*ようこそ、紅南国へ
「い、今、何を仰ったんでしょう……?」
玉座に座った星宿は、皇帝の正装に身を包んで雪を真っ直ぐに見下ろしていた。きらびやかな冠と笑顔が眩しい。
「そなたが伝説の、朱雀の巫女であると申したのだ」
伝説ってなんだ、朱雀ってなんだ、巫女ってなんだ。まるで言葉が通じないかのように、理解が追いつかない。両手を胸の前でもぞもぞ動かして、落ち着かない雪が口を開く。
「は、あの……それがよく分かんなくて」
「国の危機が訪れた時、異世界から現れる伝説の少女。――この四神天地書に、それが記されているのだ」
「四神天地書!?」
星宿が掲げて見せた巻物は形さえ違えど、朱を基調とした見た目といい、自分が開いたそれとそっくりだ。
よぎるのは、最初のページに記されたあの言葉。
『是れは、朱雀の七星を手に入れた一人の少女が、あらゆる力を得て望みをかなへる物語で……
……物語は其れ自体が一つの呪文になつており、読み終えた者は主人公と同様の力を得、望みがかなふ。
なぜなら、物語は頁をめくつた時事実と成つて始まるのだから――』
「じゃ……じゃあ、やっぱり」
「もう一度言うが……そなたに、朱雀の巫女となってこの国を救ってほしいのだ。朱雀を呼び出せば、好きな願いを叶えられる。悪い話ではないだろう?」
「ね、願い……ですか、」
すっかり恐縮してしまった雪は、後ろで膝をついたままの鬼宿をちらりと見た。
星宿が話してはくれた。鬼宿も、そして星宿自身も、その朱雀の巫女を守護する宿命を持った「朱雀七星士」の一人であるということを。
あちらこちらに散らばっている残りの五人を集めれば、朱雀を呼び出せるのだという。
これは夢ではない、間違いなく現実の出来事。ならば、今ここでこの申し出を断った自分はどうなるだろう。不要な人間として、宮殿から放り出されてしまうかもしれない。
知らない世界で、そうなってしまったら?何処にも帰れなかったら?お先真っ暗である。
だったらいっそ、国を救うその朱雀の巫女とやらになって、願い事――は特にないけど、もしかしたらできるかもしれない。頑張ればご褒美がもらえるかも、くらいの気持ちでやってもいいものかは知らないが。
雪の頭の中で、すんなりと答えが出た。
「……や、」
「や?」
一瞬だけ口をつぐんで、すぐに雪は声を張り上げる。
「やります!やらせてください!ファンタジー小説の主人公になった気持ちで頑張らせていただきます!」
「あ……、ええ、とにかくそれは……巫女になる、と言ってくれているのだな?」
「は、はい、そうなります」
「……控えろ、皆の者!この娘はやがて朱雀の力を手に入れる者――国を救う朱雀の巫女であるぞ!」
その声の後、背後に感じた気配に振り向けば……ずらりと並んだ家臣やその他大勢が、膝をついて頭を下げている。
それは皇帝星宿に向けられたものではない。まっすぐ雪に向けられている。
「た、鬼宿まで頭下げてる!?なんでっ」
異様な光景にくらくらしている雪の肩を、いつの間にか下に降りてきた星宿が叩いた。
「頼んだぞ、朱雀の巫女」
「は、は……はい」
何だか自分は、ひどく大変な役目を引き受けてしまったのではないだろうか。
朱雀の巫女ってやつが、そんなにも偉いだなんて聞いていない。
――全く予想がつかない今後に、ただひたすら気が遠くなる思いだった。