ようこそ、紅南国へ

大極山の宮殿内、自室に向かっていた井宿はぼんやりと考えていた。伝説の巫女――やはり、巫女というだけあって神秘的な美しさをもった女性だったりするのだろうか。

まぁ、そうだったにしてもあまり興味はないか、と一人で小さく笑った。

「井宿、いつ出発するね?」

突然の問いかけに足を止めて、頭上を見上げる。長く垂れた帯の端が鼻先をくすぐりそうだ。

「娘娘……いつからいたのだ?」

「ずうっと頭の上に居たねー」

「そうなのだ……? まぁ、遅くとも明後日までには発つつもりだけど……娘娘とも、しばらくお別れなのだな」

「寂しくなるねー!」

目線の高さを自由自在に浮遊しながら、少女はけらけらと笑う。本当に寂しいのかと問いたくなる程の明るさだ。だがこんなちぐはぐなやりとりにも、井宿はもうすっかり慣れている。

「朱雀の巫女、可愛らしい娘なのねー!井宿、めろめろになっちゃうかもしれないねー」

目の前でぴたりと止まり、小さな両手を合わせた。

「だぁぁ? 何を……」

「ふふふ!じゃあ、娘娘行くね!再見!」

娘娘が遠ざかるのを見ながら、息をもらす。七星士として忠誠心がきちんと芽生えるかどうかもまだ分からないのに、大の男が一段飛ばしでそんなところまでいってたまるものか。

「相変わらず、人の話を聞かないのだ……。我が師匠にそっくりなのだ」

まあともかく娘娘は、朱雀の巫女の事を知っているし、よく思っているようだ。やはり多少気になりはしたが、いずれにせよ自分も近日中にお目にかかることになろう。

生まれ落ちた瞬間から待ち続けた、運命の巫女に。

「――しかし、」

めろめろ、ね……。と、反芻しながら鼻で笑ったその少女にやがて恋い焦がれるなどとは、微塵も思わずに――。



⇒あとがき等…







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