*第六章 奪還、そして
「……井宿ぃぃっ!」
突然の怒鳴り声に振り向くと、そこには柳宿と翼宿の姿があった。体を膨らませるような前傾姿勢をとっている。
どうやら随分お怒りのようで、井宿にはその理由が痛い程分かっていた。
「あんた、一発殴っていい?」
「だ……困るのだ、儀式に差し支えるのだ……っ」
「ふざけるんやないで!お前っ、女に恥かかせおって……!男の風上にも置けん奴やで!」
「ぬ、盗み聞きしといて説教なのだ!?勘弁してほしいのだっ……」
少し声を張り上げて必死の抵抗を見せたが、そのくらいで振り切れる連中でもない。特に柳宿は、絶対に引かないはずだ。
「えーえー、最初は軽い気持ちだったけどね、来てみて正解だったわよ!あんたも素直じゃないわね!何を考えてるか知らないけど、振るのがあの子の為になると思ってるなら大間違いなんだから!馬鹿!この大馬鹿者!」
聞こえていたというよりも、恐らく柳宿の憶測だろう。拾えた会話の断片と、降りてきた井宿達の行動。それを考えて判断しているのだ。
叫びながら握っていた柵が、ばきりと音を立てる。相当太いというのに、猛烈に亀裂が走ったのだからぞっとする。
「……だ……っ!オイラには……!」
――彼女に、"好きだ"なんて言う資格はない。
その言葉を噛み潰し、気付けばその場から駆け出していた。息を詰まらせながら座り込んだ床の上で、うわ言のように何度も何度も謝っている。
「っ……すまない……」
ただ。
ただ、また失うのが怖かった。
失うかもしれないものなら、好きにならない方がいい。
いや好きでも良いのだけれど、言ってしまったら止まらなくなって、認めなきゃいけなくなる。
そうだ。雪の為とか、そんな風に思っていたけど、結局これは自分自身を守るためだったんだろう。
ああ、勝手な男だ。あの娘は、今ごろ独りで泣いていないだろうか。
ただでさえ小さな体躯をこんな風に縮めて、全部を腹の中に仕舞い込むみたいに。
とても皆のもとへ戻る気にはなれず……自室へ帰って、ばったりと倒れた寝台で眠りに落ちていた。
許されるなら、ただ一言。
⇒あとがき