性客の視線を一身に集めていた男が軽薄な調子でひょいっと手をあげる。白い髪、長身、サングラス。対お出かけモードの五条さんその人であった。

「な、なんで五条さんがいるんです…?まさかなんか突発的な呼び出しですか?」

私は恐る恐る尋ねた。ここまで来て緊急の任務とかだったら三日三晩泣く自信がある。そりゃ私の仕事は人命にかかわることが殆どだから泣く泣くでも任務には行くが、泣くものは泣く。
すると、五条さんは私の確認を「いや違うけど」と言って否定した。よかった。いや、それはそれでなんで五条さんがこんなところで女の子の視線集めてんの。

「えっと、じゃあ何しに?」
「僕も見に来たの。なんだっけ…えーっと、パラドックス?だっけ?」
「は!?いやいやいや、チケットどうしたんですか!言っときますけど自由入場じゃないですよ?」

思わずそう声を上げて、五条さんが「僕のこと馬鹿にしすぎでしょ」と言って私の頭にチョップを落とした。地味に痛い。
ギャラリーがこそこそと噂話をしていて、そういえばこの人現在進行形で視線を集めているんだったと私ははたと気が付き「ちょっと来てください!」と五条さんを人目につかない隣の隣の路地まで連れていく。

「で、本当にチケットどうしたんです?当日券ですか?」
「いや?」

五条さんは事も無げに私の言葉を否定して、ポケットからがさごそと長方形の我々おなじみのサイズの紙を取り出して見せる。紛うことなき舞台パラドックス第二夜本日公演のチケットである。

「えっ!なんでチケット!?」
「だって僕ここの劇場のオーナーと知り合いだから」

出たな!権力者め!!
五条家というのが影響を及ぼしているのは何も呪術界に限った話ではない。そもそも高専は公的機関の一部であって、世にいう日本のバックについている政治家や権力者は当然その存在を認知している。そこから数珠繋ぎに何ていうのはよくある話で、この日本少年館ホールは大正時代に文部省が設立認可を降ろして建てられたものなのだから、裏の裏の先の先が五条家に繋がってたっておかしくはない。

「五条さん、こういうの興味ないんですよね、どうして、来てるんですかってことを聞いてるんですよ」
「だってミョウジ、チケット取れなくてヒィヒィ言ってたろ?こんなとこまで最強な僕の力でどーにかしてやろうと思って」
「えっ、こわっ!」
「ハァ!?なんで!?」

なんでって…五条さんの借り作るとかあとからどんな目に遭うかわかったものじゃない。
そもそも任務やら何やらで致し方なく五条さんに借りをつくっているというのに、プライベートまで加算してたまるものか。

「なんだよ、僕の純粋な好意が迷惑だっていうの?」
「純粋なこうい…ですか?」

純粋という言葉は五条さんから対極にある言葉だ。五条さんに純粋な厚意なんてものがあったら伊地知先輩は普段あんな目に遭って無いと思う。
私が貧乏くじ体質の先輩のことを思い浮かべていたら、五条さんが盛大に「はぁぁぁぁ」と溜息をついた。

「…ミョウジ、まさか僕が好きな子だって言ったこと忘れてる?」
「えっ……あ!!」

そうだ、そうだった。そんなことを言われたんだった。
あんまりにも現実味がないのとその後何の発展もないからすっかり忘れていた。こういって、厚意じゃなくて好意のことだったのか。
いや、でもあれって告白って言える?はっきり私だって言われたわけじゃないし…。

「いつまでもガキみたいに好きです付き合って下さいって言ったりするわけないでしょ」
「ちょっと、人の頭の中読まないでくださいよ」
「六眼で丸見え」
「もうその手には乗りません」

六眼で人の心が読めるという嘘にまんまと二回も騙されるものか。

「で、どお?」
「どうって…関係者でもないのに関係者席なんて座れません」
「いやそっち?」

そうだ、こういうものは正々堂々と正規ルートで取らねば意味がない。正攻法で勝ち取ってこそちゃんと価値があるのだ。
駆け引きとかそういうのは元々苦手だし、試すようなことは好きじゃない。

「正々堂々、正攻法で勝負するのが好きなので」

私がそう言うと、何もこれは関係者席云々だけのことを言っているのではないと五条さんも気が付いたようで、五条さんはきょとんとした顔になったあとで、なんだかご機嫌そうに笑った。

「いやぁ、そう来たか。結構女の子って駆け引き好きな子多いと思ってたんだけどなぁ」
「そうですか? ちゃんと言ってくれなちゃわかんないことって結構あると思いますけど」

言葉は簡単だし、人間は嘘をつく。一生推すって言っておいてそれを通せるオタクは現実には少ない。だけどそれはそのこと自体を真実にするより、今それほどの気持ちであると言葉にすることが大事なのだと思う。

「まったくミョウジってば全然読めなくて困るよ」
「…そんなこと言って読まれてる気がしてならないんですが…」

五条さんがジッと私を見下ろした。やっぱり整い過ぎた顔はアプリ重加工に思えなくもないが、ちょっと恥ずかしそうに笑っているのは人間らしくて作り物には見えなかった。

「ミョウジのことが好き。僕と付き合って」

結局その日の公演の関係者席に座った五条さんはデカいし白いし顔が良いしでめちゃくちゃに目立っていた。終演後真っ先に私に声をかけてくるものだから、最終的に私まで目立つ羽目になったのだった。

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