第九章 青龍の巫女


月も高くなった夜も、青龍の巫女はずっと鬼宿の側を離れなかった。

傷付いた彼を献身的に看病し、先刻ようやく意識を取り戻した彼にしがみついて泣いている。部屋へ戻ってきたはいいものの、折り悪くそんな状況にかち合ってしまったものだから――井宿はなんだか、趣味の悪い覗きでもしている気分だった。

「ごめんなさい、心宿が酷い事を……私、止められなかった」

「いいって。お前が気にする事じゃないだろ」

ぼろぼろと涙を流す少女の頭に手を乗せて、鬼宿は笑っていた。

「そ、そうだ!お食事は……?」

「いや、今はいらねえ。それより、なんか眠気がひどくてな……」

「こんなになってるんだもの、無理ないよ……。でも起きてくれて安心したから、私部屋に戻るね。朝まではもう絶対に誰も入れないし、私も少し遅めに来るから。ゆっくり休んで!」

「ああ、悪いな……」

あの大人びた印象の顔が、年相応の笑みを浮かべて手を振った。もしかすると、根は優しい子なのかもしれない。

明かりが消され、誰もいなくなった部屋で――鬼宿は静かに腕をさすりながらため息をついている。さっきまで平気そうに振る舞っていたが、本当はかなり痛むのだろう。

「鬼宿くん」

「……!? その声は……井宿か?」

驚いて飛び起きようとした鬼宿が、体に走った激痛で顔を歪ませた。

「しっ……、動いてはいけないのだ。そのままで……一体、何があったのだ?」

傍らで指を立てて、辛くないなら話してほしいと続けた。

「ああ……。逃げようと思ったら、見事に捕まってこのザマだよ。力がろくに使えねえんだ。骨がいかれてなくて助かったけどな」

「成程……オイラも術が殆んど使えないのだ。あの心宿ってのが、多分また結界で邪魔をしてるのだ」

「忌々しい奴……いつかぶん殴ってやりてえ」

「それはまあ概ね同意だが……うーん。とにかく、君はその調子ではまだ動けないのだ。今のオイラじゃ連れ帰ることもできないし、どうにかして一旦紅南に戻って……星宿様と話し合って出直す事にするのだ」

青龍の巫女の様子を見て、鬼宿が簡単に殺されたりすることはないと判断した。たったこれだけでも大した収穫である。

「分かった……くれぐれも気を付けろよ、お前に何かあったら雪に示しがつかねえ」

「それは勿論。じゃあ、君は寝て早く傷を治していてほしいのだ。おとなしくしていれば向こうも油断する。では……」

井宿は、宮殿の外に移動を試みた。廊下を馬鹿正直に歩いて出ていくなんて御免である。

「ん。……何とかいけそうなのだな」

目を閉じて一度辺りを探り、外の木陰に身を潜めて気を集中させる。このままひとっ飛び……とはいかないだろうな、なんて考えながら。


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